登場人物紹介







「隊長、どこですか隊長ー! いるのはわかっているんですよ!」

 真夏の熱が残る秋空の下喫茶店で涼んでいると、そんな煩わしい声が耳に飛び込んできた。既にカラになったグラスをテーブルに置き、声の方向に振り向く。視界に入ったのは、ガラス越しに騒いでいる緑の鎧を着た銀髪の汗臭い男。いや汗臭いかどうかは知らないが。こいつは俺の中隊の副長である。
 なぜ俺がこんな奴に付きまとわれてるのかというと、話は1ヶ月前に遡る。



「あー、というわけで前の隊長が死んだので、俺が隊長になった。顔をよーく覚えておけ。見れる機会はそうそうないからな」

 広場にむさ苦しい顔で雑然と並ぶ傭兵共をぐるりと見回しながら、ありがたい言葉を授ける。この前までの中隊長、ヤングが情けなくも志半ばで死亡した為、新しく編成し直された外人傭兵部隊第一中隊の隊長に俺が指名されたというわけだ。
 通例、部隊長が死亡した場合は副隊長がその任を臨時に引き継ぐ。その後改めて編成会議で協議をし、普通はそのまま正式な辞令を受け取り臨時隊長の臨時、が外れるというのが常識だ。それはドルファンでも変わらんのだが、副長は隊長に輪をかけて情けないことに初っ端の矢の射ち合いで射殺されたのだそうだ。そして勲功第一の俺が隊長に任命された。
 いくら騎士団の腐敗が激しく軍関係の人材不足の渦中にあるとはいえ、外国人が中隊規模の指揮官になるとは、流石俺様である。……なんだその目は。
 正直言ってとてつもなく面倒だが、色々と自由になることは増えそうだ。

「とりあえず最初の指令。俺の命令には絶対服従、命令違反は極刑。ピンチになったら隊長を守る盾となって俺の為に死ね。以上」

 言いきった直後、集団にざわめきが走る。スーパー聴力で聞き取ると、その大半は愚痴、あるいは俺への罵倒の言葉だった。中には敵意を通り越して殺意らしきものが不細工な顔に見え隠れしているような奴もいる。身のほど知らずな馬鹿者どもめ。ただ、先の戦闘で生き残った九人はその中には入っておらず、表情は俺の言葉を聞く以前のそれと変わりなかった。なかなか忠実な下僕の自覚がありそうで結構なことである。

「んー。不満がある馬鹿者もいるようだな。文句がある奴は武器を持って前に出ること。制限時間十秒」

 ざわめきがピタっと止まる。沈黙の中、三人の男が人混みをかきわけて進み出てきた。
 一人は槍を持った無表情な男。なめし革の防具で全身を固め、革帽子を被り腰には空だが矢筒を吊るその外見は傭兵というよりハンターと言った方が通るような気がする。
 右に陣取るのは、両手持ちの2メートルはあろうかという大剣を両手に持つ筋肉大男。上半身には最低限のガーダーしか着けず、その金属のガーダーからはむさ苦しい胸毛まではみ出していて見苦しいことこの上ない。もう見たまんまの筋肉馬鹿といった感じだ。
 最後の一人は、右手に片刃の偏刀、左手に小剣を持つ目つきの悪い少年。そう、少年だ。年はせいぜい16か17か。うっとおしい金色の前髪に隠れたグレーの瞳が放つ光は、はっきり言って生意気そのものだ。

「俺を倒したらそいつが隊長。上に話はつけてある。殺す気で来いよ」

 前半部分は嘘っぱちだが、まあありえないからどうでもいい。訓練用の刃を丸めた剣を拾い上げ、右手だけで構える。こうなることを予想していたのか、3人の顔に浮かんだのは驚きではなく不敵な表情だった。生意気な奴らだが、殺したら面倒か。
 一瞬後、まず最初に動いたのは正面に陣取る槍使いだった。

「はあっ!」

 叫び声を上げて正面に踏み込んでくる。同時に手にした槍をまっすぐ、俺の右胸に向かって正直に突き出してきた。単純で、それゆえ避け難い一撃。だがネクセラリアのそれに比べれば、その速度は遅すぎて止まって見えそうなほどだ。
 半身になって軽く避け、そのまま懐に飛び込む。突き終って無防備となっている胸を足の裏で思いっきり――蹴る! ドン、という鈍い音がして、槍使いは台から吹っ飛び、地面に仰向けに倒れた。

『右!』

 言われるまでもなく、音でそのくらいわかっている。蹴りを放って無防備になっている俺に、右手の大男が斬りかかろうとしている。斜めからの、馬鹿馬鹿しいほどに巨大な大剣による力任せの一撃。回避するのは、めんどい。だから――
 手の平で、叩き落とす!

