登場人物紹介







 乾いた落ち葉の山をベッドとし、ごろんと仰向けに寝転がる。
 季節は枯れ葉舞う秋。並木道の脇、なだらかな土手になっている場所で俺は休んでいた。
 ここなら訓練所の奴らに見つかることは無いだろう。副長の奴め、近頃は部下を駆使して俺の捜索隊を結成してやがるからな。統率力が高まっているのは結構なことだが、その使いどころを間違ってやがる。

「落ち葉の感触が気持ちいいですね……」

 隣で地べたに足を曲げて座っているアンが言った。

「うむ。なかなか乾いた感触が気持ちいいな」
「……はい。ずっと、こうしていたいぐらいです……」

 頬を赤く染めて言うアン。

「まあな。手間のかからん近場の旅行って感じだ」
「そうですね。あ、旅行といえば、ソフィアさんやライズさんは旅行に行っているそうですよ」
「ん? なんだと」
「修学旅行が楽しみだ、とソフィアさんが言ってましたから。確か今日からだったと」
 
 修学旅行?
 聞き慣れない単語だ。アンに意味を聞く。

「わたしも体験したことはないんですけど、とにかくドルファン学園の二年生のみなさんが、エドワーズ島のホテルに何泊かするんだそうです」
「なにっ」

 なんだとあの生意気な小娘共が。特にサリシュアン。この俺様が日々暇を持て余している最中にリゾート地で骨休めだと。そんな暴挙、許してたまるものか。
 俺は背のバネを溜め、寝転がった状態から勢いよく立ち上がった。ズボンに付着した落ち葉のかけらを払い、びっくり、といった感じで目を丸くしているアンに声をかける。

「行くぞアン」
「へっ、あ、あの?」
「エドワーズ島だ。あんな小娘共が観光地で休んでいるというのに、俺がこんなわびしい金のかからん場所でぐだっているなど認められん」
「え、今からですかっ?」

 うむその通り。暇つぶしにもなるしな。ここでごろごろしてるよりは建設的だろう。
 それにエドワーズ島なら副長も追いついてこないだろうし。


 港湾事務所で聞いたところ、エドワーズ島への定期船は一日二便。で、今日はもう二便とも出てしまったらしい。
 というわけで、港で暇そうにしていた漁師に頼み、船を借り切って出させた。
 時は貴重だ。特にこの俺様にとっては。

「あの……こんな大きい漁船を借り切られて、お金、大丈夫でしょうか? わたしも少し出しましょうか……」

 甲板で潮風を満喫していたアンが、ふと心配そうに俺を見つめ声を出す。

「たわけ。俺様の財力は無限大だ」

 いまやそんじょそこらの貴族を遥かに越える財力を手に入れてしまった俺様にとって、この程度の船の十隻や二十隻など、借りるどころか買い取ることすら朝飯前である。
 俺の答えを聞くと、アンはそうですか、すいません……と、申し訳なさそうに言った。
 貧乏人の癖に余計な気を使ってどうする。気分を変えるため、アンに質問する。

「ところで、エドワーズ島ってどんなところだ?」
「あ、はい。わたしも行ったことはないんですけど、中央から広がる森にいろんな種類の動物さんが住む、観光名所の島だそうです」

 ふーむ。説明からするとまったく趣味に合わないな。
 まあものは試しだ。


「さーて、着いたぞ」

 桟橋に下り立ち、背筋をぐーっと伸ばす。
 漁師のじいさんに、俺とアンが戻ってくるまで港で船を停泊させておくように言ってから桟橋を出る。
 さて勢い込んで来てみたはいいんだが……アンの言葉通り、本当に自然以外なにもないな。人工物といえば今俺が居る港の桟橋と事務所と、あとは林の合間を縫って立つ石造りのホテルのみ。島の中央から浜辺の直前にまで広がるのは森、林、木、川、そしてまた森。南風に木々が揺さぶられる音と鳥の鳴き声がハーモニーを成している。
 やはり、はっきり言って趣味に合わない。

「本当になにもないな。アン……ん? 何やってんだ?」

 アンは降りた桟橋でじっと海を見つめ、吹く潮風にたゆとうように立ち尽くしていた。

「あ……はい。ここ、潮の香りが強くて……」
 
 俺の方に振り返り、はにかむような笑顔を浮かべて言う。
 そして、再度海の方に体を向け、堪能するように腕を広げた。
 やれやれ。何考えてるんだか知らんが、まあいいだろう。
 手持ち無沙汰になったので、そばに置かれていた木箱の上に腰掛け、黙ってアンの後ろ姿を見つめることにした。

