登場人物紹介







 一陣の風が平野を舞う。
 見晴らしの良い丘で、遠眼鏡を片手に広がる平野の向こう側に目を凝らす。
 こんなものが無くても見ることはできるが、まあ格好付けだ。
 宿営の前方、地平線の向こうにはヴァルファ主力軍の影が僅かに伺えた。

 ついに来たのだ、決戦の時が。すなわち俺様の栄光の日々の最終幕が。

 テラ北河から侵入すると思われていたヴァルファバラハリアン。
 しかし予想に反して下流域から出現し、首都城砦へ向かっていた。
 その動きに対抗すべく、首都城塞北方のパーシル平野に布陣し、ヴァルファバラハリアンとの接触を待つ。それがドルファン軍上層部の決定だった。

 その決戦の相手が遂に、傭兵部隊の指揮を執る俺様の前方に現れたのだ。嫌が応にも血が高ぶる……という程でもないが、まあ重要な一戦となろうことは間違いない。
 なにしろおそらくこれが、ドルファン軍における実質的な最後の戦争になるだろうから。
 ヴァルファ側は、敗れればまともな補給は最早望めない。文字通り死力を尽くして突破を図ってくる。
 (有り得ないが)ドルファン側が突破を許せば、首都は奴らに侵略されることになる。
 首都を制圧したヴォルフガリオ何をする気なのかは知らないが、そうなった場合ドルファンはドルファンとして存在してはいまい。それは阻止せねばならんのだ、俺様の野望と名声とその他諸々の為には。

「正面決戦ですね」

 後ろに立つ副長が問うてくる。

「それ以外に選択肢はないだろう」

 ここパーシル平野は、障害物といえば僅かに生えた草やゆるやかな勾配の丘だけの平野だ。
 奇襲は不可能。相手は全軍を結集して正面突破を図ってくる。
 だが勝つのはこちらだ。
 勿論俺様がこちら側に協力している以上当然のことだが、単に数の問題でもある。


 その筈だったんだが――


「白色騎士団第一中隊、撤退を開始しました! 士気を保てません!!」
「黒色騎士団大隊より援軍要請!」
「報告! 十二時の方角より敵増援八百が出現とのこと!」

 両軍の先頭が接触し、戦いの火蓋が切られてから数十分。
 たったそれだけしか経っていないにも関わらず、早馬を駆る兵士達が次々とここ、王国軍本陣に駆け込んできていた。
 それらは全て前線よりの伝令だ。携えるのは悪い知らせだけだが。
 なんでこうなってんだ。

「ぬぅん! なんとかせんか!」

 血管をブチ切って激昂している中央のハゲオヤジ将軍。俺様を差し置いてここで一番偉い奴である。だが無能だ(いつか追放しよう)。
 その醜い物体を視界から外しつつ、俺は一人、脳内で打開策を模索する。
 目の前では参謀やら騎士隊長やらが熱くるしい議論を繰り広げているが、それに参加するつもりはない。どうせ傭兵中隊ごときの隊長が軍議で発言したって握りつぶされるだけだ。裏から手を回す時間も無い。
 数的優位から勝利は間違いないと思われていた、俺様でさえ思っていたドルファン軍が、こうも押し込まれている理由はなんだ?

 第一の要因:将軍が無能だから。
 第二の要因:将軍の部下が無能だから。無論俺は除く。
 第三の要因:将軍が(妬んで)俺を戦場に出さないから。これが最大の要因。

 三つの理由を即座に思い付いて、自然とため息が出た。これで勝てる道理は無いな。
 しかし。無敵の俺様が所属する軍隊が負けるわけがない。
 だからこのような状況に在っても勝利への道は見出せる筈だ。
 とはいっても第一、第二の要因を何とかするには、流石の俺様といえど時間が足りないわけで。
 つまり……第三の要因を何とかするしかない。

 決定。討って出よう。


「突撃する」

 くだらん軍議をこっそり抜けて傭兵中隊の仮設作戦会議室(ただのテントである)に戻り、開口一番。
 指令を予測していたのか、既に完全武装の副長に向け、俺はそう宣言する。

「それが司令部の決定ですか?」

 副長の疑問を鼻で笑って否定する。んなわけねーだろ。
 臆病風に吹かれた上層部がそんな大胆な命令を下すわけがない。
 と告げると副長はまたか、と深いため息をついた。

