登場人物紹介







 重い木箱をずるずると引きずり、テントの中に入る。
 で、足元で丸くなっている毛布の塊に気付いた。
 蹴り飛ばす。

「何を遊んでいる」
「いたっ! ひどいな、ヒマなんですよ。どうせやることもないですし」
「たわけ。やることなら今さっきできた」

 俺はテントの中で毛布に包まっていた副長を蹴り飛ばし、首根っこを掴んで毛布の中から引き上げた。まったく、隊長を働かせて副長は休んでいるなどとんでもないことだ。


 テラ川を挟んでヴァルファの大隊と向き合ってから二日。依然ドルファン、ヴァルファ両軍に動きは無かった。川の増水は渡河可能な水位にまで収まっていたが、ヴァルファが強行進軍してくる気配はないようだ。にらみ合いが続いている。
 持久戦になればどうしたってバックのないヴァルファの方が不利なのだから、こちら側から動く道理は無い。敵の出方を待つしかない訳であるが、それまではとにかく暇なのだ。挑発合戦に参加するのはもう飽きたし。
 で、何か面白いことでもないだろうか、と率いる傭兵中隊の陣を離れて散策していたところ――面白そうなものを抱える部隊を、発見した。


「そういうわけで、補給部隊からこういうものを頂いてきた。戦力増強だ」
「へえ」

 副長は近くに寄ってきて、俺が引っ張ってきた木箱の中身を覗き込んだ。

「外にまだ大量にあるぞ。後で運び込んどけ」
「新式のロングボウですか。よくもまあこんなに大量に配備してもらえましたね。許可は取ったんですか?」
「成功それすなわち許可だ」
「……つまり無許可でかっぱらってきたんですね」

 同じことだ。この俺様率いる部隊に敗北の可能性など一ミリたりとも存在しないからな。
 だいいち傭兵が参謀本部に何かを上申したって、即効で却下されるだけだろう。どんな手段を取るにせよ、俺達の能動的行動は常に独断であり命令無視であり、その時点で既に背水の陣なのだ。上司の信頼なんかカケラも持ち合わせちゃいないので、無理矢理出した結果で許可をもぎ取るしかないのである。
 結果さえ出せば、手柄を自分の物にしたい上層部が、その指示は我々が出したものなのだ、と勝手に吹聴してくれることだろう。まあそれはそれで不愉快だが、少なくとも問題にはならない。
 そのあたりのことは副長もわかっていたようで、反論は来なかった。代わりに耳障りなため息を吐くことだけは忘れなかったようだが。

「で、これをどうするんですか?」
「とりあえず全員に持たせる。弓の訓練は十分だな?」
「そりゃまあ。ていうかそんなことすら知らないんですね隊長……いやわかってましたけど」

 いいだろ。貴様が知ってりゃ十分だ。

「全員てことは隊長も持つんですか?」
「ああ。ちょっと考えがある」

 言って、ベルトにぶら下げた革袋からガラスの瓶を取り出す。使うことになるかどうかはわからないが、どうせ敵に動きがあるまでは暇なんだ。色々と工作しておこう。



 更に十五時間が経過した。時刻は午前四時半。
 なんとなく目が冴えて眠れなかった俺は、テントを出て川の岸まで出向いていた。
 まだらな雲の向こうから差す朝日の明かりを頼りに、対岸に陣取っているはずのヴァルファの様子を伺う――ことは、できなかった。
 霧だ。テラ川をすっぽりと覆うほどの規模を持った、深い霧が発生していた。

「んー」

 渡河には絶好の機会だな。もちろんこちらから渡河するのは下策だが、敵に動きはあるかもしれない。

 そう思い、俺は視点を対岸に飛ばした。
 ……む。これは。


「起きろ」
「ん……ふあぁあ……」

 川岸から数分のところに張ったテントに戻った俺は、気持ち良さそうに眠っていた副長から毛布を剥ぎ取った。そして二、三発バシバシとビンタをかました。起きないのでケリもかました。まだ起きないようなので、全力でカカト落としを――しようとしたところで、ようやく起きた。命拾いしやがったな。
 副長がむっくりと上体を起こし、眠気が残った口調で問いかけてくる。

「なんですかあ、隊長」
「目を覚ませこの永年中間管理職が。部隊を移動させるぞ」
「……へ」

 副長は毛布から飛び起き、目をごしごしと指で擦った。

「上からの指示ですか?」
「まさか」

 そんなものを待っていたら機を逸してしまう。

「また独断ですか……。命令なら従いますが、よろしいのですか?」
「構わん。責任は誰かが取るだろうさ」
「隊長は取らないんですか?」
「責任とは押し付けるためにあるものだ。背負うのは一瞬だけだな。とにかく、全員を叩き起こせ」
「……できれば俺には転嫁しないでくださいね。それじゃ、わかりました」


