登場人物紹介
打ち合う剣の音、気合のこもった真剣な声、飛び散る汗、崩れ落ちる筋肉男。一番最初のものを除き、どれも俺が苦手とするものだ。なのに――
「なぜ俺様が貴様ら凡人の、無駄な訓練に付き合わねばいかんのだ」
屋内に作られた石造り、円形の建物の中に造られたホールに、無骨な男共がそれぞれ対峙している。彼らの手に収まる武器は、刃を丸められた剣、こん棒、あるいはただの長い木の棒など、統一感のない訓練用のものだ。
俺はそれらが打ち合わされ、転がり、落とされる様を、壁にもたれながら監視していた。隣にはいつもの銀髪の副長。銀髪以外に形容のしようがないほど特徴を持たないこいつの顔は、見ていてつまらんことこの上ない。
首を回し、ホール全体をざっと見渡し、それぞれの訓練を見てみる。いちおうこいつらも真剣にやってはいるようだが、はっきり言って、凡人の剣技など見ていてもつまらん。指導なんて面倒くさくてやってられんしな。
と、考えが表情に出ていたらしく、副長が控えめに所見を述べる。
「あの、一応あなた教官でもあるんですけど」
「中隊長というのはなかなか忙しいものなのだ」
「事務も会議もぜんぶ俺がやってるんですが」
「なら訓練も自分でやらんか」
副長の顔に青いタテ線が入る。絶望感でも抱いてるのか。不幸なやつだ、といっても何かしてやるわけではないが。
「だいいち、この前訓練所に来てやったばかりだろう。こんなもんたまにでいいんだ、偶にで」
「まえに来たのは十一月ですよ!」
「一年に一回で十分だ、部下を気にかけるなど。というわけで今年はもう終わりだな」
「……」
副長が顔を伏せる。どうした、風邪か?
が、すぐに頭をあげ、無理矢理明るくしたような口調で、俺に話しかけてきた。
「と、とにかく、せっかく来られたんですから、俺とでも手合わせをお願い「うむわかった」
俺は返事をすると同時に壁にかかっている剣を超神速で取った。そのまま重力に任せて副長の小手を打つ。掴まれていた剣が悲鳴とともに落ち、がらんがらんと乾いた音を立てて転がっていく。
「痛っ!」
「俺の勝利だな。未熟者め」
「ちょ、待ってください! そりゃなしでしょう!」
小手を外し、赤く腫れた手首を仰々しくさすりながら、抗議の声をあげる。はん、何を言っているのだこいつは。ん、卑怯すぎて清清しいぐらいだと? はっはっは、あまりほめるな。
「ばか者、不意打ちは戦いの基本だ」
「訓練の基本ではないと思うんですが」
「認識が甘すぎて脳が沸騰しそうな言葉だな。世の中勝てば正義だ」
「……もういいです」
ふっ、勝った。だがやることがないのは変わらん。とりあえずしばらくぼーっと眼を開けたまま寝てみた。だが昨日は十時間以上寝たため、どうにも深い眠りにつくことができない。仕方なく、その辺に放置してある木椅子をたぐりよせ、座り込む。
そのまま膝を組んで、退屈な訓練をながめる。と、金髪の少年が前から近付いてきていることに気がついた。ん、こいつは――。目線を少年の顔から下げ手を見る。両手にはそれぞれ、長さも厚みも違う剣が握られている。ああ、あの生意気なガキか。
そいつは俺の目の前まで近付き、甲高い声をかけてきた。
「中隊長殿、自分と勝負していただけませんかっ」
「できない。めんどい」
「……隊長、そりゃないっすよ……というか、それじゃここにいる意味ないですよ」
隣で休んでいる副長が、すぐさま横槍を入れてくる。
「どうせ大した時間はかからないんですから、手合わせぐらい、やってあげてください」
「ちっ、仕方ない」
俺は隣のうるさい男を指差し、目をきらきらと輝かせる少年に寛大なチャンスを与えてやった。
「とりあえずこいつと戦ってみろ。勝てたら俺様が直々に相手をしてやる」
金髪少年はぱあっと輝くような笑顔を浮かべ、元気よく、了解です、と返事をした。ホールの中央へと逸る気持ちを抑えるかのように歩いていく。副長が、ぐじぐじ文句を言いながらも、転がる剣を拾い上げ少年の後を追って進み出ていく。俺も椅子から立ち上がり、それについていってやる。
ホール中央まで進んだところで、少年が副長の方に振り返った。数歩後退して距離を取り、一礼する。そして、両の手にそれぞれ握る剣と小剣を、こちらも剣を握り締め身構える副長へと向ける。一瞬の間の後――少年が床を蹴り、飛びかかる――!
