登場人物紹介
カミツレ地区の郊外は、思索に耽るに最適の場所である。人通りが少なく、山より打ち下ろすような風が春の陽気を運んできてくれるから……と、ここまではあのバカ王女の言葉だ。そして恐らくは観光ガイドの受け売りであろう。
まああの女の見事な知ったかぶりっぷりはともかくとして、今日俺はそのカミツレ地区郊外に来ていた。といっても何か目的があるわけではなく、森林区で物資を補充した後にぶらぶらと散歩していたら、ここに流れ着いてしまったというだけだが。
「本当に何もない所だな……」
これ以上ここにいてもしょうがない。そろそろ日も沈んでくる頃だ、帰るとするか……とベンチから腰を上げた時、視界の隅に一人の女が入ってきた。気の強さを連想させる吊り目、健康的な肌色の肌に濁った赤色の上着を羽織っており、風になびくほど長い金色の髪を無造作に流している。……珍しいな。さっきも一人、ここを通っていったが。こんな人気の無い場所を訪れる者が、僅かな時間の間に二人もいるとは。
その女は探し物でもしているのか、きょろきょろと視線をあちこちにせわしなく移しており、落ちつかなげな様子だった。と、その視線が俺を捉えたところで何を考えたのか、こちらにいそいそと近づいてくる。
「ちょっとそこの人、いいかい?」
なんだか誰かを連想させる呼びかけだった。もっとも、呼びかけ以外の共通項は髪の色ぐらいだったが。
「見知らぬ小娘にそこの人呼ばわりされる覚えはないぞ。失礼な」
「……見知った奴をそこの人呼ばわりする方が失礼だと思うよ」
「それもそうだな」
何故か納得。
話が終わったので、さっさと帰るとするか。
「ちょ、待った。そんなことはどうだっていいんだ」
「……む。なんだ、まだ何かあるのか」
「ああ。この辺りで、このぐらいの――」
女はそこで言葉を切り、ジェスチャーで自分の首のあたりを示した。
「――背丈をした中等部の女の子を見なかったかい?」
「見てない」
「そうかい……。邪魔したな」
「邪魔された。待てい」
背を向けて立ち去ろうとした無礼な女の襟首をぐい、とつかむ。
ぐえっと情けない声が聞こえた。そして苦しそうな咳き込みの音が続く。
「ごほっ、げほっ……何するんだよ!」
「事情ぐらい聞かせろ。俺の思考を二度も邪魔した貴様には、その義務がある」
「なんなんだ、あんたは……。悪いがこっちは急いでるんだ」
「さっきの様子だと別に一刻を争うって訳でもないだろう。千里の道も一歩からだ。つべこべ言わずにさっさと話しやがれ」
「……変なのに絡まれちまったな……」
ぶつくさ文句を言いながらも、女は事情を話し始めた。
なんでもカミツレ駅で後輩と待ち合わせしていたらしいが、いつまで経っても来ないのだそうだ。それで、心配になって周辺を探している、とのこと。
「ってそれだけか。単に忘れて家に帰っただけじゃないのか」
「いや……ピクニックに行く予定だった。ずっと楽しみにしてた筈なんだ、忘れるわけがない。それに」
「それに?」
「……最近アイツ、変な奴に付きまとわれて……」
そこで女は会話を切り上げ、首を振った。
「見ず知らずのあんたにこんなこと話したってな……。もういいだろ、じゃあな」
「そうでもないぞ。急がば回れとはよく言ったものだ」
さすが俺様。からかって遊ぶつもりだけの行動だったが、どうやら人助けになってしまうようだ。日ごろの行いと生まれ持った人徳の賜物だな。
「……? 何か心当たりがあるのか?」
「さっきも言ったが、そんなガキは見かけなかったな。ただ」
「ただ?」
「人間一人がギリギリで入りそうな大きさの重そうな麻袋を、馬に乗せた挙動不審な男なら、ちょっと前にそこを通っていったが」