 そのまま数分。ようやく満足したのか、アンが俺のほうに慌てた様子で駆けてくる。

「済んだか?」
「あ、す、すいません、お待たせしちゃったみたいで」
「あーもういい」

 奇行には慣れている。

「はい、ありがとうございます。それで、どうしましょう?」
「とりあえず知り合いを探してみるか。来たからには思い知らせてやらねば」
「え……あ、はい……?」

 アンと共に辺りを見回す。
 港の周辺には学生服の少女達がちらほらと見かけられたが、その中にソフィアとサリシュアンの姿はなかった。学生が単独行動しているということは、今は自由時間であると思うんだが……さて。あの二人が何処にいるのかとなると、皆目検討もつかんな。

「うーむ」
「山の方に行ってるんでしょうか?」
「そういうタイプでも無いと思うが……まあ、行ってみるか」


「つーか、地図も無しだと迷うに決まってる」

 何も考えずに島の中央に向かって歩いてきた俺様一行だったが、うっそうとした林を通り抜ける道に一歩踏み出したところで、ふと気付いた。
 いくら俺様の方向感覚が古今東西あらゆる探検家すら及ばぬほど優れているとはいえ、眼前に広がるのはほとんど密林と言ってもいいほどの林だ。それに結構な広さもある。観光コースから外れているらしく、看板は見当らないし道の舗装も成されていない。

「そうですね……あ、そういえば港の事務所みたいなところで、学生さん達がパンフレットを貰ってるのを見ましたよ。きっとそれに地図も載ってると思います」
「ほう、でかした。出せ」
「……す、すいません、見ただけでなんで持ってきてないです……」
「たわけ」

 前言撤回だ。まぬけめ。

「仕方ない、今すぐ持ってこい。制限時間十五分」
「はいっ」

 来た道を走って戻っていくアンを見送り、脇の切り株に座って待つこと数分。
 落ち葉をざくざくと踏みしめる音が聞こえてきた。だが、港とは逆の方向。アンではないな。
 振り向き足音の正体を確かめる。ドルファン学園の制服に身を包む、見知った顔の少女がそこにいた。木々を観察しているらしく、首を脇の林の方に傾けている。こちらには気付いていないようだ。
 更に数歩近づいてきたところで、少女は観察を終えたのかこちらに振り向いた。と同時にその動きが固まる。
 俺は少女を解凍すべく声をかけた。

「よーサリシュアン」
「……」

 あからさまに面食らったような表情。うむ、作戦成功。第一目標達成。意外と早く会えたものだ。
 サリシュアンがやっとという感じで声をあげる。

「……なぜ」
「ふふん、貴様らごときが俺様を差し置いて旅行で憂さ晴らしなど三十年早いわ」
「……」
「どうした、声も出ないか」
「……ふう」

 サリシュアンは諦めたようなため息をつくと、止まっていた足を再度動かし、俺の目の前を通り過ぎようとした。

「待てい」
「……なに」

 なにと言われても、はっきり言って用はないが。なにしろこの島に来た理由は、サリシュアンとソフィア、特にサリシュアンがこの俺様のことを忘れて旅行に行くという行為それ自体が気に食わなかったから、というのが主なものなのだから。
 だからこうしてサリシュアンを驚かせる、という行為を達成した今、ある意味その目標も達成されたと言えるのかもしれない。
 でもまあ、一応話題を作ってみるか。暇つぶしだ。

「そうだなー。とりあえず来てみたはいいがこの島、何もなくて暇なのだ。何か面白いことはないか」
「……そこの湖でも見てくる?」
「ほう、なんかあるのか?」
「湖面の反射が強いから、面白い顔を覗けるわ」

 ……なかなかいい度胸してやがるなこのアマ。

「月の無い晩は背後に気を――」

 ん?