 グワキィィンッ!

 やかましい不快音が広場に響いた。軌道を俺によって変えられた大剣が、足場である金属製の台を揺らす。筋肉男はその剣に引っ張られ体勢を崩した。体格に合ったでかい剣も予想外の動きを強制されると扱いきれなくなるらしい。バランスを崩した筋肉デブなど豚の丸焼きもかくやという程に無力である。屈み、足をゲシっと払う。その腰が台に突く前に、返す足で蹴っ飛ばす。ずでーん、という情けない音を立てレッサーデブはあっけなく地面に転げ落ちた。

 そこでなんか違和感を覚えた。ん……、左手首がなんかありえない方向に曲がっているような気が……。いや、気のせいだろう。大剣の軌道を変えるごときで壊れるほどやわな体ではない。

『後ろ!』
 突然、頭に映像が浮かぶ。金髪の少年の両手に持った剣が、今まさに俺を薙ぎ払い、突き刺そうとしている様子が脳内に鮮明に映し出された。その断片を、脳に飛来する外部からの情報の断片を、球の内側に紙切れを貼りつけるような感覚で実の目から来る情報と重ね合わせる。意識の解放を邪魔し視界を遮る楕円形のカベが外れ、一瞬、視界がブレる。そして、また戻った。楕円が球へと変貌する。世界は――融合した。

 右後ろから迫る剣を、俺は振りかえらず逆手に持った剣で受ける。キィンと金属音がした。少年が一瞬眉をピクっと動かして驚いたような表情をしているのが見えた。だが、その腕の動きは止まらず、小剣で俺の首を狙い真後ろからハチのように突いてきた。首を横に振り紙……一重で避け――って、おい速ぇ! 本気で紙一重だった。小剣と首の隙間が1ミリもない。今のは俺もちょっと(1ミクロンぐらい)びびったぞ。

「そんな!」

 今度こそ少年は信じられないとでも言いたそうな様子で動きを止めた。隙だ。俺はそのまま、逆手の剣で正確に右肩を突いた。

「うああっ!」

 少年は剣を取り落とし、右肩を押さえうずくまった。俺は身体を後ろに向け少年を見下ろし、剣を持ち替え、首に突きつけた。

「俺の勝ちー」

 とりあえず宣言。んで、蹴落とす。がたがたがたごっとーん、ごきん、とみっともない音を立てて少年は台から転げ落ちていった。

 気絶していた槍使いが起きたのを確認してから、俺は野郎共の方に振り向いた。最初の演説を聞いた直後とは打って変わって呆然とした顔で静まりかえる野郎共に、剣先を突き付ける。そして、親切にも二度目のチャンスを与えた。

「思い知ったと思うが、頭の弱い馬鹿共のために優しく説明してやろう。俺はてめーらの三億倍は強いから、俺に従った方が長生きできるというわけだ。従う奴は残れ。そうでない奴は……まあいないようだな」

 今度はざわめきは聞こえてこなかった。まず動いたのは、前の戦争の生き残りである九人。次いで"文句がある奴"三人。何時の間にか集団の先頭に移動していたこいつらは、我先にとそれぞれの作法(多分)で俺に敬礼をした。残りの百人を数える連中も次々と剣を眼前に掲げたり、跪いたり、腕を逆十字に組んだり(多分敬礼)し、俺に反抗的な視線を向ける者はいなくなった。
 目の前に並んでいるのは、規律は無く武装も文化もバラバラ、ただ俺に従い敬礼をする集団。まあ、いいだろう。使い走り……もとい人間の盾……もとい部下としては上々だ。


 さて、これで統率はまあ大体成ったとは思うが……これから待っているのは、人事トラブル処理給与計算住居手配小隊編成その他諸々の膨大な雑務。はっきり言って超絶面倒くさい。さて、どうしたものか。
 と、思い浮かんだのがわが故郷の国に伝わる古い伝承。使えるものなら親でも使え、と昔の人は言った。そうだ、人の上に立つものは人を使わねばならん。有能そうな奴を探して、そいつに面倒な事を全部やらせれば皆(主に俺)ハッピーである。副隊長を指名してそいつに全て任せよう。
 全く腕が立たずすぐ死にそうな奴やコネクションの全く無い奴ではまずいだろうから、九人組の中から一人を指名することにした。敬礼を解除させ、雑然と並んでいる傭兵達の中から、――銀髪でなんとなく副部長顔の奴を指差す。どんな顔だと言われてもこんな顔としか言い様がないが、とにかく突然指刺されてぽかんと口を開けているそいつを、前に出させる。そしてメッセニに押し付けられた格好悪い腕章を投げ渡した。
 突然の飛来物をお手玉しながら慌てて受け取る甲斐性なさげな男に、辞令を授ける。

