登場人物紹介








 十月二十六日は、既に恒例となった感がある王女誕生日のパーティーが行われるめでたき日である。
 無論俺様も招待されてたりするわけだ。先々月の件を根に持っているのか、なんかあの女はゴネていたが一応は恩を忘れるような奴ではなかったということだな。
 というわけでタキシード姿で王城に向かっていた俺様なのだが、その途中で奇妙な人物を見かけた。何が奇妙って性格とその他諸々が奇妙な人物である。
 その名はサリシュアン。ライズ・ハイマーとも言う。
 サリシュアンは王城手前の巨木に背を付き、油断無く回りに視線を巡らしていた。しかし……なにかおかしい。
 サリシュアンはいつもの制服や私服姿ではなく、正装に身を包んでいた。大きな赤ガラスをボタンにあしらったスマートな上衣。スカートも高級感を漂わせており安物ではないと一目でわかるし、頭には黄色のリボンを付けている。どこぞの貴族の令嬢だと紹介されても、その正体さえ知らなければ納得できる外見だ。
 あれではまるで――招待客のようではないか。ヴァルファの将軍を王女が招待? 面白い冗談だ。

「よー」
「……」

 奇妙に思って声をかけると、いつものように返事はない。
 もはや無礼とかそんな表現を通り越している。

「何やってんだ、こんなとこでこんな格好で」
「……関係ないでしょう。あなたこそそんな格好で」
「俺様は招待客だ」

 ぴらぴらと王女の署名がされた招待状を見せびらかす。ふふん、貴様と違って俺はコネに事欠かんからな。
 それを見るとサリシュアンは一瞬驚いた風に目を見開いた。

「……それは」
「はっはっは、どうだ驚いたか。なんなら貴様を同伴者にしてやってもいいがな俺様の威光の元に」

 コネを誇る意味でも、そんな言葉を口に出してみる。
 サリシュアンは俺の言葉に何事か考え込む仕草を見せたが、すぐに顔を上げると迷い無く言った。

「……そうね。お願い」
「え゛」

 ……まさか本気に取るとは思わなかった。

「嫌ならいいわ」
「いや、別にいいけど」

 恨みがあるわけでもない。予定していた同伴者は現れないし。

「じゃ、行きましょう」

 やけに急ぐサリシュアンの後を追い、俺は王城へと歩き出した。
 ま、いいか。こんな奴でも見た目は女だ。カモフラージュにはなるかもしれない。
 ……待てよ。向こうもそう思ったのか? だとしたら目的はなんだろう。


「これからは別行動にしましょう」

 招待状のチェックを終えると、サリシュアンはいきなりそんなことを言い出した。

「なにゆえ」
「じゃあ」

 完璧に俺の言葉を無視して去っていく。なんて奴だ。
 王宮の潜入調査でもするつもりだったのだろうか?
 爺に似てか、あいつはたいてい無表情なので意図を読み取りにくい。
 ま、今更ヴァルファの将軍が何をしたって悪あがきにしかならないだろう。気にすることもないか。

 広間に着くと、既にパーティーは始まっていた。例年代わり映えのない催しのようで、招待者にも大差はない。つまりパーティー中にできることは飯を食うか城の中を探索するぐらいだ。ま、それは後でいいか。
 広間の中央に目をやると、一人の女性を中心に人々が談笑していた。その中心の人物は、言わずと知れたプリシラ・ドルファンその人である。予算をケチっているのかそのドレスは去年のものと変わらないようだ。
 プリシラは客達の祝福の言葉に対し、いちいち礼を返している。そういえば幾つになったんだったか。十八だったかな? 幽霊に驚いて気絶するようじゃまだまだガキだな。

「ん」
「あら」

 ひっきりなしに寄ってくる賓客と話し込んでいたプリシラが丁度一人になった時、俺とプリシラの目が合った。酒が入っているのか、その頬はほんのりと上気していた。
 プリシラはきょろきょろと辺りを見回して確認すると、俺に近寄って耳打ちをしてきた。

「今日はアンは?」
「いないな」

 そういえばここ一ヶ月ほど見ていない。去年、一昨年の行動からしてまたどこからともなく現れるかと思ったんだが、今年は特にそういうことはなかった。
 どこをほっつき歩いているんだか。

「ふーん……じゃいいわ。さよなら」
「何がだ。待たんか」
「待たない。あなたと話したら私の品位が下がっちゃうでしょ」

 言い終わるとプリシラはさっさと早足で俺の前から去り、近寄ってきていた別の集団との談笑に加わった。
 取り付く島もない。八月の件を少し根に持っているのかもしれないな。

 あらかたの料理が平らげられた頃になっても、プリシラの元を訪れる賓客達は絶えなかった。その客層はバラエティの富んでおり、貴族、少女、騎士、国王、老婆、老人と何でもありだ。流石に王女である。
 それをワインを飲みながら見ていると、ひとり見覚えのある服装の奴がプリシラに近寄っていった。あれは……サリシュアン?

