登場人物紹介
劇団『アガサ』が一般公募のオーディションを開催するらしい――
との情報を得て、俺はシアターの入り口前に来ていた。傍らにはアンがいる。道の途中で声をかけてきて、シアターに行くと言ったらついてきたのだ。
なぜ通り道に居たのかについては、もう面倒だから詮索するのはやめにしておいた。匂いでも感じ取っているのだろう。
ま、それは今はいい。俺はシアターを手で指し、隣でそわそわしているアンに紹介した。
「ふっ、アンよ、ここがシアターだ。主に劇団による演劇が上映される。たまに殺人事件も発生する」
「え……は、はい。知ってますけど……」
「なんだ。貴様のことだから、シアターがどんな所かも知らないのかと思っていた」
あまりに世間知らずなところが多かったからな。
「舞台に興味をお持ちだったんですね」
「うむ、舞台演劇は俺の数多い趣味の一つである。意外だったか」
「あ、いえ、そうなんだろうなとは思ってました」
まあそうだろうな。そうだとわからん奴のほうが珍しい。
「あの……でも、見学することって、できるんでしょうか? ふつう、こういう歴史のある劇団のオーディションは非公開だったと思うんですけど」
「非公開などという戯言は無視して良い」
「……?」
不思議そうな顔をするアンから目線を離し、シアターの入り口を眺める。相当に古い建物のようで、高さ数メートルはあろうかという入口の門の脇には、年季の入った大理石の柱が幾本も並び、屋根近くには羽を持つ天使を象った彫り物があしらわれている。
と、その天使の彫り物を観察している最中に、後ろから声が聞こえてきた。
「そこを行く男よ、キミはもしやこのオーディションの審査員かね?」
む、男とは俺のことか? 声の方向に振り向く。そこには長髪を後ろにまとめ、毒々しい色合いのスーツをびしっと着こなす男がいた。顔に笑みを浮かべ腕を組み堂々と佇んでいる。
あたりを見回す。アンと長髪男がいるだけだ。自分に向かってそこを行く男、と話しかけるような奴は俺の知る限り存在せん。多分俺を呼んだのだろう。
で、審査員か、と。ふむ。
「うむ、審査員長だ」
「え」
アンが虚を突かれたような声を漏らす。なんだ、別に嘘は言ってないぞ。単に俺内部で審査するだけなら自由だろう。ただそれが劇団の選考には関係ないというだけで。
ぬ、詐欺ってなんだ詐欺ってそこの虫。
「おお、やはりそうか! では、これを受け取りたまえ(ジャラ)。いやなに、言うまでもないことだろうけれど、このボクの婚約者がオーディションに参加しているんだ。ふふふ、もし彼女が落ちるようなことがあったら……彼女だけでなく、ボクと、ボクのママ、みんなが敵に回ることになるよ。この意味がわかっているだろうね? 言っておくが、これは脅しではないよ。ボクはやると言ったらやる男だ。おっともうこんな時間か。では、ボクは急ぐので。くれぐれも頼んだよ」
俺に喋る隙すら与えず、芝居がかった気障ったらしい口調で一気にまくしたてると、男は優雅な足取りで立ち去っていった。残されたのは俺とアンと、ずっしりとした感触の、おそらく金貨が詰まっているであろう革袋。
俺は呆然としながらも、同じくぽかんと口を開けているアンに意見を求めた。
「なんだいまの」
「……さあ……?」
「とりあえず中身は金のようだが」
袋を開け、中に金貨がぎっしりと詰まっていることを確認する。
「……ひょっとすると、いわゆる賄賂というものなのでは……」
「ふむ、そう言われるとそうかもしれんな」
「ど、どうするんですか?」
どうすると言われても、どうしようもないぞ。
俺は金貨の一部を懐に突っ込みつつアンの疑問に答えた。
「どうするも何も、どうしようもないな。だいたいあれの言う『婚約者』とやらが誰なのかすらわからん」
「そ、そうですね……あ、いえ、あの、それ以前の問題もあると思うんですけど」