「なんだ貴様。何か文句でもあるか」
「いえまったく」
「なら何故ため息を吐く」
「命令無視と独断専行の嵐。これで心労にならない方がどうかしてます。なぜ今まで問題になってないのが不思議でたまりません」
「色々やってるからなあ」
「……詳しく聞くのが怖いですが、幸いそんな時間はないですね。本題に入りましょう」
「うむ。では聞けい」

 決意の表情で副長が頷いた。

 作戦は単純だ。全速で突撃して相手陣内に切り込み、乱戦に持ち込んで混乱させる。それだけだ。
 単純で危険だが最も時間を(そして手柄を)稼げる。問題は――

「といっても、俺達だけじゃ無理ですよ……あの弾幕に耐え切れません」

 不満顔で副長が指摘する。
 新型銃で武装したヴァルファの精鋭部隊のことは俺も知っている。
 連発の利く銃による弾幕は、これまでの戦争の常識を覆す密度だ。ヴァルファはこれを配備数は少ないまでも効果的に運用しているようで、突撃しようとした騎馬隊は片っ端から出鼻を挫かれている。傭兵隊の数では辿り着く前に全滅だろう。
 フン。だがその程度、俺様が考慮していないとでも思っているのか。

「わかってる。まず立ち往生している邪魔な騎士団を押し出すぞ。偽伝令を発信する」
「へえっ!?」

 む、なんだそのマヌケな顔は副長。
 凡才とはいえ幾多の戦場を潜り抜けた男の顔とは思えんぞ。

「前方の騎士団には、数を頼りに銃弾の盾になってもらう。銃身が加熱した隙を突いて俺様達が突っ込む」

 とにかく数では勝ってるんだ。
 弾幕を怖れて待機している騎士達全員で総攻撃をかけ乱戦に持ち込めば、精鋭揃いのヴァルファにも対抗できるはず。そうして時間を稼ぐことができれば、陽動作戦に釣られた分隊も戻ってくる。
 そうなればこちらの勝利は間違いない。問題は被害が出すぎること。
 騎士団存続第一の司令部は、その命令を出せない。
 だから司令部の代わりに俺が命令を下す。

「ムチャ言いますね!」
「前線の指揮官を適当に言い包めればそれでいいんだ。ヴォルフガリオ暗殺に成功したとか援軍が敵背後に来ているとか。口の回る奴を用意して変装させろ。あることないこと言いふらさせて、突撃に合理性を与えるんだ。とにかく煽って命令しろ」
「で、ですが! そもそも騎士団大隊に命令権を持つのは将軍だけです!」

 冷や汗を垂らしながら、副長がもっともらしい反論をする。
 ふふん。俺様にかかればそんなもの。

「こういう時のために、司令部から合言葉と実印は盗み取ってある」
「……。……。あー、その……」

 なんとも複雑そうな顔でしどろもどろになる副長。

「……いえ。細かいことは忘れることにします」

 うむ、懸命な判断だ。

 副長は気を引き締めた顔で敬礼をすると、伝令を呼び命令を伝えた。
 早馬で前線に向かう伝令達を見送りながら、副長がぽつりと呟く。

「今までもそうでしたが、今回は……。紛れも無い反逆ですよこれ」
「そーかもな」

 俺がドルファン軍に参加しているのはヴァルファを打ち破るためであって、ドルファン国や、ましてドルファン騎士団を守るためではない。
 だから俺は別に軍部に歯向かうことに抵抗は感じなかった。
 部下もそうだろう。そんなことを気にする奴は、とっくに逃げるか死ぬか追放だ。

「発覚すれば言い訳のしようもありませんね」
「証言を操作すればなんとでもなる。証拠は無いからな。念の為使った伝令は、もし生きていればだが、戦後国外逃亡させとけ」
「……はい。わかっています」


 騎士達の死体を足場とし、銃弾の雨を翻して俺様の部隊は突撃する。
 数百の兵士の行軍により巻き上がった凄まじい粉塵と、その粉塵の一粒一粒を照らす太陽の光を背後にして、俺は戦場を走り続けてきた。
 足を弛めることは許されない。一瞬の静止すらも致命傷となる。
 ヒュンヒュンと耳元を通過する流れ弾を、鋼鉄張りの盾で受け流しつつ、ひたすらに前進する。金属製とはいえ進入角度が悪ければ銃弾は盾を貫通する。

