登場人物紹介
「……何もないなー」
こつん、とその辺のこけまみれの石を蹴りながら呟いてみる。やはり何の策も浮かばなかった。目の前にはまだ潮風も豪雨の暴力も知らない、磨き上げられた大理石の輝きを保つ墓石が佇んでいた。その上には教会の紋章、そして石に刻まれる文字『傭兵部隊第一中隊隊長ヤング・マジョラム少佐』。要するに俺の元上官で元隊長で元人間で今は墓の中……ではなかったか。死体は持って帰ってないしな。とにかくその墓前に、俺(と約一名)は来ていた。
「え、あの、お友達のお墓参りに来られたのでは……」
「誰が誰の友達だと?」
「ごっごめんなさいごめんなさい!」
もちろん友達などであろうはずもない。だいいち友達だろうが国王だろうがミトコンドリアだろうが妖精だろうが俺が墓参りなどという俺様歴史上最も縁遠い行為ベスト3に入る強豪を無駄に実行するわけがない。
「単に遺言でな、ええと『たのむ、クレアに……』だったか」
「……」
「その続きを聞く前にくたばってしまった――ということで、面白いことでも起きないかと来てみたんだが」
無駄足だったようだ。俺の予想では――
『ええいクレアめ、貴様何を考えてこの国を裏切る!』
『ヤング……貴様は犬だ! 国王の僕の使い走りのそのまた手下の犬に成り下がった!』
『なんだとこの*@=?」
『フッ、悔しくばこの私を倒してアルメダの雫を奪い取るが良い!』
〜時は流れ〜
『クレアぁ! 許さんぞ! 例え俺が冥府魔道に落ちようとも、必ず貴様も道連れにしてやる!』
『フッ、あいにくだが地獄に行くのはお前だけだ。まあ墓地までぐらいは付き合ってやってもよいがな、ハッハッハ!』
『くっ、覚えてろよ! 死が他人だけのものだと思うな!』
――となるはずだったんだが」
「……その……だいぶ無理があるような気がするような……」
「まあ、多少こじつけすぎたかもしれんが」
というか途中から何かが狂った。口から出るままだし。実際のところ、面白いことなんかそうそう起こるものではないか。嫌な世の中になったものだ。いずれ変えてやらねばならん。
「んでアンはどう思う」
「えっ?」
「あの続きは」
「は、はい……その……お、思うんですけど」
何か思い当たるフシでもあったのか、アンは控えめながらもはっきりとした口調で自分の考えを話しはじめた。
「クレアさん……その、たぶん家族かとても親しい人だと思うんですけど、その人に、何かを伝えてほしいとか、何かを渡して欲しいとか……えっと、そういうことを言いたかったのではないでしょうか」
「で、何かとは」
「す、すいません。そこまでは……」
「その何かがわからにゃ話にならんだろーが」
「そうですよね、ごめんなさい……」
消え入るように声を出し、しゅんとする。二人して首をひねる。うーむ、謎は暗礁に乗り上げた。というか最初から陸地しかなかったという気もするが。
と、アンが再び大人しめに声を出す。
「……あの、遺品とかはないんでしょうか?」
「そんな無駄なものを俺が持って帰る……ん」
待てよ。確か――
しゅらん
突如放たれた金属が擦る音に、驚いてこちらを見つめるアン。
「えっ!?」
「この剣」
「え?」
「だから、この剣だって」
思いっきり忘れてた。あの時ネクセラリアを倒した後、地面から引き抜いて、そのままずーっと持ってきてしまったようだ。
鞘に2本入ってた時点で気付けよ自分とは思うが……。どういう構造してるんだろうかこの支給品は。
「そ、それなら」
「…………あの……」
「ん?」
なぜか声が二重に聞こえた。振りかえると、そこにいるのはやはりアン……と、女がもう一人。手に花束を持ちケープを纏っている。なにそれだけかって? いいだろ、面倒なんだ。
「あの、貴方達は……?」
ケープの女性は、そういってアンと俺を交互に見つめた。
彼女の深海の純水のように暗く、しかし美しいまなざしに晒されれば、大抵の人間は自分の内面を曝け出してしまうだろう。そう感じさせるほどに、彼女の瞳は深い藍色をまゆばせていた。
以上虫談。俺じゃねぇ。
「あの……ひょっとすると、あなたがクレアさんですか?」
「はい、そうですが……」
「うむ、貴方がクレアか。ここで会ったが二十四年と三ヶ月と十四日目」
「?」
「君は天上の星々が集めた太陽の雫を未来の技術で固め上げたアレの所有者が奪い取る剣はいりますか?」
「…………?」
「…………?」
しまった。ちょっと頭と舌と記憶と宇宙意思が混線してしまったようだ。
「……意味がちょっとつかめないのですが……」
「ああ、ちょっとしたミスと混線だから気にしないように。クレアとやら、単刀直入に用件を言うとだな。この(ビシ)下に居ると思われてる男に頼まれごとをされたんだが、アン、続き頼む」
「ええっ!?」
なんか本格的に調子が悪いようだ。サポートオプションに任せよう。
「え、えと……その……えっと……」
「…………」
不審人物を見るような……というか実際そう思ってるかもしれんが(名乗ってないし)、顔を向けるクレアに、しどろもどろになるアン。どうにも人の敵意に弱いなこの子は。特訓が必要かもしれない。
それでも何とか情報の整理を済ませられたのか、アンは俺から剣を受け取り、それをしずしずとクレアに差し出しながら話し出した。
「あ、あの……これは、ヤングさんの剣だそうです……」
単純だった。
「……あの人の……?」