「あー、もうそろそろ時間だ。馬鹿の言うことは気にするな」
シアターの脇に立つ時計を見ながら言う。もうすぐオーディションが始まる時間のようだ。俺はアンの方へ振り向き、指示を出した。
「よし、交渉してこい」
「えっ」
「入れるように交渉だ」
「は……はい。や、やってみます」
果てしなく頼りなげな言葉を返し、アンは受付へと歩いていった。
案の定、アンはカウンターの向こうに座っている小男と一言二言話すと、すぐに残念そうな表情を見せながら、こちらに戻ってきた。
俺の近くに寄り、申し訳なさそうに結果を話す。
「えーと、すいません……関係者以外には原則非公開、だそうです……ど、どうしましょう」
「何が『だそうです』だ。このうつけ者が」
「ええっ!?」
「貴様は交渉の何たるかが全然わかっとらん。俺が手本を見せてやろう」
「ご、ごめんなさい」
アンを伴って、カウンターへと歩く。カウンターの向こう側に居るのは黒のタキシードにぴんと張った蝶ネクタイを付けた小男。おそらく劇団のマネージャーだろう。台帳にペンで何かを書いている。
更に近づき、ごんごん、とカウンターを足で蹴る。それで小男は俺達に気付いたらしく、ペンを止め顔を上げた。
俺はカウンターに肘をつき、用件を言った。
「おい貴様。俺様はオーディションを見学したいぞ。許可しろ」
「は?」
「見学させろ、と俺が言ってるんだ」
「な、何言ってるんですかあなた。さっきもそこのお嬢さんに言いましたけど、確かに当初は一般公開される予定でした。けれど、安全上の問題のため、取りやめということにさせていただいたのです。申し訳ありませんが、外部の方を入れるわけにはいきません」
「この俺が断腸の思いで頼んでいるのだ。なんとかせんか」
「いや無理です」
くっ、この無教養者が。東洋では王を超え宇宙意思の域までに達した俺の威厳も、このような無教養極まりない馬鹿者には通じないか。
仕方ない。ここは古来より伝わる由緒正しき交渉法その三を使うとしよう。
「ちっ、仕方ないな。ではこれをやろう」
俺は右手に持つ金貨が詰まった革袋を、小男の手に押し付けた。
「え、なんですか……こ、これは!」
小男は戸惑いの表情を見せながら袋を受け取った。しかし、袋の中身を怪訝そうに覗き見ると、とたんにその目の輝きは驚愕と欲望の入り混じったものへと変貌した。
「こ、こんなに……すごい……本当はまずいんですけど……。だ、団長には言わないでくださいね。本当に、見るだけですよ?」
金貨の袋を、床に置かれた鞄にこっそりと収めながら小男が言う。ふっ、愚物が。
鞄を注意深く椅子の下に隠すと、小男は周りの目を気にしつつ、二枚の厚紙をポケットから取り出し、俺とアンに一枚ずつそれを差し出した。受け取って、それが何なのかを確かめる。
それには特別招待者専用永久劇場通行パス、と、記されていた。長ったらしいが実にわかりやすい名前だ。こんなものがあるなら最初から渡さんか。
「よーし、入るぞ。アン、来い」
「は、はい」
呼び止めてきた門衛にパスを見せびらかし、薄暗い入口を通って中に入る。通路の光量は普段と違って、かなり控えめなものになっていた。燐鉱石を節約するためだろう。俺は物珍しげにあたりを見回しているアンに、勝ち誇って声をかけた。
「見ろ、成功だ。アンよ。交渉とは成功を前提としてするものだ」
「はい! ……あ、でも、あのお金……こんなことに使って、よかったんでしょうか……」
「どうせはした金だ。あの程度いくらでも稼げる」
「(……そういう意味ではないんですけど……)」
二階席をアンと二人で占領し、舞台を見やる。そこでは、劇団関係者であろう人間達が、せわしなく動き回り、大小さまざまな小道具・大道具を舞台の裾から取り出していた。
素人達のオーディションとはいえ、劇団はかなり本気のようだ。
「オーディションはまだ始まらんみたいだな」