「切り込むぞ! 下僕供よ続けい! うわははははははは!」

 剣を上げ、命令を下す。背後は見ない。
 作戦は八割までは既に成功を収めている。
 真っ先に突撃した騎士達は、いい感じにヴァルファをかき乱した挙句自己崩壊してくれた。銃弾の雨にも怯まず突撃するその勇敢さには頭が下がる。相当な被害が出たようだが、まー好都合だ。それなりに冥福を祈っておこう。
 それに続いて切り込んだ俺様率いる傭兵部隊の活躍は著しい。
 先ほど上空から見たところ、相手陣形を俺様の部隊が蹂躙しようとしていた。
 現在は乱戦状態にあって部下の把握が難しいが、全員が相当に奥深くまで切り込んでいる筈だ。
 ――っと、左斜め後方!

「隊長、後ろ!」

 言われなくとも――!

「フン、うりゃ!」

 振り返らず剣を振るう。俺の剣は切りかかろうとした相手の剣を受け流しつつ、寸分の違いも無くヘルメットの視界穴に達し、そいつの目を切り裂いた。
 目があった辺りから血を流し激痛に悶えるその兵士を後続に任せ、俺様は更に突撃する。
 ――こういう乱戦の中にあってこそ、個々の力量で勝る俺様と、そして俺様自身の真価が発揮される。とにかく援軍が来るまで敵の指揮を乱れさせておけば良い。
 というわけで――

「死ね!」
 ドシュウッ!
「ぐはっ!」

 敵雑兵の一人を力任せに横薙ぎにして打ち捨て、更に突撃を続ける。
 その時、視界が開けた。十数メートルの空白、誰も居ない空間が俺と前方の敵部隊との間にある。
 部隊の切れ目か。第一陣を突破したな。
 前を見ると、新型銃で武装した小隊だった。
 銃は同士討ちを怖れて使えない筈。一気に叩き潰す!

「うりゃー! 続け殺せ突っ込め死ね…………ぬ!!」

 うなじがビンビンに痛い。全身が総毛立つ。全ての危機感知機構が俺に危険を告げた。
 本能のままそれに従い、体を捻って地面に投げ出す。

 シュゥン!
「ぐあっ!」
「うああああ!」

 一瞬後、風切音が頭上を交錯し通過していった。続いて不運な者達の悲鳴が背後から聞こえる。
 ちっ、乱戦の中で銃を撃つとは。同士討ちを覚悟で俺様を狙ってきたか?
 ヴァルファの中で、こんな真似をする気概を持つ奴と言えば……。

 考えを巡らせつつ手を付け立ち上がり、低姿勢のままジクザグに駆ける。
 土の匂いを嗅ぎながら敵の殺気を感知し、照準を合わさせず、前方の敵集団に接近していく。
 その間も銃弾はヒュンヒュンと音を立て耳元を通過していく。はん。こんなものに当たってたまる……

「……かあっ!」

 ほんの少しの差で、すぐそこに迫っていた銃弾を避ける。
 そして顔を上げる。もう敵銃隊はすぐそこだ。不遜にも俺様を狙いやがった狙撃主を、片っ端から殺――


「げっ、じじい!」
「……む」

 銃隊を指揮する大柄の男と目が合った瞬間、俺と奴の二人ともが同時に声を発する。
 戦場にあっても一際轟く渋い声の、目を細めている老爺。
 やけに豪華な鎧を纏い、冗談みたいな大きさの大鎌を持つそいつを俺は知っていた。
 キリング・ミーヒルビス。全欧最強を誇るヴァルファの頭脳にして副軍団長。
 武芸の腕も飛びぬけている。盲目という話もあるが絶対に嘘だ。盲目でどうして軍団指揮を執れるんだ。本を読んでいる所すら見たことがあるぞ。
 こいつがここにいるということは、あの銃隊は副軍団長が直々に統率していたということか。手強い訳だ。

「……相も変わらず恐ろしい勘をしていますね。十字砲火に在っても見事に避け続けている。どういう理屈なのかはわかりませぬが、どうやらあなたは銃弾では殺せないようです」

 そりゃ上から見れば、誰が俺を照準に合わせたかは丸わかりだからな。照準から着弾まで時間がある遠距離からの狙撃なら、俺の反射神経にかかれば対応することぐらい朝飯前である。