「……あら。何か?」

 気になって俺も近寄っていく。プリシラもサリシュアンも、特に俺に気付いた様子はないようだ。
 サリシュアンはプリシラにしずしずと近づくと、三つのグラスを乗せたトレイをうやうやしく差し出した。

「お飲み物はいかがでしょう、王女殿下」

 飲み物? ……なぜだ。何か、事件の予感がする。
 俺は脳をフル回転させ、あいつの行動の意味を考察してみた。

「あら、どなたか存じませんが気が利きますね。丁度喉が乾いたところです」

 サリシュアンはヴァルファの将軍である。そして、半年ぐらい前に自棄になるような何かがあったらしい。また、先の戦においてヴァルファ側が敗戦したので、相当焦っていると思われる。

「その赤ピュエリが美味しそうですね――」

 プリシラはこの国の王女である。以下略。
 さて、前者が後者に何をするかといえば……特に思い当たらない。
 何をするか、といのがまずいのか。何ができるか……飲み物? ……げっ!

「ようライズ!」

 慌てて駆け寄って、プリシラとサリシュアンの間に割り込む。ピュエリに伸ばされていたプリシラの腕が反射的に引っ込んだ。

「ッ!?」
「あ!」

 王女に向かって微笑を浮かべていたサリシュアンの表情に、動揺の色が見えた。
 プリシラも似たようなもので俺を見た途端苦そうな顔をしたが、それはこの際無視だ。
「……あなたの知り合いかしら?」

 衆人観衆の手前、言葉遣いに気を付けながら(しかし額に青筋を浮かべ)俺に問いかけてくるプリシラ。サリシュアンは無言でこちらを睨んだままだ。

「……」
「あー、えっと、そのだなー」

 どうする!? 思わず声をかけたものの、もし俺様の予想通りならこいつのしでかす愚行が俺様に飛び火する可能性が大だから、さっさと見捨てて無関係を装った方が――
 って既に名前を呼んでいる以上関わりを否定するのは無駄だー!
 だいたいサリシュアンをこのパーティーに呼び込んだのはなんとこの俺様だ! つまり最悪の場合俺は容疑者で共犯者だ!
 まさかいくらなんでもここまで大それたことをするとは思わなかった。
 くそっ、なんとか丸く収めねば。なんとか――

「うむ確かに知り合いだ……いや、でス。なあライズ」
「…………」

 サリシュアンはきっと俺を鋭く睨んだ。まるで邪魔するな、と言っているかのようだがそんなの知ったこっちゃねぇ。邪魔せねば俺様の立場と野望が危うい。
 やがてここで王女に不審に思われるのはまずいと思ったのか、同意の言葉を返す。

「……はい、そうです」
「ふーん。ま、いいわ」

 とプリシラが再度手を伸ばしたのは、正面の赤色のピュエリ。まずい、赤はプリシラの好きな色だ。それにさっきサリシュアンの口元が僅かににやっと吊り上っていた気がする。これに毒があるに違いない。
 どうする俺様が飲むか、それとも邪魔するか!?
 いやしかし毒見はごめんだ。そんなぐらいならこのままプリシラに飲ませたほうがマシだ。
 つまり邪魔するしかない。口先の奇術師の真髄を見やがれ!

「あーちょっと待った! 極秘情報だが、その赤ピュエリはさっき給仕の女がつまみ食いもとい飲みしてまずそうだったから白が超お勧めだ!」
「……!」
「え?」

 さっとサリシュアンの顔色が変わる。やはり赤ピュエリか。
 対してプリシラは俺の態度を不審に思ったのか、不思議そうにサリシュアンと俺の顔を交互に見る。
 それから表情を微笑に戻して、白ピュエリのグラスに手を伸ばした。
 ……なにか悟ったか?

「では、白を頂きましょうか」
「……」

 そしてプリシラは白ピュエリを取り、優雅にそれを口に運ぶような仕草を見せる。
 ふう。これで危機は去った。サリシュアンが燃えるような瞳で俺を睨んでいるのが何よりの証拠だ。
 しかしこれで済ませるつもりは無いぞ。俺様の手間を取らせたその報復をしてやる。

「では、俺は緑を頂くぞ。ライズは赤をどうだ」
「!!」

 サリシュアンの顔に再び、驚愕の表情が浮かぶ。
 ふふん飲めまい。こいつには適当な理由を付けてこの場を離れるしかできないのだ。
 格好悪いことこの上ない。これで俺様に逆らう気もなくなるだろう。

「……そうね」

 だが。サリシュアンはそれだけ口走ると、

「……っ」

 震える手で赤ピュエリのグラスを掴み、一気に呷った。

 ――止める暇もなかった。本当に飲んだのだ。毒入りと思しきピュエリを。
 瞬間、背中に戦慄が走る。こいつ俺様を事件の巻き添えにして心中する気か!?

「なかなか、美味、です――」

 無表情のまま、飲み終えた後にそれだけ喋るサリシュアン。言葉に問題はない。
 だがグラスをテーブルに置いた瞬間――その瞳の照準がブレた。膝がかくんと折れ、唇が小さく開く。
 やはり! やばい!