「はい。さっき劇団の人に聞いたんですけど、最初の人のオーディションが、三十分後らしいですよ」
「なに、三十分だと」
椅子から立ち上がる。この俺の時間が三十分も無駄にされるなど地球規模的損失である。許されん。
「え、ど、どうしました?」
「アン、今日は警備が少ない。というわけで劇場の秘密部屋を探索しに行くぞ」
「ひ、ひみつべやですか」
「うむ。こういう古い建物には秘密の部屋が存在すると相場が決まっている」
「そういうものなのですか?」
「そのとーり。付いて来い」
「は、はいっ!」
関係者専用、と書かれた扉を蹴り開け、薄暗く狭い廊下に出る。その廊下の壁には扉がいくつも並んでいた。俺はそのうちの一つ、明かりの漏れている部屋の扉を開け中に入った。
まず目に入ったのは歴史のありそうな化粧台と、俺の姿すらすっぽりと収まりそうな鏡。
「ふむ。控え室か」
「そうみたいですね」
化粧台をかがんで覗き込みながら、アンが言う。
「ここで舞台の準備をするんですね。……プロの方って、わたしみたいに、好き勝手に口ずさむのとは違って、大勢の人の前で唱うんですから……大変ですね……」
「ほう、歌を歌うのか」
「え、あ、はい、たまにですけど」
「歌ってみろ。審査してやる」
余興だ。秘密部屋は見つかりそうもねーし。
アンは一瞬呆然としたように口を開け、次いですっとんきょうな声をあげた。
「え、ええっ!? ここでですか!?」
「うむ。ここで、ということは歌うこと自体には抵抗はないのだな。さっさと歌え」
一年間声を聞いてきた限りでは、声質には問題ないと思うが、歌となるとまた別物である。どの程度の代物か、俺のマーベラスに肥えた耳で評価してやろう。
「わ……わかりました」
言って、アンは二、三度深呼吸をし、手を胸の前で組んだ。そのみずみずしい唇がゆっくりと動き、歌詞を紡ぎ始める。
朗々としてそれでいて透明感のある歌声が、部屋に反響し、俺の耳をくすぐる。
歌詞はよくある感じのラブソングだったが、それを演出するアンの声には、なかなか感情がこもっていた。常人の心なら揺さぶることができるだろう。声量もある。出す声に筋が通っていて、はっきりとそのメロディを聞き取ることができる。音感も悪くないようだ。
アンは歌い終わると、またはじめと同じように大きく深呼吸した。ほっとしたように姿勢を崩し、頬を赤く染める。
そして、不安そうに感想を求めてきた。
「ど……どうでしょう」
「五十四点。精進しろ」
まあその辺に転がっている凡百の歌い手よりはマシだろう。少なくとも、歌っている最中だけは全く物怖じしていない点は評価に値する。
もちろん俺様的合格点には程遠いが。
「は、はい、頑張ります」
「ああ。……ん。誰か、そこにいるのか?」
僅かに開く控え室の扉と床の隙間に、白いシューズが見え隠れしている。
俺はすたすたと歩いて近寄り、ノブを引いた。扉が内に開く。
そこにいたのは――
「誰だお前」
そこにいたのは、ブラウンの髪に小さな髪飾りを付け、黄緑色のツーピースを着る少女。なんとなく見覚えがあるような、いややはりないような。とりあえず表層意識には記憶が残っていない。
少女はぼーっと視線を部屋の中に向けている。俺もそちらに振り向いた。だが、そこには不思議そうにこちらを見ている、アンがいるだけだった。
しかし反応がないな。もう一度、声をかける。
「おい、誰だお前」
少女ははっとしたように、俺の顔に目線を向けた。つーか今まで気付いてなかったのか。真正面にいるのに。
「あっ、はい! 受付番号六番の、ソフィア・ロベリンゲです。こちらの控え室を使うように、と言われてきたんですけど」
「ふーん」
どうやら俺のことを劇団員の一人だと思い込んでいるらしい。ソフィアと名乗った少女は、緊張した面持ちを見せながら、俺とアンを交互に見つめていた。なんだ?
