登場人物紹介









 6月22日。俺は一人の女を連れてカミツレ地区を偵察で任務を遂行。継続中。

「ほほー、これが夏至祭か。なかなか活気はあるな」
「……」

 あたりは紫の布のテントと木のやぐらとあらゆる類の発火物に彩られ、一面別世界に来たような感覚がフィーバーだ。なにがなんだかわからんほど言語が乱れているが、これは俺の精神状態を反映した結果であると言えよう。
 ここにじっとしていても始まらないので、文化局の連中が用意したと見られる台に、所狭しと並べられた松明を二つ手に取り、一つを横を歩いている少女に渡し、人の流れに沿って歩いてみる。周りの連中は興奮しながら口々に好き勝手なことを喋りどこかへ向かっている。なかなか無駄に活気があるようだが具体的に何をするのかがさっぱりわからんな。そういうことで、違う方に目を向けてみた。

「おー、燃えてる燃えてる」
「…………」

 進行方向を見上げると、カミツレ山の中腹に大きな火文字が浮かび上がっていた。松明を持った群集がそこに向かって流れてゆき、そしてもぞもぞとアリのように動く暗い物体が、そこから四散してゆく。なるほど、目的地はあそこか。察するにあの火に松明を放りこんだあと飲み食い酔い殴るのがこの祭りの目的であろう。

「よーし、そうと決まれば早速行くとするか」
「…………何故」

 隣で約3分もの間微動だにせず止まっていた少女の口が、小さく開いた。なぜとは奇怪な。仮にもこの国の住民だろうに。

「なぜってこれはそうい」
「ワタクシが言っているのは!!」

 言葉を遮って出し抜けに叫び、同時に手を胸の位置まで上げ、ピンと手の甲を伸ばし格好をつける。いきなりの大声に前後に並んでいた親子連れが振り向き、こちらを好奇の目で興味深そうに見つめてきた。俺が興味深い存在であることは確かだが、この場合対象は俺ではあるまい。

「何故この優雅でかつ美しくしかも高貴な私と野蛮で下等で下品で外道で粗暴で品性下劣なあなたとが仲良く並んで夏至祭に参加しているのか、ということよ!!!」

 息も尽かせぬ修辞の数々を並べてご丁寧に解説してくれた少女は、言いきって唇をきっと締め、劫火のように輝く瞳から本気で殺気を感じる視線を突き刺してきた。なかなか覇気があって結構なことである。

「それは多分、俺がある少女に一緒に行かないかと声をかけ、少女がそれに同意したからだと思うぞ、リンダ」
「私が何時如何して何処で如何言った理由で同意したというのよ!」
「何を言う。俺の言葉に、お前は間違い無く同意しているぞ。思い出して見ろ――――


「たまには庶民が這い回る姿でも見て、私の身分の高みを再確認しようかと思いましてね、オーホホホ!」
「ほーそりゃ丁度良い。今丁度、俺にこの祭りを案内解説するという崇高な使命がバーゲンセール中だぞ。なんか知らんがガイドにいきなり逃げられてな」
「案内? この、私が? ザクロイド家一女であるこの、私が!? オーホホホ、面白い冗談ね」
「俺は本気以外の冗談を言ったことはない」
「それは今は関係無いわよ。とにかく、その無様な風体で私をエスコートしようだなんて百京年早いわ。まあどうしてもこの私と共に歩く光栄を有したい、というなら、そうねえ。東洋の伝説に出てくる白い玉の実がなる枝でも持って来れば、半時ぐらいは同行してさしあげてもよろしくてよ、オーホホホ!」

