登場人物紹介
プリシラ王女の誕生パーティーは、青の広間で、立食パーティーを兼ねた形式で催される。上流階級の貴族達による交流会という意味合いも兼ねているそうだが、その辺は知ったこっちゃない。とにかく食って飲むべし。
「まずっ」
グラスを傾け、紫色の液体をノドに流し込んだ。と同時に吐き気をもよおした。
西洋のブドウ酒なるものはどうにも口に合わん。やはり酒は焼酎に限る。持ってこさせよう。目の前の場違いな格好をしている少女に声をかける。
「アン」
「あ……は、はい」
まだ空っぽの自分の皿にサラダを盛ろうとしていたアンだったが、俺の呼び声を聞くと、返事をしてその動きを止めた。ととと、と俺に擦り寄ってくる。
「なんでしょう?」
「焼酎を持ってこい」
「は?」
「焼酎だ。こんな生焼けの醸造酒じゃなくて、もっとコクのいった蒸留酒だ。ないのか」
「え、えーと……と、とりあえず見当らないみたいですけど……」
皿をテーブルに置き、きょろきょろと辺りを見回して言う。
「ふん。調理場にはあるだろう」
「え……あの厨房の方に聴いてきてみましょうか?」
「許可してやろう。とにかく持ってこい」
「はいっ」
アンは軽快な返事をすると空のままの皿をテーブルに置き、早足で広間を横切っていった。すぐにその姿が見えなくなる。
どうでもいいがあいつ厨房の場所なんか知ってるのかな。
まあ、いいか。何とかするだろ。とりあえず帰ってくるまでの間、料理をつまみ食いしていくことにしよう。
料理を一口ずつ食べ終わり、その中でも好みの肉料理を盛った俺は、広間の北、テラスへの出口付近でそれを味わうことにした。壁に背を付き、パーティーの様相を観察しながらフォークに肉を刺す。
パーティーの出席者の中で最初に目に付いたのは、やはり主賓であり主催者であるプリシラだ。プリシラ自身のそれには劣るが、それでも十分に華やかなドレスを着る女達――彼女らもおそらく、どこぞの貴族の令嬢なのであろう――に、祝辞の挨拶と共に質問攻めにされているプリシラ。その光景は目と耳を否応なしに占有する。
彼女らの質問の内容のほとんどはアルビア皇太子との噂に関することだった。曰く、どこまで話が進んでいるのか、だとか、結婚式の日取りまで決まっているという噂があるが本当なのか、だとか。上流階級の会話なんてそんなもんか。言葉遣いは上品だが、話題そのものはむしろ庶民よりも低俗かもしれない。
プリシラはそれらの質問の全てに、笑顔を浮かべて一言、
「ふふ……ご想像にお任せ致しますわ」
という答えを返していた。
女達の耳には図星を突かれたのを誤魔化しているように聞こえたかもしれないが、当事者である俺は、その言葉が内面の言いたくても言えないもどかしさの現われであるということを知っている。『婚約? 求婚されたけど断ったわ。あんなあっぱらぱーと結婚なんて死んでもゴメンよ!』と叫びたいのを我慢しているに違いない。
それでもしつこく食い下がる女達に、失礼、という言葉を返し、プリシラは優雅な足取りで……っていってもドレスのスカートで見えないか。とにかくスムーズな動きでその場を立ち去っていった。別のゲストを歓待しにいくのだろう。
俺は視界を取り戻し、再び壁にどかりと背を付けた。
皿に盛った各種の料理を頬張りながら、会場を埋める人の群れを再度観察する。
と、その中に一人、知人を発見した。リンダ・ザクロイドだ。財力を誇示するかのようなきんきらきんのドレスを纏い、光沢のある紫の髪をストレートに整えている。彼女はこの上流階級の人間達の集まりの中でも、プリシラに次いで目立っていた。だがその理由は彼女の外見よりもむしろ、取り巻く人々の異様さにあった。
リンダに声をかけてくるのは下心丸出しの若い男ばかりだ。身なりも顔立ちも良いが思慮のかけらも見当らない男達。それをリンダは片っ端からある時は高笑いしながら、またある時は軽蔑的な笑みを浮かべながらあしらっている。
それら打算の塊のような男達以外に、彼女に積極的に近寄ろうとする者は見当らない。といって全く無視されているというわけではない。少し離れたところでリンダを見て何事かひそひそと話し合っている中年の女の集団がある。その声が耳に届いた。
『成金がこんなところにまで』
『プリシラ様もどうしてあんな……』
『おおかた、招待の手違いなのではなくて?』
『ありそうなことね、ホホホ』
はん。貴族社会におけるザクロイドの評判が最低だ、というのは耳にしていたが、まさかここまでだったとはな。わざとリンダに届くような声量で話している辺り実に陰険だ。
擦り寄る男を一通りあしらったリンダは、ひとり足音も立てずこちらに歩いてきた。だがその視線は俺を素通りしている。おそらくテラスへと向かっているのだろう。
俺は手を上げ、近寄ってきたリンダに自分の存在を示した。
「よう」
「――。目の錯覚かしら」
「ん? どうした」
