登場人物紹介
細工屋で用事を済ませた俺は、あてもなく人影まばらなキャラウェイ通りをぶらぶらしていた。
季節は冬。完全に葉の落ちた街路樹を横目に、綺麗に舗装された石造りの道を歩いていく。
ドルファンに入国してもう二年近くにもなる。この道も何度通ったことか。キャラウェイ通りはドルファン国で三指に入るほどの商店街なのだが、ほとんどの店は調査し尽くしてしまった。
視線を左に向けると、そこにはレンガ造りの古めかしい見慣れたレストラン。キャラウェイ通りに出店する飲食店の中でも一番とされる高級レストランなのだが、もはや入る気はしなかった。代わり映えしないメニューの殆どを制覇してしまったからだ。
視線を正面に返す。
そして、目が合った。
通りの中央、真っ直ぐな眼でこちらを見つめている少女。背は俺より頭一つほど低く、薄茶色のカーディガンを羽織り、美しく長い髪を冬風にたなびかせている。どこか懐かしさを感じる服装のせいか、彼女は大通りを行き交う他の人々から浮いているような印象を受ける。
少女が駆け寄ってくる。
「こんにちはっ」
「おう」
少女の名はアンだった。アンは傍までととっと近寄ると、斜め後ろの位置につけてきた。足を止めず歩き続ける俺に、アンが寄り添うような格好になる。
そういえば、ドルファンに来て一番見慣れてしまったのがこいつだな。
「何をなさってたんですか?」
「暇つぶし」
「そうですかっ。……あの、ご一緒させていただいてもよろしいですか?」
「いちいち問うな」
「は、はいっ!」
というわけで、アンを連れてキャラウェイ通りを歩くことになった。
連れは増えたが、何が変わるわけでもない。せいぜい相談相手が増えた、ぐらいにしかならない。
「そういうわけで、暇なんだ。なにか面白いことはないか」
「そうですね……あの……海を観に行くというのはどうでしょう?」
「却下」
何度聞いたかわからん誘いを一秒で却下し散歩を継続。最早パターン化してる気がする。
仕方がないのでプリシラの部屋で高級紅茶でもかっさらって部屋で飲むか、と考え俺は城塞北部へと足を向けた。
「……ん?」
数歩進んだところで、アンがついてきていないことに気が付いた。
誘いを却下されてがらにもなく落ち込んでいるのかと思い振り返ると、そういうわけではなかったようで――
アンは俺と逆の方角を向き、手を振っていた。
「ソフィアさーん」
アンが聞き覚えのある名を呼ぶ。その視線の先では冬服姿のソフィア・ロベリンゲが、早足で大通りを横切っていた。腕にぶらさげた紫色の包みがせわしなく前後に揺れていた。
アンの呼びかけにソフィアの足が止まる。振り向いてアンを見止めると、嬉しそうにたたっとアンの方へと駆けてきた。
十分に近寄ると、ソフィアはアンと向かい合い、丁寧にお辞儀をした。
「こんにちはっ、アンさん」
「はい、こんにちは。今日も劇団の練習ですか?」
「ええ、これからなんです」
「まだ続けてたのか。無駄な努力もそこまで行くとある種才能だな」
「……あなたもいたんですね」
近づいた俺をちらと横目で見て、低い声で呟くソフィア。アンへの挨拶とオクターブが違うぞこの小娘が、なんてあからさまな奴だ。それでも役者志望か。
「ところで、練習だと」
「……それがなにか?」
「面白そうだな。暇なんだ、ついていって見学してやろう」
「……」
俺様の超級にありがたい言葉にも関わらず、ソフィアは嫌そうに顔を歪めた。嫌悪感を表現するかのように、刺々しい視線をぶつけてくる。
ソフィアの腕が上がる。ぶら下げていた包みを胸のあたりに添え、両手で抱きかかえるようにする。その仕草はまるで俺との間に障壁を作りたがっているように見えた。
まったく。ついてこないでください、とか言い出すんじゃあるまいな。
「ついてこないでください」
って本当に口に出しやがった!