その時は別に気にしなかったが、今思えばあからさまに怪しい奴だったような気もする。というかあからさまに犯罪者っぽかったような気がする。
俺の情報を聞くと女はその重大性を理解したらしく、驚きと焦りの感情をあらわにした。
「……なんだって!? 詳しく!」
「詳しくもなにも、そのままだ」
「どっちに行った!?」
「遺跡区の方」
「くそっ!」
一言そう吐き捨てて、女は素早くその足で地面を蹴り、遺跡区の方へと全力疾走していった。
せわしない上に下品な奴だ。それに考えも足りない。遺跡区と一口に言ってもその範囲は一人で捜索するには余りにも広すぎるし、怪しい奴が通ったのは一時間以上も前のことだ。目的地を知らない限り、発見できる見込みは薄いだろう。
でもまー誘拐事件か。面白そうだな。
「俺も行ってみるかな」
既に小さくなって見える女の背中を、ゆっくりと追っていく。
幸運な女だ。無敵の傭兵であると同時に世界一卓越した探偵でもあるこの俺様に、結果的にではあるが、捜索の助けを借りることができるんだからな、はっはっは。
レリックス地区に点在する遺跡群に訪れる人の数は、ただでさえ少ないものなのだが、最大の遺跡であった大神殿が(ある英雄の英雄的判断によって)倒壊してしまった今では、殆ど皆無となってしまっているようだ。学術団も危険性を考慮してか、あまりこの地区を調査しには来ないらしい。
そのレリックス地区の南端、小さな建造物が散在する地点に、一人の女を見かけることができた。もちろんさっきの失礼な女だ。必死の形相で息を切らせているが、走り回って体力が底を尽いたのか、動かずヒザに手を突いて休んでいる。
……放っといてもいいが、別に連れていっても支障は無いか。俺は後ろから近づき、そいつに救いの声をかけてやった。
「よお」
「はあ、はあ、はあ……あれ。あんたは、さっきの……」
「暇そうだな」
「どこがだよ!」
「誘拐犯の居場所と見当違いのところを探しているあたりが」
「なんだと?」
しばらくしてからようやく理解が及んだのか、女はさっと表情を緊迫したものへと変えた。
「……! どこにいるか、知ってるのか!?」
「大体の見当は」
「教えろ! いや、教えてくれ!」
血相を変えて、顔がくっつきそうなほどに迫ってくる。命令口調を言いなおしたつもりだろうが、全く意味が無い。必死だなあ。それだけさらわれたガキが大切だということなんだろうが。
とはいってもこちらとしても別に異存があるわけではなく、普通に答えてやった。
「地下墓所の方だ。助けたいなら急いだ方がいいぞ……って」
返事もせず、女は指し示した方向へと一直線に走っていた。やれやれ。
カミツレ地区遺跡区の中央付近に位置する地下墓所は、文化局によってその立ち入りが禁止されている。盗掘を防ぐためではなく、単純に遺跡の外観保全のためらしい。そのため入り口にはバリケードが張られている……はずなのだが……。
「破られてるな」
「ここか……!」
またわかりやすい目印もあったものだ。もっとも俺の有するただならぬ諜報能力があってこそ発見できた目印だが。照れるなー、だと? あまり調子に乗るな。
「って待て、勝手に進むな」
金髪女がいつの間にか破れた金網を乗り越え、墓所の内部に入っていこうとしていた。
なんて無用心な奴だ。誘拐犯がその辺に潜んでいたりして、しかもそいつが凶悪な奴だったりしたらどうするつもりだ。一人で勝手に死んでくれるだけならいいが、罠を仕掛けられたりでもされたら厄介だ。
「ロリィ! いるのか!」
「大声を出すなっての。おい。聞いてんのかそこの阿呆」
「おーい!」
聞いちゃいねえ。叫びながら早足でずんずんと突き進んでいっている。
仕方なく俺もその後を追っていった。まったく。金髪の女はコレを筆頭に皆落ち着きが足りないものなのか?