ピコーン
◆突き出す
◆差し出す
◆引っこ抜く

「ほい(ポイ)それじゃ行くぞ」
「…………は?」


――――と、このように」

 わりと短い回想シーンが終わると、リンダは大きく天を仰ぎ、次いで俯き、最後に盛大な溜息をついた。

「これが、その枝だと? 明らかに偽物でしょうがっ。不覚にも一瞬呆然としてしまったけれど――――」

 ずいぶんと長い一瞬だ。リンダは左手につかんでいる枝を俺の目の前に突き付け、詰問してきた。

「なによ、このぎこちなく巻かれた金紙は」
「黄金の茎」
「なによ、このひょろひょろにしなびたダイコンは」
「白銀の根」
「なんなのよ、このガラス玉は!」
「白い玉」
「見ればわかるわよ!」
「なんだ、わかってるのか」
「…………。あなた、私をコケにしているの?」
「めいっぱい本気だ」
「なお悪いわよ! まったく、なんて…………!」

 不機嫌そうに叫んでリンダは(こんなこともあろうかと丸一日かけて作らせた)蓬莱の枝を投げ捨てた。後で回収しておこう。少しの間の後、リンダは怒りで吊り上った眉をほんの少しだけ下げ、しかし視線に潜む殺気は保ったままに、カミツレ山の炎を背後にして不敵な笑いを浮かべ威圧的な声を発した。

「本来なら貴族侮辱罪と詐欺罪と貴人拉致罪に名誉毀損罪を追加して問答無用でギロチンにかけてあげるところだけど、死地に向かう凡愚を背後から刺すのはザクロイドのやり方ではないわ。有難く思うことね」
「なんだそりゃ」
「近いうちに大規模な軍事行動が起こるわ。傭兵部隊の初出撃もね」
「唐突だな。んで」
「あなたはそれに従軍して、そして死ぬ」
「死ぬって」
「死ぬのよ」

 完膚なきまでに言い切りやがった。

「軍首脳部は、外人傭兵部隊などという信用ならない集団は、最激戦区に置いて捨て駒にするつもりだそうよ。確かあなた聖騎士になりたい、とか言ってらしたかしら? 戦功が立てやすくなるわね。有難くお思いなさい、オーホホホホ!」

 心底嬉しそうに高笑いをするリンダ。しかし意外と軍事事情に詳しいんだなぁ。

「そりゃどうも。だがえらく細かいな。つーか会議でそんなこと決めんのか」
「会議では決めないわよ。軍の幹部に圧力をかけて聞き出すの。貴族の力を甘く見ないことね。この国における文字通りありとあらゆる物事は、私達によって決められているのよ」

 リンダは言って、今度はふふんと笑った。えらく自信満々だった。この聡明な少女が自信を持って言うのならその通りなのだろう。
「あとザクロイドって新興だった気がするが、そんな力あるのか?」
「不敬罪と名誉毀損罪を追加」

 なんかまた罪が増えた。そんな刑法あったのか。

「まあいいわ。確かに王室会議への出席権はまだ無いけれど、燐光石は重要な軍事物資だから、そういう情報もかなり入ってくるのよ」
「へー」

 聞いたはいいが、よく考えたら果てしなくどうでもいいことだった。
 その時、背後から馬車が人を蹴散らしながらやってきた。以前見たものと同じ衣装なので、リンダのものだろう。馬車は俺達の隣で急停車し、その扉が開いた。リンダは何のためらいも無く当然のようにそれに乗り込み、備え付けの豪華なソファーに腰掛け、扉を閉めた。そして俺を文字通り見下して声を掛けた。

「それではさようなら。無礼千万極まりきって人生を縮めた哀れな傭兵さん」
「なんだかわからんがまた会おう」
「ふん……。やってちょうだい」

 前輪の上に陣取る御者は、声をかけられるとすぐに手に持つムチを走らせた。繋がれた二頭のたくましい馬がヒヒーンといななき、馬車は来た時と同じように人ごみを蹴散らしながら風のように夜の闇へと消えていった。
 激戦区、か。

