登場人物紹介
階下から響くどたどたという乱暴な足音で、俺は目を覚ました。
ゆっくりと背伸びをしつつ、壁にかけた時計に目をやる。まだ11時か。昨日は遅かったから、今日ぐらいぐっすりと休みたいものなのだが。
しかし起きてしまったものは仕方がない。俺はズレた毛布を勢いよく引っくり返すと、また大きく伸びをしながらベッドから降りた。二、三度コキコキと首を鳴らしながら備え付けの鏡を見る。寝癖が付いてるが、まあいい。
どたんどたん
騒音がますます近くから聞こえてくる。どうやら軍靴のまま廊下を走り回っている馬鹿がいるようだ。ボロ宿舎であんな音を立てやがったら、そのうち床を踏み抜いてしまうぞ。
と、そう思った瞬間、騒音がピタっと止んだ。辺りはシンと静まり返り、宿舎は元の人気の無い雰囲気に戻った。俺の考えが足音の主に伝わったか。流石俺様、ついに超能力に開眼してしまったのか。
コンコンコン
が、そうではなかったらしい。
新しく立て付けたマホガニーの扉からノック音が響く。雷鳴のような足音の主は、単に目的地に着いたから動くのを止めただけらしい。
「失礼します!」
バタン、と勢いよくドアが開く。返事も確認せずに俺様の部屋に上がりこみやがった。
ドルファン広しといえど、俺の威光を無視するこんな愚行を実行できる奴はたった一人しかいない。俺の隊の副長だ。部隊の通常業務の全てはこいつに取り仕切らせている。
俺の見込んだとおりそこそこ無難に運営し続けているようなのだが、たまにこいつの手に負えないようなトラブルが発生したとき、俺の部屋に押しかけてくることがある。
今回もそんな感じだろう。
副長はドアノブを放り出してギシギシと床を鳴らしつつ俺のそばに寄ってきた。もちろん土足のままだ。
「隊長、緊急の件でってうわあっ!」
「なんだ」
話の途中でいきなり奇声を発した副長を、一割の殺意を持って睨み付ける。
朝っぱらからあらゆる意味でうるさい奴め。
「え、え?」
「俺様の安眠を妨害しに来たのか?」
「そんな無駄なことはもう諦めました。いやそれより一体何事ですかこれは!」
そう言って副長は指で俺の部屋の一部分を指差した。
しかしそこにはごく普通に木張りの床があるだけだ。ただ周りの床と違いほこりは積もっておらず、木材の紋様をよく伺うことができた。
で、これがどうした。
「何もないが」
「それが妙なんです! 壁はどうしたんですか、壁は!」
壁? ……ああ。思い出した。
そういえばそうか。副長が指差した床は確か、俺の部屋と右隣の部屋の仕切り壁があった場所だったな。それで他の部分と色が違うのか。
「取っ払った」
「はあ?」
鈍い奴め。
「隣の奴が出て行って空き部屋になったから、俺様が両方を使うことにしたのだ」
「それで床面積が二倍ですか」
「うむ、物分りがいいな」
「……」
「なんだ。何か文句があるか」
「……やる気が大幅に削がれましたよ」
修繕代幾らかかるかな、などとぶつぶつ呟き下を向く副長。
そんなことを心配する必要はないというのに。どうせ責任は上官に押し付けるんだ。
だがまあ、それなりに可哀想ではあるので、経費を隊費として計上したことは黙っておいてやろう。
「……とにかくですね」
「うむ、なんだ? 俺様は忙しい、手短に済ませろよ。3秒以内だ」
「不可能です。諦めてください」
冗談の通じん奴だ。
副長は再度ため息を吐くと、真剣な眼を俺に向けて話し出した。
「中佐から極秘に通達が来まして……傭兵の数を大幅に削減することになりました」
「ふーん」
耳の穴を小指で穿りながら聞き流す。別段驚くことではない。
「……驚かないんですか?」
「べつに。おっ、大きい塊」
「はあ」
前から予想されていたことだ。巷の噂の通りだし。
治安悪化、財政危機、ヴァルファの脅威の衰退。このところの国際ニュースはどれをとっても俺達の存在意義を否定するものばかりだ。何れは削減されることになるだろうと、何も専門家でなくとも見当がついていただろう。無論専門家たる俺様は二年前から予測していた。というか、だからこそこの国に来たのだ。
ただ時期は予想より速いようだが。
「ま、部屋がますます広くなって結構なことだな」
「……ここ、一応隊が家賃払ってんですけどね……」
「安心しろ。賠償請求なんざ踏み倒せば万事OKだ」
「どーゆー思考回路してんですか」