「まさか嫌だとでも」
「嫌です」
言葉を遮り即座に答えるソフィア。
「下手糞のくせに観客を選ぶつもりか」
「……それは、今は下手かもしれませんけれど、あなたにそんなことを言われる筋合いはないですっ」
「この史上最強の俺様が、貴様の練習を見てやろうと言っているのだぞ。光栄に思うのが」
「強さは全然関係ありません。光栄になんか思いません。だいいち練習場は部外者立ち入り禁止です」
言葉尻をいちいち捉え、その全てを不遜な言葉で否定してくる。ちっ。
ぎろり、とソフィアを睨み付ける。背の高さの違いから、見下ろすような格好になる。威圧感満点な俺様の凝視に屈さぬものはいないはずだ(多分)。
だがソフィアは屈しなかった。年のわりに鋭い目つきできっと睨み返してくる。むう、なんて生意気な目だ。どうもこいつとは根っこのところで合わないようだな。
「……あの」
とその時、俺たちの様子をおろおろしながら見ていたアンが、なにかを思い出したように声をあげた。
「……あ、はい?」
俺とにらみ合いを続けていたソフィアだったが、自分への呼びかけだということに気付くとすぐにアンの方に振り向く。俺もつられて振り向いた。
「急いでたようなんですけど、時間は大丈夫ですか、ソフィアさん?」
あっ、と大きく口を開け驚いた様子のソフィア。
「そうでしたっ! すいませんアンさん、また後で!」
「はい、頑張ってくださいね」
ソフィアは一礼をすると身を返し、振り返りもせず早足で去っていった。たったっと赤い靴で舗装された道を跳ねる様を、黙って見送る。
ソフィアの姿が完全に見えなくなって、ようやくアンは手を振るのをやめた。
その肩をぽんと叩く。
「さて、追うぞ」
「え……あの、部外者は立ち入り禁止だそうで……きゃっ!」
「たわけ。俺様は部外者ではない、と何度言ったらわかる」
肩に置いた手をそのままずらして、こめかみを軽く指で打った。
「俺様はすべての関係者だ」
「……そ、そういうものですか……」
それに灯台の時もそうだったが、部外者立ち入り禁止と言われれば、ますます入りたくなるものだ。
なんだそこの虫。何か言いたいか。いいだろ別に。
ソフィアの後を追っていくと、劇場の裏にある三階建ての建物に辿り着いた。
その玄関を開け、呼び止めてきた小男に通行パスを見せる。すると小男は慌てたような感じで俺とアンをある部屋に通してくれた。
金の力は偉大だ。
「あ、やってますね」
「うむ」
通されたのはガラス窓で隣の部屋と仕切られている、小さめな応接室風の部屋だった。ガラス窓の向こう側に、十人足らずの若者達が練習しているのがわかる。隣が練習場のようだ。
おそらくこの部屋は見学者用、あるいは指導者用の控え室として造られたものだろう。
俺は絨毯の敷かれた部屋に上がりこみ、ガラス窓のそばへと寄って、その向こう側に目を凝らした。ホールから何対か好奇の視線を感じるが、それは無視だ。凡夫をいちいち相手にしていては時間がもったいない。
大部屋の半分ほどに木製の舞台、おそらく劇場のそれを模したものが設置され、その上で五、六人の男女が芝居らしきもののリハーサルをしている。年のいった役者は見当らないので、おそらくここは練習生専用の練習場なのだろう。動作もどことなくぎこちない。
しかし……舞台の上にソフィアの姿は見当らなかった。
「んー、どこだソフィアは」
「あちらですよ」
アンが指した方を見る。
「違いますわ、ソフィアさん。その動作はもっと情熱的に!」
「はいっ!」
大部屋の片隅に、ソフィアはいた。先ほど会った時とは違い、ごてごてした冬服から飾り気のない動きやすそうな服装に着替えている。
ソフィアは大仰な身振りの演技をしている。その動きには見覚えがあった。定番のラブロマンスのクライマックスに至るシーン。グラスを呷る仕草と聞き飽きた台詞から、それだとすぐにわかった。
入団一年足らずの小娘がそんな大役を張れる、いや舞台にすら上がれるわけがないので、単に練習素材の寸劇として一部を取り入れただけなんだろうが、それでもそんなことを許されているのには驚いた。少しは上達したようだな――もちろん合格点には程遠いが。
ソフィアが動きを止めた。と同時に、そばにいた中年の女が、大仰なジェスチャーを交えつつ、ソフィアに厳しい言葉を浴びせはじめた。改善すべき点を指摘しているようだ。ソフィアはそれに熱心に聞き入れ、時折漏れるなじりに近い指導にすらいちいち頷いていた。
一対一で指導されているのか。ますます驚いた。
だんっ!
