登場人物紹介
「うおおおおぉぉぉぉ!!」
目の前にいる大男が、汚い声を張り上げながら斧を振り上げる。
ピッ
それが振り下ろされる前に剣を引き、閃光のように刺す。兜の隙間、眉間をまっすぐ一突き。脳を貫く感触が剣を通して伝わってくる。男の斧が振り下ろされることはなかった。
剣を軽く振って肉塊をそのまま打ち捨て、回りをぐるりと見渡す。軍の衝突が起こる前は枯草と岩の荒野だった大地が、今は一面見渡す限り、死体と赤黒く染まった土。俺の小隊が辿ってきた軌跡にあるものを除いて、その死体のほとんどは味方のものだった。地面を彩るのは折れ曲がった武器、突き刺さった矢。それらを踏みしめて、距離を詰めてくる集団が嫌でも目に入る。視界の300度を真っ赤に染める重装甲を纏った敵、敵、敵。ヴァルファだ。矢が尽きたのか、あるいは矢を消費する必要すら無いと思ったのか、赤い包囲網はじりじりとこちらとの間合いを詰めてきている。
後ろを見ると、二百人はいたこの傭兵団第一中隊も、この場に残っているのはわずかに十、中隊長が直接率いる第一小隊のメンバーだけ。後は早々に死んだか、逃げたか、降伏したか。全滅に近い状態。いやむしろ全滅そのものだ。
「捨て駒か〜」
リンダの言ったことは全く持って正確であった。傭兵部隊が敵の正面突破を受け止め、時間を稼いでいる間に騎士団第三大隊が無防備な敵の側面を突く――はずが、作戦は完璧に読まれ、騎士団は側面を突く前に、その更に後ろを突いてきた敵別働隊に壊滅させられたらしい。いつまでたっても援軍は来ず、傭兵部隊は敵本体に囲まれてしまう。激戦の後、残ったのは既に俺達だけのようだ。本体まで捨て駒にしてどうするよ無能爆砕指揮官め。
「絶望的だな。騎士団は既にほぼ退却を完了したらしい」
いつのまにか隣に立っていた緑髪の男がぼそっと話す。教官兼中隊指揮官、ヤングだ。一応ドルファンでも三本の指に入る戦士(トップはもちろん俺である)というだけあって、混乱にまみれ生き死にの極みにあった先の戦闘を経てもまだ生き残っていたらしい。
「どーすんだヤング、ここから全員生きて帰るのは相当難しいという気がしないでもないぞ」
「死中に、活を見出す」
「回りくどく言うな。具体的に」
「……。ヴァルファの規律と士気は、八人の指揮官の個人的武勇によって保たれている。指揮官さえ倒せば、この状態からでも生還は可能だ」
「無茶苦茶言うなっつーの」
並み居る装甲歩兵と親衛隊を速攻で斬り捨て敵陣をぶち抜き、指揮官を倒し更にそこから追いすがる敵を振りきって戦場を離脱する。指揮官を倒すまでは俺になら可能かもしれないが、そこから離脱するというのはほんの少し難しい気がする。
「一騎討ちなら可能だ」
「……アホか。どこの馬鹿が30分の1の敵に対してそんなわけのわからんことを……」
その時、敵の集団から一際長い槍を持ったツンツン頭が進み出てきた。それに従って進み出ようとする装甲歩兵達を手で制し、一人でこちらに向かって歩いてくる。そして、槍を大きく構え、叫んだ。
「我が名は疾風のネクセラリア! この槍に挑まんとする者は、いないのか!」
「…………馬鹿だ」
馬鹿だ。大馬鹿がいる。
「それが、騎士と言うものだ」
なぜだか感慨深く言って、ヤングは一歩進み出た。っておい待て。お前が戦う気かよ。俺の方が十億倍強いだろうが、俺にやらせろ、だいたいお前ら騎士じゃないだろ何考えてんだこのファッキン……などと浴びせる言葉を考えているうちに、既にヤングは敵指揮官のすぐ手前、あと一歩進めば槍が届きそうな地点まで進み出てしまっていた。
「ネクセラリア! このオレが相手をしよう!!」
「ヤング・マジョラム大尉か……。ハンガリアの狼が、今や一部隊長とはな」
知り合いかよ。そうならそうと先に言えっつーの。何かの役には立つかもしれないってのに。
「面白い……。ハンガリア時代の決着を、今日ここで――つけてやる!!」
キンッッ!