 反論を言いかけて、止める。耳にかすかな違和感を覚えたからだ。
 鳥の鳴き声や木が風に揺れる音ではなく、明らかに人の発した声。それが鼓膜を揺らした、気がする。
 いや間違いない。あれは確かに悲鳴だった。
 耳をすませ、人類最高レベルを遥かに越えた聴覚と勘を働かせる。方向は――林の中、か。

「……何か聞こえた?」

 耳をそばだてて怪訝そうな表情をするサリシュアン。ふん、常人には聞こえないほどの大きさの悲鳴だったがな。流石に隠密を名乗るだけあって、こいつの聴覚も並ではないようだ。

「らしいな。どうやら女の悲鳴だ」
「そこまでは識別できなかったけれど」
「ちょっと待て」

 視界を全速力で林の奥に向かわせ、音の源を探る。十秒としないうちに源は見つかった。
 細かい解説を抜きにして状況を説明すると、制服の少女が暴漢に襲われていた。

『だ…………たす……!」

 悲鳴がまた上がった。さきほどよりも更にうるさい、助けを求める声。今度はサリシュアンにも女性の声であることがはっきりと認識できたことだろう。

「うむ、わかった。栗色の髪の女――ん、確かソフィアとかいったか――が、暴漢に襲われているようだな」
「……ソフィアが?」

 サリシュアンがソフィアという名前を聞いた瞬間に、表情をこわばらせる。

「本当に?」
「もちろん。俺様の英雄的探索能力は貴様も知っているだろう」
「……」

 ザンッ

 跳躍。サリシュアンは俺の返事を得ると、時間をおかず地を蹴った。チェック柄のスカートをはためかせ、躊躇することなしにうっそうと茂る林の中に飛び込んでいく。数秒と経たぬうちにその姿は立ち並ぶ木々の向こう側に消えていった。

「ふん」

 やれやれ。あの不届き千万なソフィアとかいう女が襲われてどうなろうと知ったこっちゃないが、サリシュアンの行動には興味がある。
 俺はサリシュアンの後を追い、道をずれて林に足を踏み入れた。
 急ぐ必要は無い。アンが帰ってくるにはまだ時間がかかるだろうし、視界は確保してある。


 林の道なき道を歩き続けて約一分。足を止めた。
 やはりこのような足場が悪い場所では体格的に身軽なサリシュアンの方に分があるようで、追いつけそうもない。うむ、決して敏捷性で劣っているわけではないぞ。体格の問題だ。そうに違いない。
 とにかく追跡を諦め、視界を移す。


「まったく、あいつらどこをほっつき歩いてやがる……オレ一人しか来てねえなんてよ」

 巨漢のみるからにチンピラ、といった風な男が、ソフィアの肩を掴んでぼやいていた。掴まれたソフィアは、なんとかその手から逃れようと必死に体を動かしている。だが丸太のような腕の太さを誇る男にとって、その抵抗は余計な嗜虐心を煽るだけの結果になっているようだ。もともと醜い顔つきがいっそう下卑たものに歪んでいる。

「は、離してください!」
「そいつぁ聞けねぇな。あんまり騒ぐなよ、傷つけるわけにはいかねぇんだが、へへ、キーキー鳴かれるとこっちの抑えが効かなくなっちまう」
「うっ……だ、誰か……誰か、いませんか!?」

 三度目の助けを求める声。その時ようやく、サリシュアンが現場に姿を現した。崖を滑り降り、男の背後数メートルの地点に立つ。そして男を呼び止める。抑揚のない、しかし力強い意思の込められた制止の声だ。

「――その手を離しなさい」
「あぁん?」

 背後からの声に、男はソフィアの腕を掴んだまま首を回し振り返った。そして一瞬驚いたような様子を見せる。こんな人気のないところで邪魔が入るとは思っていなかったのだろう。

「なんだ女か」

 声をかけてきた相手が制服の少女だったということに安心したようで、再びにやついた下品な笑いを見せる。

「ライズさん!?」

 ソフィアがサリシュアンを見て驚きの声をあげた。

「へっへっへ、知り合いさんかい? 俺はこの娘にちょっとした用があんだよ。なに、ヘンなことをしようって訳じゃねぇから、見逃してくんないかい?」
「その汚い手をソフィアから離しなさい、と言っているのよ」
「なにぃ?」

 男の醜い顔からへらへらした笑いが消える。不満と驚きが半々、といった表情を見せ、荒々しい口調の言葉を吐く。

「どうやらちょっと痛い目に合ってもらわねぇとわからないようだな、お嬢ちゃんよ!」

 言って男はソフィアを離しサリシュアンの方に体を向けた。腰に巻いたチェーンを外すと、それをぶんぶんと振り回しながらじりじりとサリシュアンに近づいていく。
 暴力的な音を立てながら回転するチェーンだが、サリシュアンはそれを見ても全く動じていないようだ。それが気に食わなかったと見え、男は乱暴な足音を立てて一気にサリシュアンの方に走り寄った。
 ソフィアがほとんど悲鳴に近い呼び声をあげた。