「ロリィ!」
「お……ねえちゃん?」
お目当ての少女は幸運なことに、俺にとっては多少残念なことに、何の障害もなく見つかってしまった。地下墓所に入ってすぐ、かなり大きめのホールのような部屋に無造作に転がされていたからだ。一応申し訳程度にその足と手が縛られてはいたが、金髪女がすぐに解いてしまった。
「こわかったよお……」
「ああ、もう大丈夫だ……大丈夫だよ、ロリィ」
目の前ではおそらく微笑ましいだとか感動的だとか表現されるのであろう世界が展開されていたが、そのあたりはどうでもいい。俺の目当ては別にある。
俺はひとり、遺跡の奥へと進んだ。ロリィとやらが転がされていた部屋からは、三つの通路が延びている。一つは入口へと通じる通路。そして残り二つのうち、一つは地面と平行に、もう一つはさらなる地下へと延びている。それらの通路の天井は低く、俺の背だと頭のてっぺんが付いてしまいそうなほどだ。
俺は地下へ通じる通路を選び、先へ進んでいった。
見張りも付けずにあのガキを転がしておいたほどだ。犯人がこの周辺にいない、などということは有り得ないだろう。どこか、恐らくはこの奥、に潜んでいるはずだ。
乾燥した古い空気の匂いが充満する中、ランプを手にさっそうと歩いていく。この墓はそう大掛かりな構造ではない。すぐに行き止まりに着くだろう。
案の定、誘拐犯はすぐに見つかった。
「なっ、なんだお前は!?」
「うむ、俺様だ」
下り坂の通路を進むこと一分足らずで行き着いた突き当りの部屋、紫色の棺が並ぶこじんまりとした玄室に、そいつはいた。ハンサムという形容詞には程遠い平凡な造りの顔、ひょろ長い胴体に地味な色合いのシャツとズボンを着たそいつは、罰当たりにもひっくり返された棺桶を椅子代わりにして、何故かグラスを片手に持っていた。しかし俺を見て明らかに動揺しているようだ。
襲う前にまず一杯、などとでも考えていたのだろうか。凡人の思考回路はわからんな。
「神妙にしろ。そうすれば……」
……後の言葉が続かない。よく考えたら神妙にしようが抵抗しようが成す事に変わりはなかった。
男は俺の言葉と態度で全てを察したらしく、親の仇でも見るような目でこちらを睨みつけてきた。
「く、くそっ、こんなところで……捕まってたまるかっ!」
叫ぶと同時に、グラスを乱暴にこちらへと投げつけてくる。
パリンと軽い音が玄室に響き、ガラスの破片と中身が飛び散る。飛距離が足りないので俺に害は成さなかったが、どうやら歯向かってくる気らしい。
まー潔く諦めるような奴なら最初から誘拐などしないか。
「ぐ、ううっ」
奇声を発しつつ立ち上がる男。懐からナイフを取り出し、それを握ってこちらに向けてくる。しかし恐怖のためか、その腕はぶるぶると震えていた。こんな荒事には慣れていないのだろう。度胸もなさそうだ。
その程度でこの宇宙史上最強の英雄たる俺様に歯向かおうとするとは、救いがたい間抜けだ。
「く、来るな……!」
警戒すべきことは何もない。俺は無造作にナイフの間合いへと入っていった。
「う、うああっ!」
やみくもに斬りかかってくる男。そもそもナイフを持ってして突き刺してくるのではなく斬りかかってくる、という時点で話にならない。
最初の一閃を軽く身を引いてかわす。と同時に、無防備なみぞおちへと狙いすました突きをお見舞いしてやった。
ドゴンッ!
