登場人物紹介







 すがすがしい太陽の光線の下、立ち並ぶ露店を次から次へと見て回る。今日は年に一度の収穫祭だ。そういうわけで、フェンネル地区中心部の露天をまず最初に見て回っているわけである……

「うーむ」

 ……のだが、ガイドであるアンの姿が、いつの間にか見えなくなってしまっていた。前にもこんなことがあったような気がするが、その時は黙って帰ったわけではなかったはずだ。というか性格的にそれは考えられない。どこかではぐれたか。
 俺は回れ右をし、辿ってきた道を逆行することにした。まったく、無駄な手間を。

 戻る途中、ごったがえする人の群れの中に、アンを探す。

「おっ」

 すぐに見知った顔を発見した。だが、それはアンではなかった。露店で売られている華やかな土産物や客寄せの声に見向きもせずに、すまし顔で歩いている三つ編みの少女。少女は俺とすれ違う瞬間に、瞳をわずかにこちらへ動かしたが、その歩みを止めることはなかった。俺との距離が開いていく。
 久しぶりに見たが、用はないから無視し返してやるか……いや待てよ。

『……その時に、お話もしてるんですよ』

 いつかアンがそんなことを言っていたな。何か知っているかもしれん。
 俺は再び回れ右をし、人の群れを蹴散らして、目標の横に付いた。その視界に、俺の姿を映すため、顔を覗き込む。
 反応が無い。無視の極みだ。
 ぽんと肩を叩いた。それでも反応は無い。
 帽子を剥ぎ取った。無言で奪い返された。

「って、何しやがるサリシュアぐほっ」
「……ライズよ」

 サリシュアンはようやく、無感動ながらも俺を認識したようだ。が、その語調と行動とが一致してやがらねぇ。強烈なボディブローが俺のみぞおちに的確に入った。この暴力主義者め。

「ちっ、覚えてろよ。ところで何故お前がここにいる。テロでも起こしに来たか。いやそれはやめておいた方がいいぞ。収穫祭は穴場と思ったかもしれないが意外と警備は」
「あなたと一緒にしないで」
「するか」

 お前ごとき小娘を俺様と一緒にするなど、俺様を冒涜するに等しい行為だ。

「いや、そんなことはどうでもいいんだった。お前、アンを見かけなかったか? 途中ではぐれたようなのだが」

 言い終わってサリシュアンの顔を見やる。そして、驚いた。何にってサリシュアンの表情に。
 サリシュアンの年中変化のない顔面神経痛すら疑われる顔に、いつものポーカーフェイスと別の表情が浮かんでいた。心底驚いているようなとか、信じられないものを見たとでも言いたげな、とか、とにかくそんな感じの表情を見せながら、俺に問いかけてくる。

「……アンを、探しているの?」
「お前の脳は欠陥品か? それ以外の何がある」
「あなたが、彼女を?」
「その通りだと言ってるだろーが」

 サリシュアンは俺の言葉を聞くと、ふう、とため息をついた。

「……。さっき、見かけたわ。妙に落ち着きがなかったけれど。もし帰っていないのなら、まだこの通りにいる筈よ」

 なんとなく空虚な沈黙の後、サリシュアンはそう言い、俺の返事を待たず人混みの中へと消えていった。
 なんだあいつ。急に協力的になりやがって。
 
 まあ、ともかく、一応信用してみるか。
 俺は正面の露店の長机に飛び乗った。机の向こう側であぜんとしているりんご売りを無視して、群衆の方へ振り向く。アンはどこか常人とはかけ離れた特殊な雰囲気を纏っている。サリシュアンの言葉が真実で、アンがこの通りにまだ留まっているのだとすれば、その範囲を上から見渡せばすぐに発見できるはずだ。
 手を額に当て、人の波に埋もれているであろうアンを探す。

 予想通り、目標はすぐに見つかった。老若男女入り混じった人混みの中でも彼女は一際目立つ。その腰まで届く透き通るような水色の髪を左右に揺らし、道行く人々の姿から懸命に誰かを探し出そうとしている。
 『誰かを』というか『俺を』だな。

「アン」

 彼女の名を呼ぶ。だが、俺のスーパービューティフルな声は群衆の束ね声にかき消され、俺自身の耳にすら届かなかった。ちっ。不本意だが叫ぶか。
 すー、と息を吸い、愚民共を圧倒する声量を出す準備をする。
 その瞬間。アンの顔が上がった。その目線が俺を捉える。と同時に、輝くような笑みを顔に浮かべ、手をあげて自分はここだ、とでも言いたげなジェスチャーをする。
 そして一直線に俺の元へ来ようと……したところで、また人の波にのまれ、その姿が遠ざかっていった。
 俺は長机から飛び降りた。まったく、世話の焼ける奴だ。