 それもともかく、ガイドがいなくなってしまった。
「祭りは連れがいないとつまらんしなー」
 頭をぽりぽりとかきながら、天を見上げる。カミツレの景気良く燃え盛る炎も夜空には届かず、頭上に広がる闇のスクリーンには数え切れないほどの星が瞬いていた。月は見えない。そういえば今日は新月だったか。
 そういうわけで今日はもう部屋に帰ることにした。どういうわけだかはわからんが、それもこれもいきなり帰ったガイドその1のせいである。せっかくの夏至祭だというのに。今度会ったら間接技だ。


 コン、コン

 7月15日午前二時。草木も眠る丑三つ時。にもかかわらず控えめなノックの音が聞こえる。日が昇る何時間前だよ非常識人め。

「あ、あの……こんばんは……あ、その、おはようございます……こんな時間にすいません……」

 扉を開けると、そこにいたのは亜麻色もとい水色の髪の少女。非常識訪問者はアンだった。納得した。丑三つ時とはいえ七月の太陽の暑熱が残って寝苦しい夜だというのに、アンの顔は心なし青白くなって見えた。

「街の人が噂してるんです、戦争が始まるって……」
「話が妙にタイムリーだがいかにもそのとーり。今から出撃だ」
「や、やっぱり……! その、わたし…………」
「ところでアン、ちょっとこっちに来い」
「え? は、はい」

 頭上にクエスチョンマークを浮かべながらも、言われた通りにとてとてと木の床を踏みしめて近寄ってくるアン。充分に近づいたところで、俺はその華奢な細腕を取り右手にかけ、同時に右足でアンのふとももを絡め取った。

「え、ぇ、あっ、えぇ!?」
「動くと余計痛いぞ」

 脇に首をにはさむ。どういう体勢になっているかはピンクに染まったアンのほっぺとあわてふためいた表情を見ればお分かり頂けると思う。だから興味津々な顔をするなそこの虫。

 むにゃっ

 む……柔らかい。

「わ、え、その、わた、わたしこっ心の準備がっ!」

 そして、徐々に間接を極めてゆき……

「ふあぁぁぁ」

 くにょっ
 
 ……やーらかいまま。間接が存在概念を放棄している。どういう体してるんだこいつは。軟体動物かよ。
 更にもうちょっとだけぐいぐいと手と足を伸ばさせてみる。

「はううぅぅぅぅぅん」

 色っぽい声が燐光石に薄暗く照らされた部屋に響き渡る。……やばい。この調子でいくと足と腕がカツオノエボシも真っ青なほど細長く伸びてしまう。どこまで行くか試してみたい気もするがそれはちょっと気持ち悪いぞ。

「もういいか」

 言って、俺はアンを解放した。ついさっきまで普通の人間なら悶え苦しむほどに間接を極められていたのをまったく気にせず、アンは姿勢を正し呆然と俺の目を見つめていた。つくづく面白い奴だ。

「い、今のは……?」
「お仕置き」
「おしおき?」
「気にするな。で、話の続きを」
「はあ……」

 アンはいまだ呆然としながらも、促されて話し出した。

「そ、それで、わたし、いてもたってもいられなくて……」 
「要するに俺が戦争で死ぬかと心配で来た、と」
「は……はい……」

 答えて、視線を下げ落ち込んだ風な様子を見せるアン。しかし……失礼な奴。

「この大馬鹿者が」
「えっ」
「お前は俺のことをかけらもわかっとらんな(ぐりぐり)」
「…………はぅ…………」

 アンのさわさわとして感触の良い髪をかきわけ、くしゃくしゃと頭を撫でる。俺を見つめる目が、心なしか潤いを含むようになったような気がした。

「いーか、よく聞いて覚えて心に刻みこんで一生忘れるな。忘れたら額に『忘れもの女王』と書いてやるからな」
「…………あ………」

 俺はアンの頭のてっぺんをぽんぽん、と叩いた。そして軽く手の平で暗く沈んだ顔を上げさせ、失礼な思い込みを正すため宇宙普遍の真理を告げた。

「俺様は無敵だ」

「…………はい……!」

 アンは嬉しそうに返事をした。うむ。それじゃ行ってこよう。
 
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