「実力だ、たわけ。それで世間話をしに来たのか貴様は」
「まさか」

 ミーヒルビスは無表情のまま一歩進み出ると、大鎌をゆっくりと一回転させ水平の構えで静止し、後方に控えるヴァルファ軍を一喝した。

「皆よ、手出しは無用。この者は私一人で片付ける故」

 その声に、赤い鎧の騎士達が一歩下がる。その動きには一糸の乱れも見受けられない。
 流石に八騎将直属の騎士達だ。

「はん。思い上がったな」

 多分無駄だろうが、スキが有ったら横槍入れてキリングの背中を刺せ、と後ろの大きく肩で息をしている副長に小声で指令をくだす。
 副長が小さく頷いたのを確認してから、俺は一歩前に進み出て、ミーヒルビスに剣を向けた。

「俺様を一人で相手できるとでも?」
「無論」

 感情を一糸も乱さずそう答え、ゆらりと灯篭の影のように鎌を揺らすミーヒルビス。
 ……。
 その口調に単純にムカついた。そして思い出した。
 俺はこいつのことが 最 悪 に嫌いだったことを。

 ……殺す。

「即、死ねじじい!」
「むうん!」

 感情に任せて突撃し剣を振るう――なんてことは、しない。
 なぜならそんなことをすれば、即座に死ぬからだ。俺が。
 牽制だけに留め、直後後方に跳躍する。

 ブウォン!

 開幕直後のひるめく一閃。寸分の違いも無く首を刈る軌道。
 それを紙一重で避けた俺は、更に後退する。
 ちっ。相変わらずだ。
 わけのわからない足裁きで間合いを詰め、理解不能な動きで鎌を横薙ぎに振るってくる――我ながらどういう表現だとは思うが、奴の戦闘スタイルはこれ以外に形容の仕様が無い――ヴァルファ副将、ミーヒルビス。
 やはり正攻法では勝ち目は薄い。
 今の一閃は挨拶代わりだろう。
 本気になったミーヒルビスの大鎌は、ヤケクソな刃速もさることながら軌道が全く読めないし予兆も読めない。最悪なことに間合いも読めない。勘で初撃を避けても、続く切り返しを避けることなど不可能である。
 だから決着は間違いなく一瞬で付く。
 俺が勝つには、虚を突いて常識を超えた速さで必殺の剣を繰り出し、一撃の下に葬り去るしかない。
 外せば終り。普通に考えれば分の悪い賭けだがそこはそれ、なあに俺様は天才だ。

 ぐっと腰を沈め、左手を地に付け、剣を地面と水平に添える。
 狙うは奴の首筋一つ。

「来ますか。……良いでしょう」

 そう言ってミーヒルビスはぐっと柄を握る手に力を込めた。
 うるせーよ馬鹿。殺す。ぜってー殺してやる。

「私の最高の技で葬りましょう」

 ミーヒルビスがドスの利いた暗い声で言う(戯言を)。
 飛び込めば間違いなく一閃が来る。
 ふん。望むところだ。タイミングぐらい小指一本で見切ってやる。

「――」
「――」

 静寂が場を覆う。ミーヒルビスの表情からはいつもの通り感情が読み取れない。
 その時、戦場に打ち下ろすような風が吹いた。

「ずありゃあっ!」

 それを合図に、気合の声と共に飛び込む。
 殺す。その思いだけを剣に乗せ、全てを捨てて地を蹴る。
 迫る。視界が狭まる。凄まじい勢いで奴の首筋に迫る。
 その時、左方から刃が飛来するのが見えた。ミーヒルビスの鎌だ。
 だが遅い。こちらが一瞬早い。
 勝てる。殺る。いやむしろ死ね!