「ふん、貴様のせいで無駄な時間を食ってしまった」
「ご、ごめんなさいっ」

 人波から救出され、アンを伴い、運動公園の敷地を横切って歩く。剣術大会を観戦するためだ。
 前方に見える円形のフォルムをした闘技場からは、轟くような歓声が聞こえてくるが、それとは対照的にこのあたりの人影はまばらだ。大会がとっくに始まってしまっているためだろう。
 まあ、いまさら急いでも仕方ない。ちょうどいい機会だから、さっきのことを聞いてみるか。

「ところで、サリシュ……」

 そこで、言い淀む。こいつは本名を知らなかったか。

「……?」
「いや、ライズに会ったんだが」
「あ、ライズさんも来てたんですか?」
「うむ。なんか反応が妙だったが。貴様ら一体どんな会話をしているのだ?」

 と、軽い気持ちで聞いてみた。のだが……それを聞いたアンは顔を紅潮させ、慌てた様子で逆に聞き返してきた。

「え、あのその、あの……ら、ライズさんは、わ、わたしのことについて、な何か、言ってましたか?」
「いや別に」
「そ、そうですか……あ、も、もう始まってしまってますから、いっ急ぎましょうっ!」

 アンはそう言って、顔を俺から隠すようにそらし、闘技場へと駆けだしていった。
 なんなんだ一体。
 脳内に疑問の嵐が吹き荒れるのを感じながら、俺はアンの後に続いた。


 試合場を中心とし段々に連なる観客席は、熱気の渦に包まれていた。それは今にも最高潮に達しようとしているかのようだ。

「もう、決勝戦が、始まっているみたいですね!」
「うむ」

 アンが群衆の怒声に負けぬよう、叫び声をあげる。
 収穫祭のメインイベントとして毎年催されているこの剣術大会は、騎士団の精鋭をはじめとする腕に覚えのある男達が、この闘技場で剣術を競い合う、という趣旨のものらしい。ドルファンのこういった行事にしては珍しく、一般参加も受け付けている。
 ちなみに前年の優勝者はこの俺様だ。今年も出る予定だったが「出場しないでください」と運営委員の連中に泣いて頼まれたので、仕方なく出場を見合わせてやった。
 俺様がドルファンもとい全世界最強の戦士であることは疑いようもない事実なので、出場を控えること自体は別にいい(賞金も出ないし)。しかし運営委員が、俺が出場するとまずいことになる理由としてあげた「去年の大会が史上最悪のものになったから」という言い分については不満に思う。あれは断じて俺のせいではない。

 目をつむり、あのむなしい優勝の経緯を思い起こす。


 初戦を一太刀も浴びぬ圧倒的勝利で飾った俺だったが、その後の戦いは一言で言うと、暇だった。闘技場の真ん中に俺だけが立ち、そのまま待つこと五分。審判が控え室から出てきて俺の勝利を宣告する。
 それが四回続いた。不戦勝と不戦勝と不戦勝と不戦勝で優勝だ。つまり二回戦から決勝戦までの相手全てが棄権したのである。
 たぶん何かの陰謀だったのだろう。なにしろ俺のやったことといえば、初戦の直後に差し入れられた怪しいドリンクを、選手共用の飲料水タンクにこっそり投げ込んだことだけなのだから。


 うむ、俺の責任ではないな。間違いなく。
 それだけわかれば十分だ。俺は頭を振り、どうでもいい思い出を脳の奥深くにうずめた。

「どうかしましたか?」
「なんでもない」

 アンに答え、目を開ける。
 興奮のるつぼと化している闘技場全体を、観客席中段からぐるっと見渡す。ここから見える限り、席は全て埋まっていた。もう二人分の席を確保するのは不可能だろう。立ち見しかないな――俺様が、一般人だったら。
 俺はアンを連れ、立ちあがって怒声をあげている愚民を横目に、階段を下っていった。目指すは最前部、大理石張りの貴賓席である。


 貴賓席と一般席の境を警備していた近衛兵の案内に従い、豪華なソファーにどかりと座りこむ。アンも俺に続いて隣のソファーにちょこんと腰掛けた。出場辞退の見返りとして運営委員に用意させておいた席だ。まあ優勝確実なところを辞退してやったのだから、このぐらいは当然だな。
 脇のテーブルに置いてあったフルーツジュースをつかみ取り、ごくごくと一気に飲む。うむ、絞りたてで美味い。
 俺はコップをテーブルに置き、目線を正面に移した。ようやく落ち着いて戦いを観られるな。