「おまえ、副長」

「へっ?」
「全員注目! 隊長命令。今からこいつが副隊長だから、これの指示に従うこと」
「ええーっ! お、俺ですか!?」
「うむ、しっかりやれよ。人事とか住居手配とか小隊編成とか点呼とか将軍との折衝とか、経験積み放題だ。よかったな」
「え、た、隊長は?」
「俺は帰って寝る。安心しろ、権限はほぼ全部与えとくから」
「ちょ、ちょっと待ってください! それ、全然答えになってませんよ!」
「じゃあな、しっかりやれ。なあにお前ならできるさ」
「『できるさ』じゃないですよ俺そんな事務処理や指揮なんてやったことないんですよ! 無茶言わないで……あ、どこに行くんですか隊長、隊長ー!」

 まあ駄目だったら駄目だったで別の奴に任せてみるだけだ。どうせ元々規律なんか存在しない新設傭兵部隊、失うものはほとんどない。最悪でも傭兵同士のいざこざでこいつ含む死人が数人出るだけだろう。素晴らしい名案を実行に移した俺は、左手をひらひらと後ろに振りちらかし彼らに別れを告げながら、訓練所の広場を出て大通りへと向かった。どこかで晩飯でも食うか。




「……というわけなのだ」
「そう」

 華麗なる締め括りで話を終わらせ、見当違いの方向へと遠ざかっていく銀髪のむさくるしい男から視線を外しテーブルに振り向く。向かいに座る女は、しかし興味の片鱗すら見せることもなく天然水を義務的に音も立てずに飲んでいた。割と長い回想シーンをシェイクスピヤも真っ青な構成力で説明してやったというのに、なんだその態度は。

「態度が悪いなあサリ(ビッ)シュ(グサ)ア(ドゴ)ンて待て待て待て角は反則だカドは」
「その名を漏らすな、と言ったでしょう」
「そうはいってもサ(がすっ)……師匠としては弟子の名を己に偽るわけにはいかんなあ」
「あなたの弟子になどなった覚えは無いわ」
「ふん、育て方を間違ったかな」
「私の育ての親は、お父様とじいやだけよ」
「なんだとこのファザ(ばしゃーん)うおっ冷てえっ!」

 飲んでいた天然水を、何の予備動作も無くぶっかけやがった。周りのウェイトレスや客が驚いてこっちを注目している。スパイの分際でわざわざ目立つ真似をするとは貴様それでもプロかまったく情けない。ん? 自分を棚に上げてと言われてもな。

「これ以上あなたに付き合っているヒマは無いのよ……」

 静かに椅子を引き、テーブルの隅に置かれた伝票を手にとってすくっと立ち上がる。表情に変化は無いが、かつて数ヶ月とはいえ面倒を見てきた俺にはわかる。こいつの心の奥底で、怒りといらつきの激しい炎が青く燃え盛っていることが。
 さて、そうは言っても引き下がるわけにはいかない。なんでって弟子に師匠が負けるわけにはいかんからだ。

「まあ待てサリシュアンよ」
「…………。なに」
「なに、今から帰って寝るだけというのもつまらんと思ってたところだ。この後も少し付き合え」
「そんなヒマはないわ」

 シークタイムコンマ1秒以下で一片の愛想も無く答えるサリシュアン。だがそっちの事情なんか知ったこっちゃない。俺が行くと言ったら行かねばならないと憲法で決まっているのだ。

「そうか、じゃあ付いて来い」
「……断ると言っているのよ」

「まあとりあえず怪我の治療をせんといかんか。薬局だな」
「話を 聞 き な さ い」
「弟子に発言権などないな」
「帰らせてもらうわ」
「むう、我侭な奴だ」
「……そう」
「それはともかく、お前のせいでできた傷だ。お前が付き合うのは道理だろう」
「ただの掠り傷でしょう」
「この場合怪我の規模は問題じゃない。ついてくるかどうかで、俺の感情が変わると言ってるんだ」
「…………脅迫のつもり?」
「脅迫とは数多い交渉術のうち二番目に優れた手法であるとえらい人も言っている」