 あちこちから聞こえるふああ、という欠伸の声。眠そうな顔の傭兵達、その数およそ二百。それらは俺の命令によって、弓を背に繋ぎ、三列に整列していた。
 背後にはさっきまで寝泊りしていた数十のテント。丁寧に畳むような時間はないので、放っておくことにしよう。

「全員揃いました」
「うむ。
 聞けい馬鹿共! これより部隊配置を変更する。意見は許さん。総員、俺様に続けい」


 敵に動きがあった。数百の騎馬部隊が、本体を離れ、南へと移動している。霧に乗じて部隊配置を変更し、そのまま渡河を敢行するつもりだろう。

「ここだ」
「はあ」

 そういうわけで、参謀本部に申し付けられた持ち場を放棄し、敵を迎え撃つためにテラ河の流れに沿って南へと進軍すること数十分。川幅の最も大きい地点で進軍を止める。川幅が最大である、ということは、最も渡河の可能性が薄い地点である、ということだ。
 そこには僅か一小隊が駐屯するだけであった。彼らは霧の中突然現れた、総勢二百人の俺の中隊の姿を見て仰天したようだ。
 俺は目を剥いているそいつらを無視し、敵部隊に目を凝らした。
 もうヴァルファの渡河は始まっていた。予想より遥かに速いな。

「布陣させろ。もう時間が無い。すぐに来るぞ」
「……何も観えませんし、聞こえませんが」
「俺には見える。距離百五十」
「わかりました。とにかく、やってみます」

 副長は文句を言いながらも、部下に向かって距離百五十、と叫んだ。
 雑然と並んだ総勢二百の急造弓兵隊の背中から、規格だけは揃っている弓が引き抜かれてゆく。

「弓を引け」
「つがえ! ……ホントに、いいんですか?」

 副長の令に従い、全ての弦に矢が添えられた。
 傭兵達の視線が肌に感じられる。ちらちらと俺の方に疑いの目を向けてきている傭兵達の視線だろう。まあ奴らの認識能力では無理のないことだ。不愉快なのに変わりはないが。

 俺は川に振り向き、確認するべく霧の向こうに目を凝らした。
 ――見ろ。

 緩やかに流れるテラ川を横切る、一塊の紅い集団。いずれもたくましい軍馬に跨るその集団が、四列に隊列を組み、馬の腹まで届く水をばしゃばしゃとかき分けながら、霧の中脱落者を出すこともなく、ドルファン側の岸へと突き進んできている。
 その先頭から後続に絶え間なく指示を送っている人物がいることに気付いた。ヴァルファの猛者共の中にあって、小柄ながら最も覇気を放っている少年。
 かつてその顔を遠目で見かけたことがあるおかげで、その少年の正体を俺は知っていた。全欧にその名を轟かせるヴァルファバラハリアン八騎将の地位に、若干十五歳にして上り詰めた天才戦士、迅雷のコーキルネイファ。風貌からして、あのガキがそのコーキルネイファであることに間違いはないだろう。


 ヴァルファ部隊の先頭に立つコーキルネイファが霧を抜けた。姿が肉眼で確認できるようになる。それは同時に、ロングボウの射程距離に入った、ということでもある。
 次々と霧を抜け出てくるヴァルファ共を指差し、俺は命令を下した。

「撃てい!」
「発射!」

 副長の号令と共に放たれる数百の矢。霧中から突撃を敢行せんとするヴァルファ騎馬隊を、矢の雨が襲った。
 敵の大半が霧中にいるため、その矢の雨は精度を欠いてはいたが、ヴァルファ騎馬隊が密集体系を取っていたことで精度の悪さは相殺されていた。
 矢が次々と紅い鎧を、馬の腹を、頭を貫いてゆく。いななきの声と悲鳴が流水の音を呑み込んで辺りに轟いた。

 ヒュンヒュンと音を立てて矢が射られる中、俺も弓を構える。矢筒に収めてあるただ一本の矢を取り出し、つがえる。目標は先頭に立つ将軍、迅雷のコーキルネイファ。コーキルネイファは馬から既に降り立っているが、依然として先頭に立ち、最も多くの矢をその身に集めている。にも関わらず、それらを片っ端から叩き落し、しかも同時に部下の混乱を収めようと声を張り上げている。

 奴を戦闘から除外するため、この矢を放つ。
 もちろんまともに戦っても俺様の勝利に疑いなどないが、保険をかけておくにこしたことはない。ボランキオやライナノールにはずいぶんと手こずらせられたからな。念には念を入れて、だ。
 弦を引き絞り、狙いをつけて――放て!