「だめです、ライズさん! 逃げて――」
「そらよ!」

 飢えた獣のように凶暴な声と共に、男のチェーンがサリシュアンに振り下ろされ――


 ドダダダンッ


 ――ない。
 チェーンを振り上げた体勢のまま、男は前のめりに倒れていた。

「くださ――あ、え、あれ?」

 ソフィアが目を白黒させている。何が起こったのか認識できていないようだ。まあ無理もないが。
 チェーンが振り下ろされる寸前に踏み込んでみぞおちに手刀の一撃。更に反転して首筋にも強烈な手刀を叩き込む。それらの動きを、サリシュアンは一瞬のうちに行ったのだ。ただの学生であるソフィアにはその手刀どころか、サリシュアンの体の動きすら目視できなかったことだろう。
 はん。腕は鈍っていないようだな。俺様の弟子なのだからこのぐらいは当然だが。

 サリシュアンは倒れてぴくぴくと痙攣している男に一瞥をくれ、その太い腕の近くに落ちているチェーンを足でたぐりよせた。そして男から十分に離れた所に蹴り飛ばす。うむ、まず凶器を取り上げて相手戦力を弱体化させる。教え通りだ。

「怪我はない?」

 サリシュアンがソフィアに近づきつつ言った。呆然とした表情で横たわる男を見つめていたソフィアの顔が上がる。戸惑った様子を見せつつ、サリシュアンに返答する。

「え、はい……でもライズさん、い、いま……その人……?」
「……。……つまづいた、みたいね」

 落ち葉の山に飛び出している木の根っこを指差しながらサリシュアンが言った。
 なんつー見え透いた嘘を。木の根っこに躓いたぐらいで人間が失神するか。サリシュアン自身、それが苦しい言い訳であるということがわかっているようで、ソフィアと目を合わせようとしない。

「あ、そうですか」

 なるほど、と感心するような声。疑問の含みは感じられない。ソフィアはサリシュアンのとっさの嘘に納得したようだ。おいおい。いくら見えなかったといってもそれはないだろうが。かなり混乱しているな。
 サリシュアンは言い訳が通用したことで安心したのか、ふう、と弛緩しきったようなため息を漏らした。

「それで何故、こんなところに?」
「えと、ここに来てほしい、っていう手紙がホテルの部屋に来たんですけど……」
「差出人は?」
「いえ、それは書いてませんでした」

 それでのこのこ出向いていくか普通。なんつー無用心な。平和ボケ、というより単に根本的な危機感が足りないのか。
 そういや最初に会った時も港の倉庫街なんて危ないところにいたしな。

「……」

 サリシュアンの表情に変化は無いが、その瞳には微妙な呆れの色が混じっている。俺と同じような印象を抱いているようだ。

「……あの、なにか?」
「……いえ、いいわ。もう戻りましょう」
「あ、はい」

 サリシュアンがざくざくと落ち葉を踏みしめていく。

「あ、ライズさん!」

 数歩歩いたところでソフィアが突然大声を出し、先に行くサリシュアンを呼び止めた。
 振り返るサリシュアンに頭を下げる。

「その、助けていただいてありがとうございました。とっても嬉しかったです」

 ソフィアの顔には言葉どおり喜びに満ちている笑みが浮かんでいた。
 サリシュアンはどう反応すればよいものか迷っているようだ。顔には戸惑いの表情が浮かび、手袋に隠された指は意味もなく動き続けている。

「……友達だから」

 数秒の間の後、感傷を無理矢理押さえつけたような声。
 そして、ソフィアから顔を背け、さっきよりも早足で歩き始める。それにソフィアが続いた。


 倒れた男を残し、二人は去っていった。
 ……ふーん。


 やることがなくなった俺が林から道に戻って来るのと、アンがパンフレットを持って戻ってくるのは同時のことだった。

「お待たせしました、これが」
「ああ、もういい」
「はい?」
「目的は済んだ。帰るぞ」
「え……も、もう帰るんですか? ……そ、そうですか……」

 名残惜しそうにパンフレットを見つめるアンを連れ、俺は港への帰路に着いた。
 サリシュアンの奴、相変わらず嘘が下手だなー、なんてどうでもいいことを考えながら。
 
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