「あの……今の歌は……そちらの方が?」
「え、は、はい、そうですけど……」
「……あの、どこかで一度お会いしてません?」
僅かに期待の入った口調で、ソフィアがアンに問いかける。
「……え……? ご、ごめんなさい……わたし、人の顔を覚えるのが苦手なもので……あ、わたし、アンといいます」
名乗った後、アンはソフィアの顔をしげしげと眺め、自信なさそうな音調の言葉を付け加えた。
「でも……どこかで、お会いになったことがあるような気はします……」
それを最後に、二人は見つめ合ったまま黙り込んだ。何がなんだかさっぱりわからんが……とりあえず俺が無視されてることが気にくわん。この最強の超絶美形たる俺様を無視してアンと話すとは無礼極まりない行為である。
と、ソフィアは俺の心情を汲み取ったのか、こちらに振り向いた。怪訝そうに問いかけてくる。
「あなたも、どこかでお会いしたことがあるような気が」
「気のせいだ」
「そう、でしょうか」
ソフィアは黙り込み、首をかしげ考えを巡らせる仕草を見せた。しかし、俺のことをアンのついでのように話すとは何事だ。失礼な奴め。
「……よろしければ、あなたのお名前もお聞かせ願えませんか?」
「貴様に教える名などあるものか!」
「!?」
ソフィアの動きが止まった。顔に驚愕の表情が浮かぶ。
その表情と、反射的に口から飛び出した言葉で思い出した。こいつはチンピラその四であった。約一年前に、無謀にも俺に絡んできた不細工集団の一人で、その時も同じ名を名乗っていたはずだ。……いや、今見るとこいつはそんなに酷い顔ではないな。むしろどちらかといえば美少女の部類に入るが、まあどうでもいい。
いまだ固まったままのソフィアは放っておき、アンに声をかける。
「アン、行くぞ。もうすぐ一人目の出番だろう」
「あ、はい。それではソフィアさん、また」
「……」
扉を完全に開け、廊下に出る。アンも俺の後をとてとてと追ってきた。客席に戻るには――
「あのっ、アンさん!」
「はいっ!?」
急にソフィアが大声を出した。名前を呼ばれたアンが、飛び上がって驚き、慌てた表情を見せながら振り向く。俺もソフィアの方に振り向いた。
「わ、私、もうすぐ劇団のオーディションがあるんです。それで、歌のテストもあって……あの……私、緊張が、収まらなくて……もしよろしければ何か、上手く歌えるアドバイスをいただけませんか!?」
震える声で懇願してくる。が、その迫力は鬼気迫るほどだ。それほどまでに、このオーディションに何か期するものがあるのだろう。うむ、ならばこの俺様の宇宙一ありがたい英雄的助言をくれてやっても構わんかもしれん。
「そうだな。とりあえずその地味な服と髪型とアクセサリーと」「あなたには聞いてません」
なにぃっ。返す返すもなんと無礼な奴だ。やはりやめだ。こんな奴にはサポートオプション二号の言葉で十分だ。
「ちっ、アン! さっさとアドバイスでも罵詈雑言でも何でもいいから授けてやれ」
「は、はいっ! えーと、わ、わたしはそんな、人様に助言できるほどえらい人間ではないんですけれど……」
前置きを入れて、アンは息を深く吸い、ソフィアの妙に切羽詰ったそれとは対照的に穏やかな口調で話し始めた。
「わたし、何かを教えた経験なんてないものですから、えと、参考になるかどうかはわからないんですが」
……ってまだ前置きかよ。
「(いらいら)さっさと本題に入らんか」
「すっすいません! その、ソフィアさん。オーディションだからって、何も特別なことをする必要はないと思いますよ。自分が舞台の上にいるなんて思わないで、普段唱う時と同じことを考えてください。上手く唱おうなんて思わず、普通に唄ってください」
「普通に……」