 ヒュゥン!

 風切り音。放った矢は放物線を描きながら跳んでいく。

「ッ!」

 一秒に満たぬ滞空時間でコーキルネイファに飛来した矢は、しかし舌打ちと共に払われた短剣に叩き落とされた。矢が真っ二つに裂かれ、がちゃん、とガラスの割れる音がした。
 ふーむ。



「来るぞ。抜刀せよ」

 細かく指示を出している副長に令を下す。
 敵部隊が上陸を終えた。ただし、その数は激減していたが。ヒザ元から水を滴らせながら必死の形相で突撃してくるヴァルファ部隊。当初は五百を越える大部隊だったのが、今では百を数えるかどうかというところだ。おまけにそのすべてが跨っていた軍馬を失っていた。
 次々と馬が、また仲間が射殺されていく中、残った傭兵達はパニックに陥ることなく渡河を完遂させるのに成功した敵の将軍の手腕はそれだけで大したものだ。――意味の無いことだが。
 例え奇跡を起こして俺達の部隊を全滅させたとしても、渡河の情報は北に位置する本体へと既に伝わってしまっている。一時間としないうちに援軍が来るだろう。
 おまけに機動力の源たる馬まで失ってしまっているのでは、ヴァルファに残された道は――玉砕以外にはない。あの突撃は、最後の足掻きだ。

「迎え撃てい」
「はい。弓を捨てろ! 敵はもう壊滅状態だ! 一気に殲滅するぞ!」

 副長の威勢の良い声が部下へと伝わる。次々と弓を捨て剣を鞘から引き抜く傭兵達。
 うむ。楽で良いぞ。



「終わりだな」

 川岸で終焉を迎えようとしている戦いを見ながら呟く。
 敵の渡河部隊と俺の中隊が剣を打ち合わせ始めてからほんの数分。それでほぼ終わった。かたや三百の万全な状態の俺様部隊と、かたや馬を失った百に満たぬ満身創痍のヴァルファ部隊とでは、最初からこうなることはわかりきっていたのだ。


 あとは――


 がしゃん、と鎧が地面に叩きつけられる音が、俺の耳に届いた。
 目線を川岸から音の発生源、眼前十数メートルのところへと移す。
 そこには一人の少年が立っていた。瞳に強烈な殺意をたぎらせ、親の仇でも相手にしているかのように俺を睨み付けている。少年の後ろには、俺様の部下の骸が転がっていた。


 ――親玉を倒すだけだ。


「……残ったのは、オレ一人かよ」

 川岸に沿って展開させた防衛線。何人かはその線を食い破ってくるかと思い、十数人の精鋭と共にその少し後ろで待機していたのだが、結局抜け出てきたのはこいつ一人だったようだ。賞金首の大将格ということで最も狙われる立場にあっただろうに、矢傷も刀傷も負っておらず呼吸も乱れていないあたり、流石に八騎将といったところだが――俺様に出会ってしまった以上、その運命は決定された。
 少年、迅雷のコーキルネイファは吐き捨てるように呟いた。左右をざっと見渡したあと、兜ごとくるりとこちらに振り向いて、その視界に俺を捉えた。問いを投げかけてくる。

「テメエが親玉か。どんな魔法を使って、奇襲を見破りやがった?」
「はん、貴様には関係ないことだ。それより既に勝敗は決したぞ、降伏しても命は助けんから、さっさと死ねや」

 言い終わって剣を抜き放ち、コーキルネイファの方に向ける。
 コーキルネイファは自分に向けられた鋼の切っ先を目にすると、新しい玩具でも見つけたかのような年齢相応の笑みを浮かべた。自身の置かれた状況がわかっていないのか?

「へっ、確かに隊はボロボロだがな――このまま終わるわけには、いかねえんだよ」

 コーキルネイファが二振りの短剣をしゅらりと抜き放った。

「オレはヴァルファバラハリアン八騎将の一人、迅雷のコーキルネイファだ! テメエら全員――地獄への道連れにしてやるぜ!」

 言い切り、コーキルネイファは腰を沈めた。
 飛び込んでくる気か。


 ――戦慄。

 その瞬間。悪寒が背筋を駆け巡った。
 それは警告だった。
 幾度も戦場を駆け抜け、死線を乗り越えてきた者だけが認識できる、経験ともいうべき警告。

 俺はとっさに剣を上げ、喉をガードした。
 ただの直感だ。ただ、そうしなければ――

 ガギィン!