 しかし。

「……ふむ」

 ――その、渾身の力を込めた、これしかないという一撃は――

「……甘い」

 すかっ

「…………なっ」

 ――空しく、空を切った。
 一瞬ミーヒルビスの体がブレたかと思うと、俺の剣は勢いを殺されミーヒルビスの右脇下に吸い込まれていた。
 如何なる現象が起こったのかわからない。しかし、その現象によって引き起こされる事態はわかる。
 それはつまり。左後方から悪魔の如き速度で飛来するカウンターの刃を避ける術がなくなった、ということだった。
 銀色の閃光が視界の一端を駆け抜けていく――

 ドガゴァッ!
「ぐっはああぁぁああアアアあぁぁ!」

 閃光は俺の腹に達するや否や、凄まじい物理的衝撃へと即座に変質した。
 何かが抉れた。痛みと衝撃で世界が激震し脳髄に火花が散った。
 吹っ飛ぶ。砂と鎧が火花を散らし、摩擦熱で露出した肌着が焼ける。

「……あ……ぐ……」

 次の瞬間、視界には雲ひとつ無い空があった。仰向けに倒れているようだ。背中の骨がギシギシときしむ。とんでもない激痛が神経を伝う。 
 痛みは水面の波紋のように瞬く間に全身に伝わり、俺の意識を刈り取っていく。
 手が動かない。考えが働かない。血の匂いしかしない。凄まじい耳鳴りが鼓膜を揺らす。どす黒いスクリーンが視界を覆っていく……。  まずい。
まずい。まずいまずいまずいまずい駄目だいかんこれでは……負ける……
 負ける……?

「…………ごほっ……」

 得たいの知れないぬめりが喉を通過していく。それと共に意識も遠くなっていく。
 ……馬鹿な……嘘だ……俺様が負ける…………だと……
 ………………何か……
間違…………








 ……薄れ行く意識の中、掌の内側からそうっと小さな光の球が出でたのが見えた。
 ……幻覚か……それにしては妙にはっきりと見える……それとも、夢か……。
 光球は次々と出でて、俺の体を包んでいく。意識の切れ端でそれを認識した。
 球が俺の眼の近くにふわふわと寄ってくる。近くで見るとその光球は数十、数百のきらきらと光る小さな星の雫の塊だった。
 一つ一つの星にゆっくりと目をやる。
 すると、目をやった星の中に荒い映像が、声と共に映し出された。

 港の埠頭、超美形顔の戦士が、チンピラをぶっ飛ばしている。
 そして現れた少女と何か話をし、別れ、港を歩いている。その姿が段々と遠のいていった。

 これは……これは俺だ。俺の姿が映っている……。
 ドルファン港でチンピラをアッパーでぶっ飛ばした時の俺の姿だ。
 なぜ、こんな……。

 光球がパチンと弾けて、俺の体に露散した。
 別の星に視線をやる。また俺の超絶美形顔が映っていた。
 星の中の"俺"は、笑みを浮かべると視線をこちらに向け声をかけてきた。

『うむ。許してつかわす』

 くそ、それは俺様の台詞だ、勝手に使うな……いや俺だったか。
 ドルファンにおける輝かしい栄光の日々が、星の光球という形をとって次々と俺を覆っていく。
 よくわからんが……これが……死の間際に見る記憶の波という奴か……。
 死……俺が……俺様が……死ぬ……?

 ――そう、思い始めてしまった時、きらめく星の一つから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
 とても力強く、説得力に溢れた言葉だ――

『俺様は無敵だ』


 ……。
 ……そうだ。
 …………その通りだ…………。
 例え行く手にどんな困難が待ち受けようと、その身とその心とその命が朽ち果てたとしても――

 ――その言葉だけは、真実の筈だった――!


 ――瞬間、命が逆流した。


「う゛お゛り゛ゃーーーーっっ!!」
「なっ!?」

 叫びを切欠に、立ち上がれ――!
 意識がぐるんと逆回りに一回転し、プロセスを無視して起動した。
 激痛とか骨折とか脱臼とか失血とかもうそういう障害の一切合財を忘れ、仰向けから跳ね起き直立し戦闘態勢を整える。
 視線はミーヒルビスの首だけを貫く。
 指は動く。手も動く。足も動く。心臓は血を送り出している。五感も健在。
 即ち俺様はまだ生きている。まだ負けていない。そうとも無敵の俺様が負けるものか!

