登場人物紹介







 頭上にさんぜんと輝く太陽が視界に映る生物を全て余すことなく照らし、存分にその猛威を発揮する。夏休みだ。傭兵なのに夏休みだ。ということで、俺は地獄の熱を溜め込む死亡率280%の魔窟と化した木造の自室を脱出し、公園に来て日陰となっているベンチで涼んでいた。
 なぜかドルファンでは7月半ばから9月頭まで夏休みがあり、訓練所が特定訓練日を除き閉鎖されることになっている。なんでも文化局が発案した平和ボケ政策(命名:スィーズの傭兵の誰か)の一つで、いかなる時も精神に余裕を持つべきだという趣旨らしい。んで有力貴族がそれを支持し、軍の反対を押し切って王室会議で可決されたのだそうだ。――戦争が始まったというのに、本当に平和ボケそのものだな。
 もっとも、この戦時下にあっても、街中の大通りを歩いていて、視界に映るのは服屋やらパン屋やら喫茶店やらの大衆店とそれを目的に歩く主婦や学生ばかりで、戦争の二文字など片隅の鍛冶屋ぐらいでしか見ることがないのだから、無理もないことなのかもしれないが。
 
 と、公園の入り口から金髪しっぽ*2の見るからに頭が悪そうな女が入ってきた。きょろきょろと回りを見渡し、俺の方に視線をむけるとなぜか笑顔を見せる。そしてこちらへととっと滑るように近づき、声をかけてきた。

「ねえねえ、そこのお兄さんっ」
「……ん、ああ、なんだ――プリシラか」
「んなっっっっっっっっっ!」

 ずざざざーーーーーっと3メートルほど一気に跳び下がるドルファン王女で王位継承権第一位を保持連続防衛中のプリシラ・ドルファンとおぼしき女。器用なことをする女だ。と関心して観察していると、更に器用なことを口走り始めた。

「なっなっななな」
「ななな星人?」
「な、ちょ、ちょっとこっちに来てっ!」

 俺のボケを無視し、超スピードで俺の腕をつかんで光の速さで人気の無い公園の裏手にダッシュする(せわしい女だ)。毒々しい程に黄色くド派手な洋服を着た女は、俺を住居地区の裏手、陽の当らない寂しい所まで引っ張ってきて、きょろきょろと回りを見渡し誰も居ないことを確認した後、ぜーぜーと乱れた呼吸を整える。そして、俺にぐいっと顔を近づけ、
 
「ど、どどうしてわたしだってわかったの? 会ったことある? あなた誰?」

 などと言葉を矢継ぎ早に並べのたまった。
 どうでもいいが、俺の推測が正しいとすればこいつの行動は国家安全保障上大変な問題を含んでいると思う。

「貴様に名乗る名など無いな」
「んなっ!」

 真っ赤な顔で目じりを釣り上げる。この顔は知っている、貴族の得意技、怒り心頭に達し声も出ないという状態だ。相変わらず短気な奴だなあ。ということで、更に加速させてみる。

「どうしてもというなら、3べん回ってゴロニャーと甘えた声を出せば教えてやらんこともないが」

 一瞬、虚を付かれたように表情を凍らせるプリシラ。数秒後、むぐぐぐぐ、と腹の底からうなるような声を出し、俺を鋭く尖った視線で突き刺す。負けじとこっちも見下すように睨み付ける(意味は無い)。

「……その暴言、その根拠無く自身満々な態度、その奇天烈な服装! 見覚えが、聞き覚えがあるわっ」
「ようやく思い出したか。そうある時は暗殺団組長、ある時は流浪の剣術師範、そしてある時は雇われの召使! その名は――」

「シュバイザー・ベッケンハルト・エターミア・フォン・エターナライズ・ギャリオット三世!」
「……だったっけ?」
「自分の名前でしょうがっ」

 恐ろしく適当に言った偽名をよくもまあ覚えてるものだ……。1年以上前の話なのに。記憶回路は悪くないようだ。

「やっぱり、1年前にスィーズの大使館で散々他人のごはんを食べて暴言吐いていつのまにか消えてた召使ね! こんなところで何をしているの!?」
「よく息が続くなあ」
「質問に答えなさい! 事と次第によっては地下牢獄で一生を過ごしてもらうことになるわよ!」

 どんな次第だよ。とはいえそんなことになると出るのに時間がかかって多少面倒なので、真面目に答えることにした。

「今は傭兵をやってる」
「……傭兵?」
「うむ。先の戦闘での俺のスーパー大活躍を知らんのか。新聞にはレッドアイシクルとか書かれたらしい」

 直訳すると『赤つらら』。センスが無いとは思うが、文句ならウィークリートピックスのクソ編集者に言ってほしい。どうもこの国の連中は強い戦士には何か異名を付けないといけないという強迫観念を持っているようだ。

「あなたが?」

 そして、これで通じてしまうのも痛いところである。

「おう、恐れ入ったか」
「いらないけど……」
「失礼な奴だな……」
「失礼が全裸で踊り狂ってるような人に言われたくはないわよ。だいたいそれが王族に対する態度?」
「王族だろうが教皇だろうが、俺の方がえらいに決まっている」
「……相変わらず高すぎて自己崩壊しそうなほど無駄に凄まじいプライドね」
「うむ、見習うが良い」
「けなしてるのよ!」