ソフィアが確認するかのように呟く。アンはそれを聞いて微笑みを浮かべ、言葉を続けた。
「はい。そうすれば、合否はともかく、きっと自分の満足の行く結果が出るはずです。保証しますよ……あ、わたしなんかの保証は、たぶんなんの役にも立たないと思いますけど……」
「あ――と、とんでもないです! 私……いま、すごく気が楽になりました。ありがとうございます!」
慌てて、だが本当に嬉しそうに、ソフィアがアンの言葉を訂正する。そして、上半身を勢いよく折り曲げた。アンはそのあまりに大仰な感謝の意思表示に恥じ入るかのように、いえ、わたしなんか……と、謙遜の言葉を呟いた。
いやだから、そんな時間はないとゆーのに。
「でーい、もう始まってしまうだろうが。アン、行くぞ」
「あっはい! では失礼します、ソフィアさん」
頭を深く下げたままのソフィアを残し、俺とアンは客席へ続く廊下に進んだ。
まったく、無駄な時間を使ってしまった。まだオーディションが始まっていないとよいが。
「十二点」
「え」
客席に戻ったときは既に、舞台上で一人目の候補者がその声を披露している最中であった。だが一瞬聴いただけでわかる。こいつは落第である。
「なんだあの音程という音程を破壊し尽くした歌は。容姿がどうこう以前にあれだけで致命的だ」
「ち、ちなみに満点は何点です?」
「千点」
「き……厳しいですね、それは」
「うむ、芸の道は果てしなく厳しいものなのだ」
一人目が歌い終わり、二人目が舞台裏から姿を表した。ブロンドの髪に、吊り上った眼つきの少女。整った目鼻立ちに自信ありげな表情を湛えている。少しは期待できそうか?
少女は大きな声で自己紹介をすると、胸をいっぱいに膨らませ、メロディーに合わせて歌い始めた。
「十五点」
「え、ど、どうしてでしょう?」
「大声出すだけで満足してどうする。ありゃ聴いてる奴の事全然考えてないな。舞台に立てるわけがない」
三人目。先ほどまでの少女達とは打って変わって、落ち着いた様相を見せる美女。年の頃は二十台後半に差し掛かったあたりか?
静かに自己紹介をし、口を開く。
「零点」
「……あの……」
「声が小さいのは論外だ。拡声器でも使うつもりか」
「に、二階席ですし……」
「本番でも二階に客はいる」
四人目。また極端なのが出たなー。年齢がまだ二桁にも達していないのではないだろうかと推測される、幼い少女。いかにも甘ったるい口調で自己紹介をし、様々な振り付けをしながら、歌詞を口ずさもうとする。
「一点」
「……」
「課題曲の歌詞すら覚えられないとは恐るべき事態だな。帰って菓子でも頬張ってろ」
「(……き、厳しすぎですよ……)」
「何か言ったか?」
「い、いえっ!」
五……人? 目が、歌い終わった。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……マイナス百点」
「ええっ!? あの」
「いや、まあ、インパクトだけはあるだろうが」
「……あれ、お面ですよね? なんだか、タコさんみたいにうねうねと……ふしゅふしゅと」
「言うな。たぶんあれは眼の錯覚だ」
最後の一人、六人目が、舞台の中央へ歩いていく。ってもう最後か。少ないな。それに一般公募とはいえレベル低すぎだろ。俺が審査員長なら全員落第だな。
ブラウンの髪に、黄緑色のツーピースを着る少女が、中央に立ち、客席の方を向いた。眼を閉じ、ゆっくりと唇を開く。
「あ、ソフィアさんですよ」
「ふん。俺様のアドバイスを拒否したばか者だな。問答無用でマイナス五十点」
「あ、あの……お願いします、ちゃんと聴いてあげてください……ソフィアさんも、きっと、悪気があって言った訳ではないと思います……」
「ちっ」
というか悪気が無かったとしたらなお始末が悪いのではないか?
