登場人物紹介









 何度ノックをしても返事が無い。しかし用はある。ならば、無理にでも鍵を開けて中に入るしかない。これは道理である。たとえその部屋が年頃の女が住む部屋であろうとも、俺様の目的の前にプライバシーなど存在しない。
 というわけで鍵穴に針金を入れ動かすこと数分。がちゃりとドアが開いた。
 中を見ると、粗末だが頑丈そうな本棚、備え付けと思しきクローゼットとベッドと机、それに床を保護するためのカーペット。壁にはシンプルなカレンダーだけが吊られている。ぱっと目に付くものはそれだけだ。
 殺風景な部屋だな。まるで部屋主の心を象徴しているかのようだ。
 本棚の中身に目を移すと、意味不明な哲学書や地図などの実用書ばかり。教科書の類は片隅に一まとめにされており、娯楽書のたぐいはつまらん詩集ぐらいしかない。まったく、こんなことだからユーモアセンスに欠けているのだ奴は。

「ま、これなら時間はかからんな。よし」

 気合を入れてから、俺は作業に取り掛かる。部屋を片っ端から目に付くままに漁るのだ。
 タンス。タンスの引き出し。机。クローゼット。カーペットの裏。手紙の束。ゴミ箱。屋根裏。小物入れ。手袋。カバン。コート。制服。スカート。窓枠。洗濯物。本棚。クローゼットの裏。タンスの裏。本棚の下。引き出しの裏。扉。窓ガラス。布団。スリッパ。靴。天井――


「……ちっ」

 捜索を始めてから一時間と数十分が経過した。どこを調べても、手がかりは全く無い。手紙にはそれなりに興味深い事項が書かれていたが、俺の求めるものとは関連がなく、つまりはまったくの無駄だった。やはり本人を問いただすしかないようだ。

 俺はこの場を諦め、部屋を出て元通り鍵をかけ寮を出た。
 ちなみに部屋は引き出しが散乱しているわ制服は散らばるわゴミ箱はひっくり返されてるわ天井は引っぺがされるわの酷い有様だが、特に気にせず放っておくことにした。
 奴には後ろ暗いところが幾らでもあるのだ、被害届けなんかは出さないだろう。

 それにしても……

「だーっ、どこ行きやがった!」

 あの未熟者め、スパイの分際で留守とはどういうことだ。
 思わず寮を囲うレンガ造りの壁にドカドカと蹴りを入れる。

「ちょっと、うるさいんだけ……ん?」
「む」

 苛つきが混じった声を聞き、俺は振り返った。俺様のストレス解消行為におろかにも口出ししてきた女を確認する。
 寮の門から入ってきたその少女の外見は、髪はブラウンのショートカット、学園の制服を着ていてスカートからはすらっとしたしなやかな足が伸びている。童顔で表情からは気の強さが良く感じられる。
 ――なんか、どこかで見たことがあるような。
 何かを感じ取ったのか、少女も俺の美形顔を見ると、首をひねっている。