 近くで観ると、遠目からでは身長ぐらいしかわからなかった二人の戦士の外見が、顔立ちまではっきりと認識できた。西側の戦士は、紫がかった銀髪の若者。東側は、黒々とした立派な口ヒゲをたくわえる壮年の戦士。動きには老練さが伺える。
 戦いはヒゲが優勢に進めていた。緩急のついた剣裁きにフェイントを織り交ぜ、銀髪の戦士を巧みに追い詰めていっている。銀髪の表情が――俺からではその背しか見えないので、視界を混ぜた――徐々に苦しいものへと変わってゆき、それと連動するように足がじりじりと後退していく。盾でヒゲの攻撃を受け流し、なんとか攻勢に出る機会を掴もうとしているようだが――あそこまで腕の差があると、それはなかなか難しいな。
 ……ん?
 その動きになんとなく既視感を覚えた。銀髪の男の顔をもう一度近くから覗き込む。

「あ」
「……? なんでしょう?」

 両手でコップを持ちジュースを飲んでいたアンが、ストローから唇を離し、俺の方へと視線を移した。

「うむ。手前の銀髪、知った顔のようだ」

 今の今まで気が付かなかったが、あの額に汗を浮かべている銀髪の男、よく見たら俺様率いる傭兵部隊第一中隊の副長ではないか。名前は――えーと――名前は忘れたが、とにかく奴ごときの腕でここまで勝ち進めるとは、今大会のレベルの低さが知れるな。

 そうこうしているうちにも試合は進行していく。副長は防戦一方だ。手を出せないままヒゲの連撃に押し込まれている。
 その背がとうとう客席と試合場を隔てる壁に付き、もう逃げられないところにまで達した。

「く……てえいっ!」

 副長は覚悟を決めたとばかりに、左手に付けていた盾を投げ捨てた。剣を両手で中段に構え、ヒゲに向かって突進する。

 その剣が、ヒゲの胴体を一直線に貫いた。

 観衆の声がワっと膨れあがる。
 勝負がついた、と思ったのだろう。

 だがそれはおかしい。刃を丸めた剣で鋼鉄の鎧を貫通させる、などという神技をマスターしている奴なんて、俺と約一名ぐらいしか存在しない。
 ヒゲの目が勝利を確信したかのように、きらりと輝いた。脇の下には、副長の手から伸びる剣。剣が吸い込まれたのは胸ではなく、脇だ。胸と腕の狭間に刃を絡め取るという、試合用の刃のない剣を相手にする際にしか使えない、荒技だった。
 副長は剣をなんとか引き抜こうと、両手を上下に激しく動かし、足掻いている。その隙が命取りとなった。いや命までは取られなかったが。
 ゆらり、と副長の肩上に影が舞った。いつの間にかヒゲが右手上段に構えていた剣。それが副長のがらあきの肩に打ち下ろされる。勝負を決する一撃だ。
 剣と肩当てが激突し、があん、と金属音が響く。

「うあっ!」

 副長は剣を離し、片膝と両拳を地に着けうずくまった。

 膨れあがった声は、いつの間にか止んでいた。
 会場中が面食らっているような雰囲気の中、ヒゲは副長の首にその剣をゆっくりと突きつけた。

「それまでッ!」

 審判の声が闘技場に響く。ヒゲは顔を上げ、剣を天高くに掲げた。
 それに呼応して、なりを潜めていた観衆のざわめきがふたたび膨れ上がり、一気に爆発した。勝者への賞賛と敗者への罵倒の声が闘技場全体を満たし、地が揺れた。

 ま、順当だったな。
 医師の手当てを受けている副長を心配そうに見つめているアンに、帰るぞ、と声をかけ立ち上がる。表彰式なんざ見てもしょうがない。さっさと帰ろう。


 闘技場を出てシーエアー地区へと戻る途中。それまでの間ずっと押し黙っていたアンが、病人を気遣うような語調で話しかけてきた。

「……お知り合いの方、残念でしたね」

 なんだ。そんなつまらん理由で黙っていたのか。

「いや別に。決勝に残れただけで大健闘だ。むしろ奇跡だ」
「そ、そうなんですか? あ、それと、叩かれた時すごい音がしましたけど……大丈夫でしょうか……」
「たぶん無事だろ。打たれ強いのだけが奴の取り柄だ」

 しかしそれにしても情けない奴だ。武器にこだわらず剣から手を放して超接近戦に持ち込めばまだ勝機はあっただろうに。応用力が足りんな。
 今度会ったら、そのあたり教え込まねばならん。
 天を仰いで思った――でなければ今は良くとも、いずれ志半ばで死すべき時が来る。
 今更代わりを探すのは――面倒、だ。
 
return to index
感想・連絡・苦情その他ありましたら掲示板または下記フォームにお寄せください。
執筆意欲になります。あと作者が泣いて喜びます。返信不要の場合、末尾に『/返信不要』とお付けください。