「非凡人的な」
「……はいはい。もういいです。本題に入りますよ」
「うむ。特別に許してつかわす。一生恩に着ろ」
副長は俺の椅子をぎぎいと音を立てながら引っ張りよせ、それにどかりと腰をかけた。俺と向かい合う格好になる。
「それでですね。契約手続きが今夏で満了する傭兵全員を足しても、予定の削減数にはまだ届きません」
「だろうな」
「退役希望を募りますがそれでもまだ達しない場合、強制的に削減……つまり契約破棄をすることになります。それでその人選が」
「俺様に任されたと」
「いいえ。候補を選抜してほしい、という命令がメッセニ中佐から俺に直々に下されました」
「なら貴様がやれ馬鹿野郎」
「……俺じゃ、決められません。苦楽を共にしてきた仲間達を切るなんて」
辛そうに顔を歪めて言う副長。拳をぐっと握り締めて下を向き、首をゆっくりと横に振り感情を発露させている。未熟なことこの上ない。
「だいたい何でそんな人事問題が俺達に」
「最も軍功を挙げている我々をブレーンとすることで、少しでも戦力減少を防ぎたいというのが中佐の狙いでしょう。あるいは手懐けようという意図があるかもしれません」
「ふーん」
「それから当然ですが、この任は極秘となっています。他言無用でお願いします」
「仕方ないな……名簿と資料をよこせ」
「はい。四日後までにお願いします」
副長は床に置いた鞄から厳かに紙束を取り出すと、頼みましたよ、と念を押してから俺に資料を押し付けた。
「ふん……」
副長が部屋を出た後、俺は椅子に座り机に向かった。副長が置いていった資料を机の上にざあっとばらまき、目を通す。
資料には名前・出身国と共に軍功やら戦歴やら年齢やらが記されている。
さて……どいつを切ろうか。面倒なことになりそうだ。
……。
やはりやめだ。
手に取った資料の一枚を投げ捨て、全てを諦める。三人目の資料に目を通したところで飽きた。
こんなもん見ても、誰が有能で誰が無能なのかなどわかるはずもない。
何かいい方法はないものか……本来なら事細かに小隊長達の意見を聞くべきなのだろうが、そんなことをやっていたらあっという間に夏になってしまう。ランダムに選んでもいい気がするが、それでは俺直属の有能な人材まで逃すことになってしまう。
……む。待てよ? 俺直属?
「おお、これだ!」
完璧な計画を思いついた。思わず立ち上がり、ぱんと手を叩く。
これなら副長も中佐も一発で了承俺様の天才脳細胞を崇め奉り敬うこと三百%確実だ。
そうと決まれば、早速解雇者リストを作成する。
「終了!」
そして完成。一分で必要事項を書き終わった。流石俺様。
再び安眠を貪るべくベットに入り込み布団を手繰り寄せ眠りにつくことにした。
五日後。俺の部屋にはあごが外れた副長の姿があった。
もとい、そう思わせるほどあんぐりと口を開けた副長の姿があった。
「……」
「どうした」
あまりの素晴らしさに感動して声も出ないのか。
「……呆れ果ててものも言えません」
「ん?」
「このリスト、第一中隊の傭兵が一人も入っていませんね」
「当然だ」
ドルファンの傭兵隊は三つの中隊から成っている。召集された順に第一、第二、第三と編成されたからだ。第一中隊は俺様直属のドルファン最精鋭部隊。当然、一人として欠けてよいものではない。
「で、第二以下の中隊の全員が入ってますね。中隊長も含めて」
「当然だ」
あんなのいるだけ邪魔だ。だいたい俺と同格の階級の奴が二人も三人もいるなど不愉快だ。
「当然だ、じゃないです! あくまで傭兵全体の員数を減らす計画なんですよ!? 削減数が二割どころか六割になってるじゃないですか!」
「どーせ夏、秋、冬と減らしていくんだ。早いうちに全部切ったほうが手間がかからん」
「これじゃ中佐の信頼を目いっぱい裏切ってるじゃないですか、真面目にやってくださいよー!」
「たわけ。俺は常に真剣だ」
「……こんな計画、中佐に見せられるわけ」
「私がどうかしたか」
その瞬間、副長の背後から渋く低い声が響いてきた。副長の動きが止まり、首がゆっくりと後ろに回る。
「ちゅ、中佐!?」
よく見ればメッセニ中佐だった。胸にきらめく生意気な勲章、きめ細やかな装飾の施された帯剣と偉そうな肩のびらびらを見せ付けるようにしながら、俺の部屋にどすどすと入ってくる。