「んー……どこかで会ったっけ?」

 それはこっちの台詞だ。

「ま、誰でもいいや。それよりこんなとこで何してんのさ、ここは女子寮だぞ」

 どうやら深く考えるのが苦手な女らしい。
 だがまあ、服からしてここの学生なのは間違いない。一応、無駄だろうがあのバカの所在を聞いてみるか。

「おい貴様。ライズ・ハイマーが何処にいるか知らないか」
「ん、ライズさん? ここ数日学校も休んでどこかに、って部外者にそんなこと教えらんないよ」

 既に口に出しているだろーが。しかしその内容に俺を失望する。
 あの不肖の弟子め、やはりいないのか。普段から役に立たんが、肝心な時には尚更役立たずな奴だ。

「ちっ、また時間を食ってしまった」
「なんだよ一体、変な――奴――あーっ!」

 言葉の途中ですっとんきょうな声を出す。
 少女を無視して帰ろうとしていた俺は、何事かと思い振り返った。

「思い出した! 学園に入ったころにぶつかった!」
「ん? なんだと?」
「あの変なゴリラ紳士だろ、キミ!」

 少女が並べた奇妙な単語に覚えがあるかどうか、一応記憶を探ってみる。
 んー。
 記憶に無い。ただの妄想狂か、もしくは濡れ衣だな。

「記憶にない。じゃあな」
「あ、ま、待てよ!」

 どうでもいいことをほざき続ける女を放っておいて、寮の敷地を早足で出た。
 のんびりしている場合ではないのだ。

「待てー!」

 ――ん、どうやら追ってきているようだ。うっとおしいなあ。
 適当なところで路地裏に入って振り切ることにしよう。暇なら相手をしてやってもいいんだが、今日は生憎ドルファンに来て一番忙しい日になるだろうから。

 …………

 「はあっ、はあっ、はあ……やっと、目的地に着いたか」

 ――少女を振り切るのに、思いのほか時間をかけてしまった。ガキの割に意外と足が速い。地区を一周する羽目になったじゃねーか。いつか復讐してやる。

 さてそれはともかく、演劇団の稽古場の入り口に俺は来ていた。
 第二の有力な手がかりであるソフィアを捕まえるためだ。
 入り口で張っていると、すぐにソフィアを見つけることができた。そういう時間帯を選んで来たからだが……。
 ソフィアは俺の顔を見ると嫌そうな顔をしたが、彼女の名前を出すとすぐに表情を真剣なものに変えた。

「そうですか、あなたのところにも……」
「なに?」
「最後に見たのは、九月の半ばぐらいです。その時はなんだか元気が無さそうでした。それからずっと会ってません」

 九月の半ば……というと、ちょうど俺が行軍から帰ってきた頃のことか。

「まさかまた、なにかひどいことをしたんじゃないですよね?」
「たわけ。それと、『また』とはなんだ」
「……ならいいですけど」

 なんて失礼な奴だ。最近ちょっと稽古の調子が良いからといって生意気なことこの上ない。
 ソフィアは疑わしげに俺をじろじろ見ていたが、やがて諦めたように目を瞑ってため息をつくと、真っ直ぐに俺を見上げて言った。

「私には、あなたはどうしようもない人に見えます。……でも、そうは思わない人もいるんです。……だから……」

 ソフィアはそこで声を切ると、はっきりとした声で続きを言った。

「あなたを信じる人を失望させるようなことは、絶対にしないでください。もしそんなことになったら、私は一生あなたを許しません」

 ソフィアはそれだけ言うと、俺に背を向けて去っていった。その力強い歩みからは女優見習いとしての成長具合が読み取れた気がしたが、多分気のせいだろう。

 ……だいたい、許さんからどーだというのだ。


 とりあえず思い当たる限りでは、最後から二番目に残った手がかりがここだった。正確に言えばサリシュアンもまだ残っているので三番目となるのだが、なにせ行き先の検討がつかない。神出鬼没で情緒不安定な奴を捕まえるには時間が必要だ。

 ――明日じゃ遅いんだ。

 唐突に、そういう気分になった。
 まあ二日も三日も俺様の手をかけさせるなど、許せんことだからな。意識下が既に許容限界に近づきそういう気分になっていたとしてもまったく不思議ではない。

「たーのもー」

 というわけで、日が山の頂上に差し掛かった頃、俺は豪華絢爛な調度品で満載の部屋に来ていた。昼寝&工作活動の時間を割いてまでこんな手間をかけなければならんとは、まったくもって不愉快だ。
 ちなみに時間が無いので特に隠密というわけではなく、正面からふつーに扉を開けた。最近俺の名前は方々に知れ渡っているので、衛兵が来てもなんとか言い訳はできるだろう。
 部屋には片隅の椅子に座って何かを飲んでいる女が居た。ていうかプリシラがいた。当然だ、ここは奴の部屋なのだから。
 プリシラは俺を見るや否やカップをがたんと置き、カップの中央を見つめてこぶしを震わせながら、大きく息を吸っては吐く。呼吸を整えるよう努力しているようだ。
 その様はさながら決闘に挑む直前の気持ちが高ぶった剣闘士だ。なにやってんだあいつは。
 十分な時間の後、プリシラは俺を睨んで立ち上がった。