二人は剣と槍の穂先を合わせた後、すぐに真後ろに飛び、距離を取った。そして身構える。先に動いたのは――ネクセラリアだ。
鎧と同じく赤に塗られた長槍が、残像を残して赤い火花のようにヤングに襲い掛かる。それを剣で反らし、鎧ではじき何とか間合いを詰めようとするヤング。充分に力の乗った鋼の切っ先。それがまともに当たれば、その時点でほぼ勝敗は決してしまうだろう。そうはさせじと、ヤングはひたすらかわし続け、にじりよる。
致命傷を与えられないことにイラついたのか、ネクセラリアがこれまでより槍を大きく引いた。その瞬間、それまでじりじりとすり足でのみ移動してたヤングが突如、動いた。それも凄まじい速さで。
「でええぇぇい!」
常人ならほとんど反応できないほどの速さで地を蹴り、右足で大きく踏み込んで間合いに入り、袈裟懸けに斬る。反応する暇もなかったのか、槍は突き出てこない。ネクセラリアの着る紅の鎧の、胸から腹までの部分にかけてが薄紙のように切り裂かれ、血がそこに滲み出てくるのが確認できた。だが――
「浅い!」
「くっ!」
剣は皮をうっすらと斬り裂いただけだ。ネクセラリアの足下を見ると、靴の跡が前方に倍ほども広がっていた。大きく槍を引いた際、僅かに体全体を引いていたのだろう。
それがそのまま勝負の差になった。槍を突き出さないのは反応できなかったためではなかった。ヤングの振り下ろした剣が返るより数瞬早く、槍の雨が襲い掛かる。
「これで終わりだッ!」
ネクセラリアの叫び声が聞こえる。同時に見えたものは、音を立てて高速で迫る質量を伴った赤い閃光。それは数秒の間にヤングの足を、胸当てを、小手を砕き、肉体までもを貫いた。
「ぐおおぉぉぉ!」
鎧の隙間から血を吹き出し、ヤングは膝をついた。負け……だ。普通ならそう考える。だが、今ここに俺がいる以上敗北などあってはならんことなのだと世界の法則で決まっている。というわけで、何か方策を考えねばならん。さてどうするか。
「ヤングよ……」
ネクセラリアは血を滴らせる槍を引き、構えを解いた。自分の技を受けヤングが蹲った様を、僅かに振り返って確かめ、目を瞑る。
ん……ということはつまり――チャンスだ!
ドンッ!
「……冥土で会お がはっ!」
ガッギィィィィィィィィン!!