 無論えらい人=俺であるが。
 伝票を奪い取って、俺も席を立つ。サリシュアンは一瞬文句を言いたそうにほんの少しだけ顔を険しくしたが、実際に行動を起こすことはなく、黙って俺の後に付いて来るだけだった。

 店を出て薬局のある通りへ向かう途中、街路樹の日陰にさしかかった時に、ぼそっ、と後ろから抑揚の無い、しかし感情のこもった声が聞こえてきた。
 
「……セイルの仇は必ず討たせてもらうわ」
「そうか。無理だがまあ頑張れ」
「っ………!」


 大通りを横切り、石造りの建物が並ぶ路地に入る。その路地の右手三軒目に、目的地である薬局を見つけた。ツタの絡まる古めかしいレンガで造られたその建物の前で立ち止まる。同時に背後のサリシュアンも動きを止めた。そして口を開く。

「ここね」
「うむ、……って何いきなり帰ろうとしてるんだお前は」
「もう用は無いでしょう」
「入るまでが散策だ」
「…………」
 
 珍しくイヤそうな態度を露骨に表すサリシュアンを、当然のことだが無視して、ゴシック調の扉を押し開ける。チリーン、と店員に来客を知らせるベルが鳴った。店内には紙箱やガラス瓶に入った様々な薬が木製の棚に所狭しと並べられていた。そこから漂ってくるのは薬品類特有の生物的な臭味を100%排除したような匂いだ。俺はなんとなくこの匂いが苦手だった。
 チリーン、とまた耳に残る音を立てながら扉が閉まった。ちょうどドアの裏で死角になっている場所で作業をしていたらしい白衣の女が、こちらに気付いて振り向く。ってアンじゃん。

「はい、いらっしゃいま……えぇっ!?」
「うむ、俺だ。何やってんだアン」
「は、はい。わたし、ここでアルバイトさせてもらってるんです」
「ふーん」

 と、アンは、俺の横でなにか妙な記号の書かれた薬を手にとって眺めているサリシュアンを発見したようで、なぜか不安そうな顔をした。
 視線をちらちらとサリシュアンの方へ向けながら、申し訳なさそうに尋ねてくる。

「あの……そちらの方は?」
「ああ、あれな。あいつはサリ(がきーん)ずあああっ!」

 どこから取り出したのか、サリシュアンは薬の入った石瓶を俺の完璧な調和を誇る後頭部に音速の勢いで投げつけてきやがった。俺以外なら頭蓋骨骨折起こしてもおかしくないぞおい。
 
「こら……貴様、殺す気か」
「不思議ね。瓶が落ちてきたわ」
「だ、大丈夫ですかっ!?」
「うむ、天才だから大丈夫だが――今明らかに投げただろ」
「風よ」
「……」

 悪びれることなく無感動に言い放つ。ちょっと見ないうちになかなか素敵な性格になったものだ。

「それじゃ」
「なんだ、もう帰るのか」
「これ以上ここにいる理由は無いわ」
「ふん、まあいい。そのうち俺の世界史上類を見ない偉大さを思い知らせてやる」

 俺の言葉に振り返りもせず真っ直ぐに出口を通り抜けて、サリシュアンは路地裏へと消えて行った。

「あの……本当に、大丈夫ですか?」
「ああ、こんなもん放っとけば治る」
「そ……そうですか……」
「うむ。……となると、もう用は無いか。俺も帰るとするかな」

 愚かな弟子への対策と準備を考えないといかんしな。さて、どうしてくれようか。あの手袋の裏生地にこっそりにかわを塗りたくっておく……イマイチか。第一手袋が指を捕らえる前に中の皮同士がくっつきそうだ。制服その他一式をこっそり盗んでどこぞの変態に叩き売る……変態と交渉したくはないな。

「……あ、あの!」
「ん? なんか用か?」
「……………あ…………い……いえ……なんでも、ありません……」
  
 なぜかアンは目を伏せ悲しそうに言った。俺は疑問に思いつつも、出口の扉を押し開けた。








 開かねえ。
 聞こえるのは乾いた呼び鈴の音ではなく、ドアが不自然に軋む低い音。次いで背後からの妙に透き通った声。

「あの……引き扉なんですけど……」








がちゃ ちりーん






「……わざとだ。……アン、いま俺のことをドアの構造すら把握できないまぬけとか思わなかったか?」
「い……いえ! そ、そんなことは、決して!」

 今度は嘘っぽいと思った。
 
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