 ――間違いなく死ぬ、という直感。


「ちっ! 外したかよ!」

 今の今まで俺と対峙していたコーキルネイファが、目の前にいて、そして、突き出された短剣が俺の剣に弾かれていた。
 過程は省略したわけではない。見えなかった。
 正真正銘、コーキルネイファの一撃を認識できなかったのだ。

「くっ!」

 それでもとにかく反撃をしなければ。剣を横に薙ぐ。

 ビュウッ

「へっ、遅いぜ!」

 剣はむなしく空を裂いた。
 その軌跡にいたはずのコーキルネイファは、既に間合いの外へと跳んでいた。
 目障りにニヤつきながら、無駄口を叩いている。

「勘はいいみてぇだな。だがその程度じゃ、オレにかすり傷一つ負わせられねぇぜ」
「この……野郎!」

 いちいち癇に障る言動を吐く奴だ。だがそれより――少しばかり、まずい。
 ガキとはいえ仮にも八騎将の称号を得ている以上、ある程度の強さは予想していた。だが、正直ここまでとは思わなかった。ライナノールの華麗な技やボランキオの馬鹿力は、確かに脅威ではあったがまだ対処のしようがあった。しかし、見えない攻撃を繰り出してくるこいつ、コーキルネイファにははっきり言ってお手上げだ。さっきは防げたが、あれは経験と勘と偶然の合わせ技だ。要するに八割方がまぐれだ。何度も続けられる芸当ではない。
 コーキルネイファが高らかに声をあげた。

「次はねえぞ。覚悟はいいな!」
「待て待て、十秒ほど待てい。今対策を考えている」
「待つかよっ! いく……ぜ…………っ?」

 コーキルネイファが気合の声を発し、こちらに飛び込まんと再び身を沈めた瞬間、その膝ががくんと落ちた。
 ふう、間に合ったか。

「な……んだ、腕が…………あがらねぇ……」

 ――機を逃すな。
 俺は砂利を蹴り一足でコーキルネイファとの距離を詰め剣の間合いに捉えた。そしてコーキルネイファを兜ごと真っ二つにするべく、剣を上段から振り下ろす。

「つっ!」

 コーキルネイファはとっさに横っ飛びし、俺の斬撃を避けた。
 まだ余力は残っているか。だが動作は明らかに鈍っている。コーキルネイファの小柄な体がごろごろと雑草を押し潰し砂利を蹴散らしながら転がってゆく。受身すらまともに取れていないようだ。
 砂利の上を二、三回転した後ようやく起き上がったコーキルネイファは、身体の震えを懸命に押さえ込みながら、俺に鋭い視線をたたき付けてきた。
 憎しみの色が混じったうめき声を漏らす。

「テメェ……なにを、仕掛けやがった」
「まあ、単純に言えば毒だ」

 透明無臭の液状の麻痺毒を詰めたガラス瓶にヒモを括り付け、矢に縛り付けた。先ほど射た矢の正体だ。毒を使う場合、矢じりに毒を塗ったところで、実際に体に刺さらなければ無意味だ。だがこの方法なら鎧にはじかれるか、或いは打ち落とされるかしても、完全にかわされない限り効能は発揮される。
 毒を浴びた直後に足下の水で洗い流せば効果は発揮されなかったかもしれないが、渡河の最中に無色透明の液体を気にする奴なんていやしない。
 肌から肉へと吸収されるまでの時間がかかるせいで、中途半端に即効性なのがアレの唯一の欠点だったのだが、ようやく毒が回り始めたようだ。今の攻撃のせいで皮膚呼吸が活発になったせいだろう。筋肉が収縮し始めている。

「さあ、わかったらさっさと死ね!」

 次は無い。奴の言葉通りだ。
 コーキルネイファに休む暇を与えてはならない。俺は大股に踏み込み斬りかかった。
 動きが鈍っているうちに決着をつける!

「負けるかよ!」
 キィィン!