俺は剣を右手に構え、鉄靴の跡が陥没し衝撃で土煙が舞い上がるほどに荒野を蹴った。ほとんど這うような前傾姿勢のまま一跳びで10メートルを超える距離を詰め、戦場で故意に目を瞑るという愚行を犯した馬鹿の急所に完璧な突きを浴びせた。金属音。次いでざぶ、という肉を切り裂く鈍い音。刃が鎧をぶち抜き心の臓を突き刺す感触が手に伝わってきた。間違い無く即死級の手応えだ。
赤黒い血を浴びて濡れそぼった剣を引き抜く。と同時に、馬鹿はゆっくりと後ろに倒れた。未だ何が起こったのか認識していないような様子で、痙攣する左手を胸に空く風穴にかざした。
「ば……か…な……」
それだけ言って、馬鹿は目を開けたまま、生きることをやめた。大勝利だ。
「そ、そんな!」
「ネクセラリア様!」
俺は悲鳴を上げる敵敗残兵(今そうなった)を無視して、傍で地面に膝をついているヤングに近づいた。肩当をつま先で小突き、この上なく優しく声をかける。
「おいヤング。帰るぞ。さっさと立て」
「ふ……どう……やら……無理の……よう……だ……」
なに、根性の無い奴め。どれほどの状態か目をこらしてよく観察してみた。……剣を支えに何とか倒れることを拒否し続けているが、柄を握る手はがくがくと震え足は反応を示さず、立ち上がることは無理を3乗したぐらいに無茶なことのようだった。血が腕から震える拳を伝い剣を通して地面に吸収されていく様子が、太陽に照らされて妙にはっきりと見えた。
「かはっ!」
流れ続ける血で滑ったのか、握った手が剣を捕らえ続けることをやめ、ヤングは前のめりに倒れた。全身の力を振り絞るようにして身体を動かし、仰向けになる。それで全て分かった。砕かれた鎧の隙間からは、素の筋肉はおろか傷ついた内臓の影すら伺えた。……これはもう、どうやっても助からんな。
「そーか。まあ俺と下僕達は生きて帰るから安心して死んでろ」
「ふ……あ……あ……だが…………その前に……頼む……クレ……ア………に…………」
「ヤング?」
「………ぐ」
その続きを聞くことはできなかった。喉から出たモノは意思を伝える声ではなく、死を意味する血の塊だった。粘着質の物体が喉を通る聞くに耐え難い音と共にそれは吐き出され、その反動のようにヤングの顔ががくりと落ち、まぶたがゆっくりと閉じられた。
ヤング・マジョラムは、死んだ。
「……ふん」
騎士道、か。
戦場は沈黙したままだった。敵は命令系統すらしっかりしていないのか、それとも指揮官が倒されたと言う状況を想定すらしていなかったのか、誰も号令を出そうとする者が見当たらず混乱しているだけだ。といっても、こっちも二人を除いて放心したままのようなので良い勝負だが。
もうここには用は無い。俺は地に刺さったままのヤングの剣を左手で引き抜き、高く掲げた。天頂を遠く過ぎ去った日輪がそれに映し出され、血に染まった刀身は雲を染めるかのごとく赤くきらめいた。それをわざと音を立てるようにして、敵に向かって振り下ろし、後方でぼーっとしたような表情をしている愚かなる下僕9名に、世界一威厳の篭った美声で号令をかけた。
「全員、帰るぞ! 突撃!」
叫んで、両手の剣を敵に向け構える。敵陣の混乱を収めるためか、前方から一人の男が一歩前進してきていた。俺は二歩目を踏ませる前に地を蹴り、着地の寸前に双剣を風も切り裂くかの勢いで薙いだ。前進した男を含め、前列に陣取る六人が、それを受け倒れた。
集団がまとめてのけぞる。奴らの分厚いヘルメットの裏側には、驚愕の表情が隠されていることだろう。だがそんなことはもうどうでもいい。怖気づいた敵兵を、鉄兜ごと叩き斬り、隙間を突き、蹴り飛ばす。その最中、ちらと後ろを見る。9人の下僕共は、必死の形相で俺の切り開いた道を辿って来ていた。
日が地平線に消えようとする前に、高くそびえる赤い壁が見えた。後ろを見渡す。夕焼け空の下に敵はもう見えない。生還者は10名、つまり全員。幾本もの矢が各々の鎧に突き刺さり(俺除く)、中には片手がほとんど宙ぶらりんの状態になってるような奴もいるが(もちろん俺除く)、絶望的状況から全員生還だ。戦場の常識から言えば奇跡としか言いようが無いだろう。もちろん俺の鬼神のごとき活躍があってこそであるが、下僕達もそこそこ恥ずかしくない程度には働いたと言ってやらないこともない。