「まだ生きておりますか。手応えはありましたが」

 驚きながらも構えるミーヒルビスと対峙し、今度こそ仕留めるべく足のバネを溜める。

 ――あの一撃。受けた際の間合いからすれば、即死では無くとも間違いなく戦闘不能。死に至る傷のはずだった。
 ――だが。体はまだ動く。なら俺が思っていたより一撃が浅かったか。
 ――あるいは単に、俺は俺自身の生命力を見くびっていたのか。

 どちらでも良い。今重要なのは俺がまだ生きていて、闘える状態にあるということだけだ。
 体の調子は非常に良い。今ならあの大鎌ごとき髪の毛一本で弾けそうだ、それはもう怒涛の如く!
 気分が高揚している。感情の全てが高ぶり、まるで生まれ変わったかのように全ての感覚が新鮮だ。

「……む」

 俺の気迫を感じ取ったのか。ミーヒルビスの口元が多少歪んだように見えた。

「どーした来ないか来ないならこっちから……ん?」

 そこまで言いかけて気付いた。左斜め前方、地平線の向こうからやってくる、ドルファンの旗を掲げた軍隊が。
 陽動に引っかかっていた別働隊だろう。ミーヒルビスの様子が変なのはアレのせいか。

「ここまでですか」

 ヴァルファ副将の決断は早い。
 ミーヒルビスはいつの間にか射程外に後退していた。
 構えを解き、片手を上げている。部下に退却を促しているようだ。

 左右に散会したヴァルファ部隊の援護射撃のもと、ヴァルファは退却の兆しを見せる。
 ミーヒルビス自身も、部下の連れた馬に飛び乗った。

「機会が在りましたら、また会いまみえましょう」

 最後に瞳の見えない目をこちらに向けそう言うと、ミーヒルビスは荒野の向こうへと退却していく。

 助かった……?
 いやいや違う逆だ。俺様に怖れをなして逃げやがったのだ!

「ご無事ですか、隊長!?」

 その時、背後から叫び声が聞こえてきた。
 振り向くと副長が剣を片手に俺に駆け寄ってきていた。
 ええい、何をしている。無駄な心配をしている暇が在ったらさっさと散会している部下に命令を下せ。

「何やってる、さっさと追うんだ! 奴をブチ殺……ぐ……」
「隊長! 無理をしないでください、すぐに治療します」

 再び襲ってきた痛みで視界が薄れた。
 くそっ……。

「ぐ……今日のところは……」

 引き分けにしといてやる。
 この言葉を口に出すのは、なんとなく不愉快だった。


 副長の肩を借り運ばれたテントでは、怪我人がベッドとも言えぬ布切れに数十人が伏せっていた。軍司令部付きの救護テントの一つだ。うめき声の中、軍医と助手達がせわしなく駆け回っている。
 中に漂う血と消毒薬が混じった匂いは、先の戦闘で負傷した騎士や傭兵達のものだ。
 その中には幾人か見知った顔も見受けられた。生きているだけまだ運のいい方だな。
 ……しかし、くそっ。まさか俺様がこんなとこに運ばれるハメになるとは。

「次はあんたか。さっさとこっちに来んか、どこをやられた?」

 テントに入ってきた俺を見とめ、軍医が指図する。

「黙れ藪医者。俺様は怪我など」
「そうか。それだけ憎まれ口を叩くなら、後回しにしていいんじゃな」
「うむ」

 そう言うと軍医はまた別の兵士の診察に戻っていった。
 不遜な物言いだがまあ許してやる。自分の体のことは自分が一番よくわかっている。これはそんなに深刻な傷ではない。
 鎧の留め金を外しながら腹をさすると、特に外傷はなく痛みもなかった。
 これなら……

「……ん?」

 ……外傷が無い? そんな、待てよ?
 そんなに軽症だっただろうか。なんか致命傷負って死に掛けた気がするんだが。
 しかし今現在の俺は大した怪我も無く、昔からある古傷以外は擦り傷ばかり。
 黄金の肉体美はその威容を保ったままだ。
 つまりあれは……

「夢ってことだな」

 そう結論付ける。
 うむ、夢に違いない。夢を現実と混同するとは、相当記憶が混乱しているな。
 だが一つだけ、忘れようにも忘れられないことがあった。
 俺様を仰向けに倒しやがったあの爺のムカつく顔である。
 つうかミーヒルビス。俺様を地に這い蹲らせた罪は万死に値する。
 殺す。ぜってぇ殺す。

「……むかむか……」
「よし、次じゃ。お前さん」
「ずえりゃあ!」
「ぬおっ!」

 ぬっとタイミング良く出てきた爺の顔に、思わずパンチをお見舞いする。
 うなる剛拳が顔面を捉え、衝撃でその爺は倒れた。

「あ」

 吹っ飛んだ物体を良く見ると軍医だった。眼を回していた。
 ……まあいいか。放っとこう。
 
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