計画書が出来上がったので見に来い、と手紙を出しておいたので、それで来たのだろう
「おー、来たか」
「上官を呼びつけるとはいい度胸だな」
不機嫌なんだか諦めたんだかわからん口調でメッセニが言う。
「極秘だとかなら仕方あるまい。ほれ、これだ」
「あ、ああっ!」
「……む?」
おろおろするばかりの副長を横目に、メッセニが俺の手から一枚の紙を受け取る。
同時に表情が凍りつく。口が半開きのまま止まっている。
「……これが実行に移されれば、暴動が起きるかもしれんぞ」
十数秒の間の後、捻り出すような声。
暴動だと? そんなことは予想済みだ。
そしてそれに対する答えは簡単だ。
「鎮圧しろ、鎮圧」
「貴様らが駆り出される」
「実戦経験を積めるな」
「そんなっ、隊長!?」
「……そうか」
副長は抗議の声を上げるが、メッセニは納得したようだ。しわのよったまぶたが閉じられる。
非情なようだが、どうせいずれは切らねばならぬなら、今整理しようと後だろうと同じなのだ。そして、かつての仲間だろうがなんだろうが、不要になればただの犯罪者予備軍。抵抗すれば鎮圧すべき対象以外の何者でもない。
副長は抗議したいだろうが、それはドルファンの非効率的な外国人傭兵の扱いに対してすべきなのである。
「どうせ上層部は最終的に外国人の傭兵全員を追放する腹だ。そうだろう?」
「……む」
うなるメッセニ。だが反論はないようなので、俺は続けた。
「だったら俺様率いる最精鋭部隊だけを残しておけば、批判も避け易いし傭兵部隊をギリギリまで維持することができるし治安問題も解決だ」
隙が欠片も見当たらない完璧な理論だ。おまけに俺にとっても最高に都合がいい。隣で副長が頭を抱えているのはこの際無視しておこう。
メッセニは俺の渡した紙を、中央に穴が開きそうなほど見つめ続けている。何事か考え込んでいるようだ。
やがてメッセニは顔を上げると、軍人特有の鋭い眼差しを俺に向け、静かな口調で問いかけてきた。
「……貴様の言うとおりなのかもしれん。だがこれで勝てるのか?」
主語と目的語が抜けているが意図は伝わってきた。
現在所在不明となっているヴァルファバラハリアン。先の戦でその戦力の一部が削がれたが、依然大きな脅威であることは間違いない。八騎将も、四人は俺が冥土に送ってやったが未だ四人、塀のこちら側に潜入中のサリシュアンと行方不明のゼールビスを除いても、二人が健在なのだ。それも最強の二人が。
変態的に明晰な頭脳と現世離れした武技を誇る軍師にして参謀・副将であるミーヒルビスに、あらゆる意味で非人間的な化け物である主将・ヴォルフガリオ。あの二人の将軍が健在な限り、ヴァルファの勢力は決して衰えないだろう。
今までの戦いで主力を成してきた中隊三つのうち二つを欠いて、ヴァルファに対抗できるのか? 奴の問いはそういうことだ。
「ふん。勝てるに決まっているだろう」
だが俺は胸を張って言い切った。
勝てる。俺様がいる限り、勝てるに違いない。
騎士団の損害は増えるだろうが、そのあたりのことは知ったこっちゃないし俺の責任ではない。
ピクシスを初めとする貴族達の息がかかった上層部のアホ共が予算をケチる以上、多少の損害は仕方のないことだ。それに反抗してもどうにもならんし、余計な被害が増えるだけだ。
機嫌を取りつつ勝利を模索すると、これこそが最善、かつ最も被害の少ない計画なのだ。
「……」
「それでどうだ。やるのかやらんのか。言っとくが、躊躇したらお前が左遷されて傭兵部隊全てが骨抜きにされるだけだぞ」
メッセニはむうと低くうなると、腕を胸の前で組み指を顎に当てた。考えを巡らせ始めたようだ。
やがて腕組みを解くと、白髪のがかった髪を手で一払いする。そして一言、苦渋に満ちた口調で言った。
「……いいだろう。貴様を信用しよう」
リストを受け取ると、メッセニは副長に見送られ部屋を後に……するのかと思ったら、何か忘れものでもしたのか、その動きを止め再度俺の方に首を向けてきた。
「ところで貴様の口の利き方は何とかならんのか」
「無駄ですよ中佐」
「わかっとる。言ってみただけだ」
諦めたような顔が二つ並び、盛大なため息の音二つが部屋に木霊した。
なんだとこの野郎共。
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