門を通りすぎる際、警備をしている衛兵は皆信じられないものを見ている様な顔をしていた。出撃した傭兵部隊が全滅したと言う報が速攻で逃げ出した騎士団から伝わっていたらしい。どうでもいいことだが。
そして、城に直行。
「なっ、お前達……まさか、あの状況から戻ってくるとは……」
ケガ人の搬送や伝令でごったがえする大広間で、俺はようやく目的の人物を見つけることができた。診療所の入り口前で、俺の方に向き目をかっと見開いて硬直しているのはメッセニ中佐。肩書きは外人傭兵部隊幕僚隊責任者……要するに俺の上司の上司だ。
「いい加減うっとおしいぞ。用が無いんならとっとと帰らせろ」
「う、うむ…………だが、その前に確認をせねばならん」
「速くしろよ」
「……。ネクセラリアを貴様が倒したと言うのは、本当か?」
「うむ。俺の宇宙的に美しい一撃で奴は地面に突っ伏し間違い無く死亡したぞ」
「まさか……あの疾風と呼ばれた男が、貴様などに……」
不審そうな顔をするメッセニ。カツカツと軍靴と大理石が衝突する耳障りな音を立てて周辺を歩き回りながら、アゴに手をやり、額にシワをよせ考え込む。まったく、こいつはどうにも俺の言うことを信用していないようだ。
「ふふん、俺は天才だからな」
「ヤングならともかく、お前が……。おい、そこのお前ら、それは本当か? いずれはダナンからの情報も入ってくる。その時、ネクセラリアを倒した、というこいつの言い分が真実ではないと判明するようなことがあったら、お前達も虚偽申告罪で軍法会議にかけられることになるぞ」
ヒゲをつまんで整えながら、俺の後方で待機していた7人の傭兵連中を詰問する。傷の深い二人はすぐに病院へと送られたが、こいつらは何故かここまで付いて来たのだ。メッセニの台詞は、脅しというよりもそうであってほしい、という願望のようなものが潜んでいるように聞こえた。
「――はい、中佐。全て彼の言う通りです」
下僕共の先頭に立つ銀髪の男が、表情を変えずに答える。当たり前だ。俺は事実しか報告しとらん。
だがそれを聞いたメッセニは、心底驚いたように動きを止め、一人で考え込み始めた。
「むむむ、まさか……な…………」
なんだこいつは。そこまで驚くようなことではあるまいに。まあいい。報告は済んだのだ。とっとと帰って寝よう。なんせ疲れた。200人ぐらいの額を突き、100人ぐらいを薙ぎ払った気がする。正直もう右手を上げるだけでもほんのちょっとだけだが全身の力を総動員しなければならなくなっている。ん、……まあ、そのようなものだ。俺は一人で考えをこねくり回しているメッセニを放っておくことにし、城門へと歩き出した。
と、その瞬間、後ろから声がかかる。
「おい待て」
「なんだ中佐。いい加減帰って寝たいんだが」
「…………………………よく、やった」
長い沈黙の後、メッセニはぽつり、と俺以外には聞こえないような声を一言だけ漏らし、きびすを返してカツカツと規則正しい足音を立てながら広間中央の大階段へと去って行った。
……なんだ。ただのねぎらいの言葉か。つまらん。
帰り道――
一人の少女が、浜辺を見渡せる海岸沿いの小さな公園の中で、ぽつんと寂しげにベンチで顔を伏せていた。何か面白いことでもあるかと思い、近付く。
あと3歩のところまで来た所で、彼女は俺に気付いたらしく、こちらに振り向いた。と同時に固まった。その顔には多少見覚えがあった。
「……………」
普段と比べ光が薄くなったような印象を抱かせる瞳が、俺を捉えた。だが表情に変化は無い。
「どうしたアン。なんか面白いことでもあったか」
「………あ………!」
「うむなるほど、俺の素晴らしい偉業の数々が聞きたくて待ち伏せてのわっ!」
ぐわしっ
「う、ううっ…………」
アンは硬直がとけたかと思うと、すぐさま駆け寄り抱き着いてきた。そして一気に泣き出した。なぜに?
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