そんな疑問を頭に浮かべつつ、劇場に響くソフィアの歌に、一応耳を傾けてやる。
それなりの声量とそれなりに通る声とそれなりの音感。技術は未熟。悪くはないが地味な容姿のせいもあって、舞台映えする人間だとは思えない。
が、楽しそうに歌っている点はそれだけで評価できる、と言えないこともないかもしれない。
ソフィアは歌い終わると、客席に陣取る審査員達に大きく一礼をし、満面の笑みを浮かべた。
「三十四点てとこか。まだまだ修行が必要だな」
「ソフィアさん、とっても楽しそうに唄えてましたね。よかった……」
「ほう。自分のアドバイスが功を奏した、と言いたいわけだな」
「そ、そういうわけでは……全てソフィアさんの実力ですよ」
――審査の結果、ソフィアは落選した。
ま、予想通りだな。入選者は結局ゼロだったし。
シアターの門を出る際、柱にもたれかかるように立つソフィアが視界に入った。
「エヘヘ……落ちちゃいました。まだまだ努力が足りなかったみたいですね」
俺達を見るとすぐに駆け寄ってきて、そう声を出す。その語調は、落ちちゃいました、というネガティブな言葉とは裏腹に明るいものであった。
「残念でしたね……でも、とってもよく唄えていたと思いますよ」
「ありがとうございます」
アンのいかにもとってつけたようなお世辞に、はにかむようにして答える。
「でも……悔いはありません。また一からやりなおして……きっと、いつかあの舞台で歌う日まで私、くじけません」
「うむ。無駄な努力をあえて重ねようとは根性のある奴だ」
「……」
ソフィアの表情が、微笑から一転して憮然としたものになった。なんでだ。
「何か文句があるのか?」
「……ありますけど、今はいいです。それじゃ、アンさん。今日は、本当にありがとうございました」
「い、いえ……わ、わたしのほうこそ、素敵な歌を聴かせていただいて」
「ふふ、お世辞でも、嬉しいです」
「俺様に感謝の言葉は」
「それでは、さようなら。またお会いできたらいいですね」
俺の言葉を完全に無視し、ソフィアはアンに手を振りながら去っていった。
ぬぅ、ドルファンの学生は揃いも揃って礼を逸した奴ばかりだな。
「ソフィアさん、いつかきっと舞台に立てますよね?」
ソフィアの去っていった方面を眺めながら、アンが言う。今日初めて会話をしたばかりだというのに、その言葉には、十年来の親友を心配するかのような真剣さが含まれていた。
だからこっちも、不愉快だが真剣に答えてやった。
「まー二十年もやれば端役ぐらいには」
「……あの、もうちょっと短くなりません?」
「常人の十倍努力すれば二年になるだろ」
「そ、そうですよね!」
わかってて言ってんのか。一日三十時間レッスンしろってのと同じ意味だぞ。
「ま、レベルが低いなりには楽しめたな。アン、帰るぞ」
「あ、はい」
十日後。ソフィアが練習生になったらしい、とわざわざアンが俺の部屋に報告しに来た。いらんのに。いや報告するならするで構わんのだが――
「何故ソフィア本人ではなく貴様が伝えに来るのだ」
「え、ええと……その……えっと、やっぱり、練習でお忙しいのでは……」
決まり悪そうにアンが言い訳をする。ふん、ソフィア・ロベリンゲ、だったな。
どうやら俺がありとあらゆる観点において傑物であることを理解できていないようだが――
いずれ、思い知らせてやる。待ってやがれ。
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