「げほっ!」
俺の繰り出した強烈無比な突きで男は吹っ飛び、黄土色の壁に激突し、ずるずると崩れ落ちていった。後を追うようにして衝突した壁の塗料が剥がれ、男の髪の毛を汚していく。
大勝利だ。何の自慢にもならないが。
さらに一歩近づき、尻をついてぶるぶると震えている男を見下ろす。
「かほっ、げほっ……う、ううう……」
せき込みながらうめき声を上げている。抵抗の意思はもう消えただろう。
さて……一段落ついたが。
「うーむ」
腹を押さえてうめく男をじろじろと観察する。この男、身なりは質素だ。そして貴族に特有な偉そうな態度も微塵も感じられない――愚民特有の無意味な見栄は有り余るほどだが。
つまりこいつは大した社会的地位を持たない、ただの変質者のようだ。
「はあっ」
つまらん……。もしこいつが変態趣味の貴族の坊ちゃんとかなら、脅してコネの一つにでもするつもりだったのだが。読みが甘かったか。
「ぼ、僕をどうするつもりだ?」
男がうずくまったまま恐怖に染まった声をあげる。言葉を出せる程度に回復したらしい。
しかしどうするもこうするもないな。興味を失った。
「おいっ、こ、答えろよ……無視するなよっ」
警備隊に引き渡すべきなんだろうが、縛って連行するのも手間がかかる。強姦殺人でもやってくれていれば多少の功績になっただろうが、ただの誘拐犯を捕まえたところで大した手柄にはならないし。既に英雄的業績を残している俺様からすれば、雀の涙もいいとこだ。
いっそ殺してしまおうか……?
いや、それはそれでもっと面倒なことになるか。死体の始末は面倒だし、こんなところで身元不明の死体が見つかったら大事になってしまう。
「ま、いいや。とりあえず気絶しとけ」
「え?」
男が言葉を続ける前に、細い首を手刀で弾く。俺の手首の動きと反射するかのように、男の頭ががくんと垂れた。
「ふう」
気を失った男をひっくり返った棺桶に蹴り込み、玄室を後にする。
結局、暇つぶしにしかならなかったな。そうそう面白い話は転がっていないか。
地下墓地から出ると、入り口脇にさっきの女が突っ立っていた。まだ帰ってなかったのか。
「やっと出てきたか。いつのまにか奥に行っちまって、何やってたんだ?」
「英雄的快挙、をやりそこなった」
「なんだそりゃ」
「……おねえ…ちゃん……」
とその時、金髪女の後ろから、か細く高い涙声が聞こえてきた。そこで俺は、誘拐されてたガキが、この女におぶさっていることに気付いた。大きなリボンが呼吸に合わせて上下にゆっくりと揺れている。眠っているようだ。さっきのは寝言か。
「……泣き疲れたみたいでね。よっぽど怖かったんだろうな」
「誰もそんなことは聞いてないが」
「そうか。とにかく、ありがとう。感謝してるよ」
「いや礼など」
「いらないって? 意外とキザなんだな」
何を勘違いしている。
「百万回述べられてもまだ足りん。……といっても、貴様も背のガキも形ある物で返せるような奴には見えんな。一生俺に負い目を感じながら生きることになるのか、哀れな小娘どもよ」
「……あんた、ある意味凄い奴だね」
「ある意味もなにも俺様は常に凄い。いや凄まじい」
「ま、そういうことにしておくよ」
夕焼けの太陽を背にして女はそう言った。逆光でよく見えなかったが、その口元には僅かな笑みが浮かんでいたような気がした。
「それじゃ、あたしはこの子を送っていくから。本当に世話になった。じゃあな」
最後に感謝と別れの言葉を一方的に告げると、女は俺の前から立ち去っていった。
どうやら礼を言うためだけに俺が出てくるのを待っていたらしい。意外と礼儀を弁えた奴だったのかもしれない。
ま、もう二度と会うこともないだろうが。
「しかし、つまらん一日だったな」
誘拐事件と聞いたから期待したのに、本当にただの変質者だったし、あいつらもただの一般市民だったようだし。
やはりある程度は自分で行動を起こさないと、興味深い事件は起きないらしいな。
《 》
return to index
感想・連絡・苦情その他ありましたら掲示板または下記フォームにお寄せください。
執筆意欲になります。あと作者が泣いて喜びます。返信不要の場合、末尾に『/返信不要』とお付けください。