「ええ、わたしもそちら……きゃ!」

 倒れて人目を引く前に、サリシュアンを強引に引き寄せる。
 プリシラのお気楽な言葉は無視。貴族の評判が落ちるかもしれないがこの際どうでもいい。

「おおっとライズどうした急に倒れこんでなに気分が悪い? そうかでは姫様失礼こいつを休ませてきます故さらば!」

 そこまで一気に喋った俺様は、サリシュアンを腕に抱いた。
 呆然としているプリシラを置いてダッシュで大扉へと向かう。
 サリシュアンは突然の出来事に腕を動かして抵抗しようとしたが、すぐにその腕は力なくだらりと垂れた。無気力になった瞳を隠すかのように、瞼もゆっくりと閉じられていく。
 このバカ、本当に意地やあてつけで毒を飲むとは文字通り正気じゃねえ!
 死なせる前に事情を聞きださねば!


 適当な人気のない部屋のドアを蹴り開け、丁度よく配置してあったベッドにサリシュアンを寝かせる。どうやら来客用の控え室のようだ。
 そして首筋の頚動脈に手を当てる。手袋をしているので脈を取るには手首よりこっちの方が手っ取り早い。
 脈拍は通常より弱まっている様だ。しかしまだ動いている。
 一応こいつも腕利きの隠密なだけあって、毒物への耐性を得ている筈だ。しかしもし即死毒なんかだった場合、どこまで耐えられるか疑問である。王宮の医務室なんかに持ち込むわけにはいかないし。
 待てよ、解毒剤は持っているだろうか?
 ごそごそと身体チェックをする。サリシュアンの服を剥ぎ取りながら片っ端から手で抑えつけたりして、全身を弄る。
 意外に柔らかくふくよかな感触ばかりだったが、その中に硬質の感触があった。太もものあたりだ。スカートのボタンを外しズラしていくと、それらしき瓶はすぐに見つかった。
 スカートの内ポケットにガラス瓶が……二つ。色は赤と透明。
 ……。
 ま、透明の方が解毒剤なんだろうな。赤の方はなんか微妙に減ってるし。
 万一の事もあるが……。

「死んだら墓は立ててやろう。飲め」

 上体を起こさせ唇を手で開き、瓶の中身を飲ませる。量は少ない為流し込むのは簡単だった。
 そしてしばらくそのまま寝かせ、頃合を見計らって再び脈拍数を探る。
 どっくん、どっくんと心臓が順調に鳴っている。うむ、正常に戻ったようだ。命拾いしたな。

 窓から見える太陽は既に城壁上部に差し掛かっており、空はオレンジ色に染まっていた。俺はその陽光の下、サリシュアンが目覚めるまでの間、備え付けの椅子に座って事の次第を考えていた。
 ただの一将軍がここまで大それた覚悟を持つだろうか?
 そもそも何故この小娘がヴァルファの将軍を務めるまでになったのだ?
 今まで大した意味はないだろうと思いそれらの違和感は無視してきたが、一度こいつのことを本腰入れてじっくり調査しなければならないと俺は確信した。
 面白い事実が上がってくるかもしれない。

「……く……」
「気が付いたか」

 意外と早くサリシュアンの瞼が開いた。
 いかに耐性を持っているといえど、トリカブトなど即死毒であったならこうはいかないと思うのだが。重い障害が残ることも多々ある。だいたいトリカブトを初め即死毒に解毒剤はほとんどない。
 単なる麻痺毒だったのか? それも一時的な?
 混乱する俺をよそに、サリシュアンはベッドに手を付き立ち上がると、辺りを見て状況を把握したのか、スカートを引きずりながらゆっくりと歩み始めた。

「どこへ行く」
「…………帰……る……」
「その体でか? もう少し休んだ方がいいと思うが」
「……邪魔……よ……」

 まだふらつく足取りでサリシュアンはノブに手をかけ部屋を出て行こうとする。
 それを止めようとして、特に止める理由が無いことを思い出し、やめた。
 あの状態でまたプリシラ暗殺を試みるのは無理だろう。また動機を話す気になるとも思えない。恩を感じるような奴じゃないしな。
 しかし……なんだったっていうんだ一体。今更王女一人をどうこうしたところでヴァルファにとっては何の意味もあるまい。

「う……」
「苦しそうだな」
「……放って……おい……て……」

 サリシュアンはノブを手にしたまま、体が思うように動かないのか止まっていた。
 と、待てよ。そのまま出て行かせるのはやめた方がいいんじゃないか。俺様の世間体のために。

「あー、服は直していったほうがいいぞ」
「……? …………!!」

 視線を落とし自らのあられもない格好を目撃すると、サリシュアンはとっさに下着が露出した部分を手で隠し、弱弱しいながらも鋭い視線で俺を突き刺してきた。ちなみに露出面積が広いため下着は全然隠せておらず、薄紫色がはっきりと伺える。
 その頬とうなじは羞恥の色に染まっていた。まるで年頃の女みたいじゃないか。自己矛盾した奴だ。

「なんだその目は」
「……く……この……外道……!」

 勘違いはなはだしい。まったくなんだっていうんだ、こいつは。
 
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