「さっさと用件を言いなさい」
「話が早いな」
「一刻も早く帰ってもらうには、これが最善の手だって気付いたのよ」

 憎まれ口を叩くプリシラに多少の怒りを覚えながらも、用件を告げる。
 するとプリシラは感心した風で、

「あなたにも少しは人間らしい部分があった、ということかしら」
「……」

 などと抜かしやがった。ソフィアもそうだったが、やけにイラつく言動をする。
 おまけにその後に続いた言葉も役立たずなことこの上なかった。「最近見てないわ」だと? あーまったく不愉快だ。
 そのまま立ち去るのも何かに負けたようで悔しいので、最後に一つ、指摘しておくことにした。

「プリシラ」
「なによ。用が済んだならさっさと帰ってよね」
「口元にミルクが付いてるぞ。バカ丸出しだ」
「…………死ね!」

 怒声と共に放り投げられたコースターを軽くよけて、部屋を後にする。
 こんなことをしている場合ではないのだ。なぜかは知らんが大した理由も無く俺は確信していた。


「これで終り、か」

 最後に彼女がバイトしていた薬局を回って、俺はまた壁にケリを入れた。
 通りすがりの目撃者が身を縮みこませていたかもしれないが、そんな奴らは視界には入っても俺の思考には入り込まない。
 店主は何も知らなかった。彼女が一言断りを入れてそれ以降来なくなった時期は、ソフィアが『様子が変だ』と言っていた時期と変わらない。つまり、何も新情報は無い。手がかりは尽きた。

 ――それでも。早く、早く見つけないと。


 時間は既に夕刻をとっくに過ぎている。
 夜の冷たい風を背中に受けながら、俺は本当に最後の最後の手がかりを求め、ここに来た。
 ここも駄目なら……最後の最後の最後の手がかりを求めるだけだ。既に決定済みである。

 目の前の建物には人気が無かった。ただ見た目だけではなく、生活感が欠如している。辺りにゴミが散乱しているというわけではなく、住宅街の幽霊屋敷のようにひっそりとしている。
 何を隠そう、ここは俺の住む傭兵宿舎だ。度重なる傭兵契約の破棄によって、この建物の住民数はいまや満員時の二割にも満たない。まあ住むには快適なんだが。

 俺は玄関に回り、最後の手がかりを求めた。

「……む」

 木製のポストの鍵を開けると、ぱさりと何かが舞い落ちた。むき出しにされた黄色い四辺形の紙。
 その麦色の粗末な用紙にはたった二行の文字列が、黒インクで書かれていた。
 拾い上げて呼んでみると、それは簡潔な手紙だった。他に類を見ないぐらい簡潔だ。なにせ差出人の名前が書かれていない。用件もだ。場所の指定も曖昧。
 だが名前なんて必要なかった。なぜならこのポストは俺の部屋の投函窓口で、そしてこんな手紙を出す奴は、たった一人しかいないからだ。
 同時に場所も迷う必要がなかった。俺にとって、指定された場所はとたった一箇所しかないのだ。
 だからこの手紙は必要にして十分な、俺が今日求め続けてきた手がかりなのだ。

 ――手紙にはこう書かれていた。


 日の沈む頃
 浜辺にて貴方を待っています
 

 
return to index
感想・連絡・苦情その他ありましたら掲示板または下記フォームにお寄せください。
執筆意欲になります。あと作者が泣いて喜びます。返信不要の場合、末尾に『/返信不要』とお付けください。