クレアは抱えていた花束を取り落として、その影に隠れていた手を伸ばし、剣を受け取った。アンの方に出した両の腕はこころなしか震えているように見えた。鞘も不在の抜き身の刀身と手垢にまみれた柄を、ゆっくりと両手の平に受け入れ、視線を落としそれをじっと見つめる。
「は、はい……その……」
「…………これは………確かに………」
「あの、戦場で……その、ヤングさんは……えっと……」
「…………」
「あ、ご、ごめんなさい! え、ええと……その、とにかくお悔やみを……」
「…………」
「アン、もういいぞ。全く耳に入ってない」
「あ……」
「…………」
クレアは黙って自分の世界に浸っていた。内面でどんな思いが交錯しているのかは知る由も無いし、あんまり興味も無い。
「行くぞ、アン」
「……は……はい……」
今度こそ帰路につこうとして、一歩踏み出したその時、クレアがぼそりと震える声を出した。
「……して……」
クレアの顔を見ると、瞳からは既に涙が溢れ出ていた。頬を伝い涙の雫が地に落ちる。その一滴一滴に、彼女の悲しみが乗せられているように感じた。と、彼女は、何かがぷつんと切れたかのように、外見と不釣合いなほど大きい音で嘆きの声をあげた。
「どうして!? どうして、こんなものだけが………!!」
そう言われてもかなり困るんだが。夫を亡くして間も無い身に、戦争の象徴のような剣を見せるべきではなかったか。見た目感情に流されそうな女性には見えないのだが。
「私は……わたしは…………」
「……あなたが……いて……くれさえすれ……ば…………よかった……のに…………」
ひねり出すように声を発し、支えを失ったかのように崩れ落ちる。
「……ぅ……うっ……」
その後に続いたのは、意味の無い嗚咽の声だった。
不穏な曇り空の下、寂しい墓地の中崩れ落ちて錆付いた剣を抱き泣きつづける彼女の姿は、近づくとその悲しみの渦に巻き込まれそうなほど儚げに見えた。
黙ってそれを見ていると、アンが俺の耳に口を寄せ、ひそひそと話し掛けてきた。
(……な、なんとかなりませんか?)
(なんとも)
(そ、そんな……一応、わたし達、あ、いえ、わたしのせいかもしれないですし……)
(そうは言っても、今更死体を持ち帰っても腐乱がハイパー進行して楽しくないことになってると思われるが)
あまり触りたくないたぐいの物体に変貌していることだろう。
(そ、それはその……そういうことではなく……)
(だいたい、何故そこまで彼女にこだわるんだ)
(……わたし……その……変なことを言うかもしれませんけど……)
(それはいつものことだろう)
(えぇっ!?)
(いいから話せ)
(は、はい……? その……わたしに……似ているような気が、するんです……)
(……ふーん?)
似てる? うーん、そんな気は全然しないんだが。
会話を中断し、クレアのほうに顔を向ける。俺達が話をしている間に落ちつきを取り戻したのか、彼女は既に立ち上がっていた。ハンカチで涙の跡をふきながらこちらに頭を下げる。
「すいません、見苦しいところをお見せいたしました……」
「うむ、苦しゅうないぞ」
「――。はい……」
一瞬、悲しみに満ちた表情が別のものになりやがった気がした。気のせいじゃないとしたら、面白そうだ。
「ところでその剣、いらないというなら引き取ってやってもいいが」
「…………いえ…………主人の、形見ですから……」
「ならこうしよう(しゅばっ)」
「あっ」
俺は瞬時にクレアの手にあった抜き身のままの剣を奪い取り、柄を両手で力強く握り締めた。そして、逆手に構え、大きく振りかぶる。
「なにをっ!?」
悲鳴を無視し、足元を凝視する。真新しい大理石にも、脆い点は存在する。その一点を神速で突き破り、しかも衝撃を縦一直線に固定する。世界中探しても、多分俺とあと約1名ぐらいにしかできない芸当だ。
全身の筋肉をフルに使い、縮む動きを剣に乗せて――
貫け!
ガッッッシィィィン!
石を割る硬く乾いた音が、まわりの墓石に共鳴する。剣で墓石を切り裂き表に刻まれた文字の中央に深く刺し込んだ。力点を中心として全体にひびが入り、ピシピシと軋む音が聞こえてくる。剣は柄まで僅か数センチのところまで埋まっていた。常人が抜くのは不可能だろう。
「…………っ!」
「以上だ。あとは自分で考えて行動しろ。アン、帰るぞ」
「…………」
「アン」
「……は、あ、はいっ!」
「あの……さっきのは、どういった意味があったのでしょうか?」
「さあ」
「えっ」
「そんなもんわかるわけないだろう」
自慢じゃないが、夫を無くした妻の気持ちなんか経験したことがないからな。――本当に自慢でもなんでもないか。
「まあ、何か意味がないことはないかもしれないな。その意味はわからんと言った」
「……」
「状況を変えないと365日剣を抱いて泣き続けていそうな勢いだったからな。どう変わるべきか俺が考える筋合いは無いが、彼女自身が何かを変えるきっかけぐらいにはなっただろう」
妙な方向に変わる可能性もあるが、というかそっちの可能性の方が高いが、とは言わないでおいた。
かなり無茶な運動をさせたせいで、手首足首首背筋がグレーター痛い。本当はこんなことをする筋合いもないのだが、どうしてくれよう。
「…………ありがとうございますっ」
アンは頬をゆるめて、とても嬉しそうにそう言い、ぺこんと頭を下げた。
俺は負担を強いた腕をぶらんぶらんと上下に振りアンの礼に応えた。……まったくもって、その通りだ。
「存分に感謝し続けるように」
「はいっ!」
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