「ここにいるべきはずもない低俗外道が、なぜか視界に入ったような気がしたのだけれど。ああ幻聴まで」
「はっはっは、鏡でも見たか?」
「……ふう。本物のようね。どうやって潜り込んだのかしら」
「世の中色々と妙な縁はあるものだ。お前もその一つだな」
数瞬の沈黙。リンダは黙って俺の横に立ち、振り向いて壁に背を向けた。俺とリンダが二人並ぶ格好になる。リンダは俺と目を合わせず、広間で談笑をする貴族達を見つめている。
「なかなか嫌われ具合が進行して孤立無援のようだな」
「……道化よ」
「は?」
リンダは今もこちらを見て陰口を叩いている集団の方に目を向けきっと睨んだ。十代の少女とは思えないほど迫力のある視線だ。
集団の陰口が止む。突きつけられた真っ直ぐな視線に耐え切れなかったのか、こそこそとリンダの視界から逃れるようにして、その集団は遠のいていった。
感情を押し殺したような声でリンダが言った。
「ただ新興というだけで下賎と嘲り、その新興が自分以上の権力を持っている理由を知ろうともしない。自分の地位に安住し、それを支える地盤が崩れようとしていることに気付いていない。すぐそこまで押し寄せている新たなる時代の波を認識すらしていない。その結果として――拠り所としていた、貴族という地位そのものを、何も知らぬまま失おうとしている」
リンダはそこで一息ついた。と、数秒と経たないうちにまた話を再開する。
「ドルファンの経済はね、もうボロボロなのよ。外国資本の会社に市場を片っ端から侵され、国内で生き残っているのは私達ぐらい。さっきの女達のうち三人の家は、外資の貿易会社に膨大な借金を抱えているわ。にも関わらず、達者なのは口先だけで頭は空っぽ。――それが悪いとは言わないわ。古来より、婦人はそういうものだった。でもね。彼女達だけじゃないの。そんな風潮が貴族社会全体にまで広がっているのよ。崩れ落ちる舞台の上で、権力争いという名の喜劇を演じ続けている。
これが道化でなくてなんなのよ」
いやそんな貴族の腐敗問題を長々と垂れ流されてもな。独り言か?
とりあえず相槌を打ってみる。
「ふーん」
「もし私が孤立しているように見えたとしたら、それは奴らが太陽のごとき輝きを放つ私を恐れているからよ。自分達の本来の姿を否応なしに明るみに晒し安定を崩そうとする、ザクロイドという存在を認めたくないの――それだけのことよ」
リンダはそう言い切った後ようやく俺の方に振り向き、こわばっていた表情を崩してどうでもよさそうに言葉を吐いた。
「ま、貴方にこんなことを言ってもしょうがなかったわね」
本当にどうしようもないな。貴族の興亡なんて全く興味がないし。
「本題よ。貴方、聖騎士になる、と仰ったわね。結構よ。前時代の遺産の悪い面だけを受け継いだあの連中の目に、物を見せてやりなさい。そうすれば少しは目を覚ますことでしょう」
聖騎士になるというのは俺が傭兵としてこの国に居るということからの当然の帰結であって目的ではないが。それに目なんか覚めないだろ――と、言う必要はないか。
リンダは壁からすっと背を離して姿勢を正し、それまでと違い、俺に背を向けた格好で話しかけてきた。その表情をうかがうことはできない。
「その点に関してだけは、一応、期待して差し上げます」
その声にはひどく挑戦的な響きが込められていた。
別れの言葉もなしにテラスへと出て行ったリンダを見送り、先ほどの話の意味を考える。が、すぐにやめた。やはり興味が持てないし。
なんにしろ元気な奴だ。無理をしている訳でもなく、あれが地か。
「あの……」
リンダと別れて約十分。ようやくアンが戻ってきた。両腕にラベルの付いていない瓶と空のグラスを抱えている。
「あ、あの、お待たせしました。ちょっと、厨房の場所がわからなくてメイドさんに教えてもらっていたので……」
「遅いっ」
「ご、ごめんなさいっ!」
まったく。何時間待たせやがる。ん、三十分程度じゃん、だとそこの虫。俺の十分は他人の一時間分に匹敵する価値を持つのだ。文句あるか。大体、場所を聞くなんてまだるっこしい真似はせず、そのメイドとやらに持ってこいと命令すれば良いのだ。その方が合理的だろう。
「え、えーと、それでですね、麦焼酎ならあるそうです。いちおう頂いてきましたけど……」
「うむ、注げ」
「はいっ」
アンは俺の手にグラスを預け、両手で瓶を傾けた。とくとくと透明な液体が注がれる。
俺はそのグラスを、今も空を眺めているであろうリンダの居るテラスの方へ突き出し、乾杯する真似をした。
まあ頑張ってみろ。興味はないし応援もしないが、見届けることぐらいなら可能だ。
『余計なお世話よ』
なぜかあの高飛車な声が聞こえた気がした。まあそう言うな、お互い様だ。骨ぐらいは拾ってやるから。
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