「隙ありぃ!」
がーん
どがーん
隙だらけだ。俺は今まさに飛びかからんとした金髪ガキを横から蹴り落とし、ついでに銀髪馬鹿も鞘でぶっ飛ばした。二人は空中で数回転した後床をごろごろと転がってゆき、うつぶせになって静止した。静まり返るホール。打ち合う音が完全に止んでいる。
少年を蹴り飛ばし、あおむけにする。まぬけな顔でのびている。意識がないようだ。まあ手応えは大してなかったし見た感じ頭も打ってなかったから、死んではいないだろう。多分ショックで気を失っているだけだ。
「う、うう……」
遠方に転がっていた副長が、うめき声とともに立ち上がろうとする。さすがに俺が見込んだだけのことはあり、こっちはけっこう頑丈にできているようだ。副長は完全に立ち上がると、ふらつく足を酷使しながらこちらに歩んできた。俺の前で立ち止まり、抗議をさえずる。
「な……んてことするんですか隊長! 俺はともかくこいつまで」
「不意打ちは戦いの基本だ。何度も言わせるな」
「ジャンプ中にいきなり横からケリ入れられて、避けることができる人間なんていません!」
「俺はできるが」
「あんたは人間じゃないです」
なんだと。人間以上の存在であることは確かだが、その言葉はなんか違う響きがするぞ。
俺の憤りうずまく思いを無視して副長が呆れたような表情をし、足元に転がる金髪少年を見る。かがみこみ、その頬を二、三回はたく。だが少年は起きない。
「はー、まったく。こりゃ完全に意識トンでますね」
副長はその辺でぼーっと見ている傭兵に声をかけ、水を持ってくるように要請した。周りで観戦していた者達は、水飲み場に走って行く筋肉男を除いて、その声に弾かれたように一斉に訓練を再開した。またホールが騒がしくなる。
「ひ弱な奴だ」
「だから隊長と一緒にしないでください……」
バケツをひっくり返して水をばしゃーん、と金髪にぶっかけながら文句を漏らす。聞こえてるぞ、ふん。天才の訓練は常人にはついてこれんか。なさけないやつらだ。
「う、うーん……」
ぬ、金髪の方も目を覚ましたか。体を起こし、目をぱちくりさせる。そして立ち上がり、その視線を何かを探すようにさまよわせる。
と、俺と目が合う。金髪少年は身体を拭くこともせず、まっすぐ俺の方へ歩いてきた。水滴を髪の毛の先から落とし、瞳に星を瞬かせながら(病気か?)、嬉しそうに言う。
「ありがとうございます、中隊長殿! 自分に戦いの何たるかを教えこもうとしてくれたんですね!」
ふむ、そんな気は全然なかったが、言われてみれば無意識下ではそうだったような気もしないでもないと思われる可能性がないこともないな。さすが俺様だ。
「ふふん、貴様の言うとおり、すべて俺様の深謀深慮によるものだ。おい副長、貴様もこいつを見習わんか」
「(絶対に違う……)」
訓練を終え、疲れた身体を公園のベンチで休める。と、どこから湧いてきたのか、アンが俺に声をかけてきた。
「あの……こんにちは。……いま、お暇ですか?」
本当にどこから出てきたのか疑問だが、とりあえずイエスと応える。すると――
潮風が頬をかすめ鼻腔をくすぐる。視界の百六十度を占拠する遠く水平線の向こうには、遥かアルビアの山脈と、頂上にかかる雲がおぼろげにその姿を主張していた。
「海のにおい……わたし、海が大好きなんです」
眼を閉じ、両腕をぱあっと広げ、海風を一身に受けながらアンが呟く。その姿は青い海と冬の晴空のはざまの空間を見事につなげ、調和させている、と気の利いた画家なら言うかもしれない。俺は言わないが。
こいつの誘いで俺は海を見に灯台の建つ海辺に来てやったわけだが……一月だってのに上着を一枚羽織っただけの格好で、寒くないのかこいつは。
「あの……海の香りって、とっても気持ちいいと思いませんか?」
「剣が錆びそうでイヤ」
正直に言ってやった。安物とはいえ、いや安物だからこそ、こんな場所で遊んでいては、そのうち使い物にならなくなるだろう。あまり長くここに居たくはない。
俺の声を聞いた瞬間、アンは気取ったポーズをすぐさま崩して心底申し訳なさそうな表情をした。というか泣き出しそうだ。むしろ泣き出している。目じりに水分が溜まっているのが見て取れた。軟弱な奴だ。
「ご、ごめんなさい! あの、もし錆びちゃったら……一所懸命バイトして、弁償しますから……!」
「いらん」
「……! あ、あの……もうしわけございませんっ! わ、わたし、わたし、どうすれば……!」