中年の女は最後にシューズで強く床を蹴り、演技指導を終えた。
「さあもう一度です」
「はい!」
促されソフィアがさっきの部分を繰り返す。
ソフィアの演技は、台詞を途中でとちったりしていて、はっきり言っていまだ素人芸だったが、それでもさっきよりは確実に良くなっているようだ。
「違いますよ! そこはもっと丁寧に!」
「はい!」
叱咤の声に元気よく答え、即座に指摘された部分をやり直すソフィア。二月だというのに、その額には汗が伝っている。窓越しでも熱気が伝わってきそうなほど、彼女らの練習風景は真剣そのものだった。
「ソフィアさん、凄く上達してますねっ」
「百万里の道を一寸進んだぐらいには」
いちおう前進してはいる。そのうち何歩か戻って差し引きゼロどころかマイナスになったりするかもしれないが。
「……」
苦笑いを浮かべるアンを置いて、俺は近い椅子に座り込んだ。右腕の方から心地よい熱気を感じる。そばでパチパチと音を立てている火の入った暖炉からくるものだろう。
アンを見ると、まだガラス窓に手を添え、ソフィアの練習を見続けていた。
「しかしよくまあ続けられるものだな、学生の分際で」
「……理由が、ありますから」
「理由?」
「はい」
うなずくとアンはこちらに振り向き、(こいつにしては)饒舌な口調で理由とやらを話し出した。
ソフィアが貴族の三男と婚約しているとか、家が貧乏で家族が大変らしいだとか、バイトを二つ掛け持ちしてるらしいだとか、聞いてもいないどうでもいいことまでつらつらと語っていく。
話を遮り、なんでそんなことまで知っているのかと聞くと、選考会のころからソフィアとはいろいろと交流しているから、とアンは答えた。そんな立ち入ったことの相談相手にもなるような間柄らしい。
「舞台の上でだけは、自分を殺さないで済む……そう言っていました」
アンは最後にそう言い、つまらない話を締め括った。
「いまいちわからん。俺の前では好き勝手言いまくりだぞ」
「……えと……飾ってもしょうがな……で、ではなくってですね……きっと意地を張っているだけなんです……たぶん」
なるほど俺様の偉大な才能と発する偉大オーラを目の当たりにすれば、どうしても反感を覚えざるを得ないというわけだな。
何処の国でも有り余りすぎる才能とは罪なものだ。
「……」
アンは一度言葉を切ると、俺の座る椅子に近寄ってきて、その正面に立った。
「あの……ソフィアさんのこと、お嫌いですか……?」
「ん? 絶望的に合わないのは確かだが、別に嫌っている訳ではないぞ」
あっちは俺を嫌っているようで出会った時から無礼行為連発だが、俺様は海よりも太陽よりもおおらかな心を持っているので許してやっている。というか許してなかったらとっくに視界から抹消している。
「え……」
一瞬アンが不安そうに眉をよせた。想定していたのと逆の反応だ。なんだ?
「ん、どうした」
「あ……い、いえ、なんでもないです」
また表情を真剣なものに戻し、アンは話を続けた。
「でも……いえ、でしたら……あの……」
ぐっとこぶしを握り、次の句を切り出す。
「……あまり、いじめないであげてくださいね」
かくんとアゴが落ちた。口が開く。
誰のがって俺の端麗な口がだ。なに言ってんだこいつは。
俺はアンをじっと見据える。うつむいてぼそぼそと言葉を続けていて、表情は伺えないが、俺が呆然としていることには気付いてないようだ。
「……その……わたしなら……あの……か、かまわなんですけ……いたっ!」
その頭をぐーで叩いた。ぽかっ、と小気味良い音がした。
普段より少し強めに叩いたせいか、アンが涙目になっている。
言いたいことは山ほどあったが……とりあえず一つだけ。
「たわけ」
「ごっ、ごめんなさい! 変なこと言っちゃって……」
「ふん……」
別にそういう意味ではないが――。
「まあいい。機会と気が向けば適当に善処してやる」
「…………え……?」
「なんだ、不満か」
「い、いえ! ありがとうございますっ!」
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