 コーキルネイファはしゃがみこんだ体勢のまま、なんとか、といった感じで俺の袈裟斬りを受け流した。
 しぶといな。だが、今ので限界だろう。コーキルネイファが受け流しに使った左手の短剣がぽとりと落ちた。左腕そのものも肩口からだらんと垂れている。表情にはあせりの色が伺えた。

「うらっ!」

 右の短剣も弾き飛ばして、勝負を完全に決めてやる!
 俺は右手を狙い、剣を振り上げた。
 その瞬間。

「があっ!?」

 コーキルネイファの短剣と俺の剣が触れ合った瞬間、バチバチッという聞きなれない音とともに、無数の鉄球を叩き付けられるような衝撃が俺を襲った。衝撃は右手から全身へと伝わり、神経を駆け巡った。血管と言う血管がブチ切れてしまいそうだ。

 がらんがらん

 俺はたまらず剣を落とし、前のめりに倒れこんでしまった。
 腕が、全身が痺れて言うことを聞いてくれない。息が苦しい。動悸が止まらない。
 なんだ今のは!? 短剣が一瞬、強烈な光を発して、それと共に俺の腕までもが発光したように見えたが――

「へ……へ……まさかコイツを使うことに、なるとはな……」

 コーキルネイファの声が頭上から響く。俺は痛む首をぎりぎりと動かし、視線を上げた。
 いつの間にか中腰に立ち上がっていたコーキルネイファが、右手の短剣を振り上げていた。

「今度こそ終わりだぜ……あばよ」

 コーキルネイファは手中でくるりと短剣を回し、逆手に持ち替えた。
 切っ先で頭を刺すつもりか!
 く……そ…………なにがなんだかわからんが、とにかく……死んで、たまるか……!
 全身の力を絞りつくし、左腕一本に全ての意識を集中させる。麻痺した筋肉を無理矢理再稼動させ、頭をガードするべく腕を上げる――間に合うか!?

 コーキルネイファの短剣が――

 ビュゥン!

 ――風切り音と共に――




「…………?」

 ――落ちて、こない。
 そのことに違和感を覚えた俺は、上げた腕を下ろし、コーキルネイファの様子を観察した。

 その右肩から、巨大な矢が突き出ていた。

 コーキルネイファは動きを止め、突如として自分の肩を貫いたそれを呆然と見つめている。
 と、逆手に持っていた短剣が、ぽろりと手の平から落下した。
 肩を刺し貫かれ、右手に力が入らなくなったためだろう。短剣は俺の頬をかすめて砂利道に突き刺さった。


「無事ですか、隊長!?」


 聞き覚えのある声。コーキルネイファの背後から、銀髪の青年が弓を片手にこちらに向かい駆けて来ている。
 こいつの仕業か。余計な真似をしやがって。

「……」

 だが副長に文句を言うのは後だ。まだすべきことが残っている。
 武器と両腕を失い硬直しているコーキルネイファから逃れるようにして横に転がり、砂利に手を突いて上体を上げ、ヒザを曲げて地面に突く。そして痺れの残る腕を酷使しながら落ちた剣を拾い上げ、振り向き、いまだ動かぬコーキルネイファの――心臓を刺す。

 とすん

 それはあっけないほど簡単に終わった。

「――」

 声はなかった。コーキルネイファは信じられない、とでも言いたげな表情を浮かべたまま、ゆっくりと倒れていった。



 俺は迅雷のコーキルネイファを討ち取った。



「大丈夫ですか?」
「うるさい」

 肩を貸そうとする副長を振り払い、ヒザを真っ直ぐにして立ち上がる。痺れはまだ少し残っているが、歩ける程度には回復している。部下ごときの助けを借りることもない。
 と、その途中、足元に二振りの短剣が転がっているのに気が付いた。

「ふむ」

 コーキルネイファの使っていたあの武器か。
 俺はかがみこんで短剣を拾い上げ、その黒色の柄を握ってみた。経験したことの無い妙な感触だ。弾力性に富んでおり、摩擦が非常に強い。材質からして変だな。
 更にもう一つ、妙なところを発見した。柄の上部、ちょうど人差し指の当たる部分に押すと引っ込みそうな出っ張りがある。
 あのショックの源はこれか? 試しに押してみる。

 しーん

 稲光のような輝きは、発せられなかった。反応がない。一発で弾切れしたのか、或いは何か特別な使用法があるのか。分解して解析すれば何かの役には立つかもしれんな。
 俺は二振りの短剣を懐にしまい込み、どかりと砂利に尻を付けた。

「ふう――つか――れ―」

 と同時に、疲れと痺れが眠気へと転化し膨れ上がって襲いかかってくる。
 流石に疲れた。まったく、どいつもこいつも手こずらせやがる。
 しかしそれにしたって、何か、おかしい……。
 いくら八騎将が相手だったからといっても、そもそも俺様が――

「隊長?」

 ――うるさい。眠らせろ。
 俺は思考を放棄し、まぶたを睡眠の欲求に任せた。
 とりあえず……一眠り、しよう。
 ややこしい問題はその……後…………だ。
 
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