「二度も謝るな、くどい。だいたい海の近くに行く度弁償してたら、貴様ごときのバイト代は吹っ飛んでしまうだろーが」
「……え……?」
アンが泣き止んだ。代わりに不思議そうに首をかしげる。
「まあともかく、そんなに長居したくなる場所ではないな」
「……はい……(グスン)では……帰りましょうか……」
「たわけ。せっかく来てやったのに、もう帰るとは何事だ」
「ええっ!?」
わびさびの心がわからん奴だ。こういう場合『もうちょっと別のものを見ていきましょうよ』と提案するのが、下僕の心得というものだ。
「まだ見るべきものはあるだろう。あの灯台に入るぞ」
「え……は、はい!」
アンははっきりと返事をした。俺の後に続いて、とてとてと歩き出す。うむ、それでよい。
灯台の入り口は頑丈そうな鉄格子の扉と錠前で守られていた。その横、白い大理石の壁に張り紙が貼られている。
「『キケン 関係者以外立ち入り禁止』……あの、だそうですけれど」
アンが張り紙の内容を声に出して読む。言われなくたってそのぐらい読めばわかる。が、そんな張り紙は無意味だ。
「俺が関係者でないわけがなかろう」
「そ、そうなんですか?」
「無論。すべての建造物は俺の所有物となる運命なのだ」
「……はあ」
錠前の穴に、こんなこともあろうかと髪の毛に忍ばせておいた針金を突っ込み、勘を働かせ適当にいじくる。俺の華麗な腕前の賜物か、十秒とかからず錠前は外れた。ふふん楽勝。
「よーし入るぞ」
「(……いいんでしょうか……)」
俺は鉄格子の扉を開け、中の階段を上っていった。
「わあ……素敵ですね」
灯台の最上部から見える景色は、下からのそれとは全く別物だった。見下ろす海面に、さざなみがまるで指揮者に従うかのように規則正しく南から北へ、北から南へとめまぐるしく移動している。先ほどは霞んで見えるだけだった対岸のアルビアも、ここからだと、その町並みすらぼんやりとだが識別することができた。
「ふっ、この海も陸地もいずれ全て俺様のもの……」
「……そうなんですか?」
「偉人的見地から見ればそうなるのだ。そのうちお前も理解できるようになる。努力しろ」
「はい、がんばります」
五秒ほどそのまま並んで景色を見つめていたが、やはり人的描画のない風景は飽きる。つまらん。ので、後ろに振り返って、興味を引くものがないか見渡してみる。
部屋の中央に光り輝く奇妙なテーブルを発見した。近付いて、よく調べてみる。
大理石を加工して造られた台の上に、大きめの燐光石がこうこうと白く輝いている。今は昼だから目立たないが、夜になると、数里離れた海上からであっても、光はその役目を十分に果たすことができるだろう。
「ここから燐鉱石を入れるみたいですね」
いつのまにか隣に立っていたアンが、かがみこんで台の下の方の穴を指差しながら言った。
「そうだな。試しに俺も入れてみるか」
「え、勝手にやっていいんですか?」
「馬鹿にするな、俺様だぞ」
「……?」
不思議そうな表情のまま動かなくなったアンは放っておくことにして、横に積まれていた箱の中に詰められた燐鉱石のうち、手ごろな大きさのものを掴み取る。それを、振りかぶって「え?」手首のスナップを利かせながら「あ、あの?」下手で投げ入れる!
ガッギィィィィン
「欠けた」
欠けた。何が欠けたって、燐鉱石ではなく、それを支える灯台の設備、大理石の台だ。俺のハイパワー石投げの威力に耐え切れなかったらしい。根性のない台だ、耐久試験を実施したら落第間違いなしだな。
「……ど……どうしましょう!?」
「んー」
アンが転がる大理石のかけらを見ておろおろしている。ふむ。なんとなく破壊衝動に見舞われたので全力で投げてみたんだが、後のことは全然考えていなかった。
まあ、欠けたのは底部だし、燐鉱石の全とっかえでもしない限り問題は起きないだろ。
「放っておこう」
「……え、それでいいんですか?」
「よくないと思うか?」
「……ええと……い、いい…………で…………しょうか……?」
「よし。それじゃ帰るぞ」
かけらを海に蹴り捨て、証拠隠滅してから階段へと移動する。その途中、アンは名残惜しそうにちらちらと何度も振り返っていた。そんなに景色が気に入ったのだろうか。俺とアンの距離が開く。
「…………(ごめんなさい、管理人の方)」
アンは最後に何か小さく呟いて、振り返ることをやめ、そして、俺の方へと駆け出した。
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