 なぜ怒る。それにプライドを高く保つというのはそう悪いことではないぞ。自意識を底辺に落としては充実感のかけらも自由にならんだろう、と思ったが口に出すことはしなかった。理解できないだろうし。

「なれば、徹頭徹尾儀礼的で正しいことこの上ない言葉遣いで接するべきでありましょうか、姫様?」
「……あなたがやると、それはそれで馬鹿にされたみたいで最悪にイヤね。やめなさい」

 失礼な上わがままな奴だ。まあ、続けろと言われても多分無理だが。そういうわけで、無礼講の許可をお姫様に頂いた。

「んで、そういうお前は何をやっているんだ」
「え? ああちょっとあそ……じゃなくて、し、視察よしさつ。文化局に頼まれて、ね」
「ほー」

 目を合わせず、額からたらーっと汗を流すプリシラ。先っちょがちょろんとカールした髪を指でいじくりまわしながら決まり悪そうにぼそぼそと喋っている。どう見ても嘘っぽい。ていうか絶対嘘だ。

「と、とにかくそういうわけなのよ」
「王女というのもなかなか暇な職業のようだな」
「何言ってるのよ。これでも日々の忙しい仕事の合間を縫って街に繰り出して来たんだからね」

 そうか繰り出してきたのか。

「あなたは知らないでしょうけどね」

 そりゃ知るわけないが……。そんな俺の思いをよそに、プリシラは息を深く吸いこみ、ちょっと怒ったような口調で何かを吐き出すように喋くりだした。

「王女の仕事といったらそれはもう大変なのよ! 朝起きてから夜寝るまでの時間が、分刻みでぜーんぶ埋まってるんだから。たまたま時間が開いた日はつまんない話しか喋らない学者との会談、無駄も程があるどこぞの貴族のパーティーへの出席! 実質自分の時間なんて、寝る前のほんの数分くらいのものよ」

 よっぽど不満が溜まってたのか、プリシラはそこまで一気にぶちまけて、はぁぁ〜〜っ、っと盛大に溜息をついた。
 じゃあ今ここにいるのは誰なんだと突っ込みたくなってきたが、返事が予想できるのでやめておこう。

「まったく、わたしももう十六になるんだから、ばあや達ももう少し放っておいてくれたらいいのに。王女も辛いわぁ」
「なんなら代わってやろうか」
「……果てしなく笑えないわね、その冗談。王女は自信だけじゃ勤まらないのよ。というかそれ以前の問題だけど」
「いやいや、俺が国家元首になった暁には国民は皆平伏勤勉に働くようになりドルファンは世界を牛耳る最大国家へ瞬く間に変貌し三年以内に西方大陸全域を治めるようになるぞ」
「―――。あーどこから突っ込んでいいかわかんないけど、とりあえず
 ば〜〜か
 とだけ言っておくわ」

 なに、俺の完璧な計画のどこに異議があるというのだ、この金髪まきまきヘヴォロイヤルが。本気でドルファンを乗っ取ってやろうか。

「はあ……わたし、なんでこんなとこでこんな男にグチ漏らしてるんだろ……もう帰ろっと」
「ああ、帰るならちょっと待て」
「なに、まだなにか用?」
「いや、今のところ用は無い」
「……前から思ってたけど、あなた自分の言動をちゃんと把握できてる? 脳以外からの指令で喋ってない?」

 馬鹿にしたような口調で喋るな、失敬な。俺の口は自動的なのだ。何か重大な用事がある時、例え脳が忘れても口が勝手に動いて補完してくれるのだ。……我ながらよくわからん構造をした口だと思うが……とにかく、大宇宙のパワァで動いているようなそのへんのアレと一緒にされては困る。ああアレといえば、

「ああそうだ、思い出した。クリスマスと王女誕生日には招待状を寄越してくれ。どんなものか体験しておきたいからな」
「絞首台への招待状ならすぐにでも発行してあげられるけど」
「心外だな、心の友2号よ」
「今直ぐ絶縁を求めるわ」
「コネ2号と言った方がよかったか?」
「……。はあ、まあ招待するぐらい別にいいけどね……関わった時点で諦めてるし……不法侵入されるよりマシか。でもわたしの名前では出さないわよ。こんなの招待したってお父様やばあやに知られたら、こっちの品性や行動まで疑われて色々とやりにくくなっちゃうから」
「後半部分がなんとなく引っ掛かるが、8割方了解した」
「はいはい。それじゃ、もう帰るわ。あんまり悪さしないでよね。外国人のせいで街の治安が悪くなってるのが、会議でも問題になってきてるんだから」

 プリシラはそう言うとくるりと身体の向きを変え、じゃあね、と一言発してから、コツコツと石畳を赤い靴でノックしながら遠ざかっていった。
 ……どうでもいいがあいつ、あの格好で城の正門を堂々とくぐって帰るんだろうか?

 ま、いいか。日も暮れてきたことだし、俺も帰るとしよう。



 やっぱ良くないな。よし、尾けよう。
 
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