登場人物紹介







 10月26日。 城の正門へと向かう道は、正装に身を包む男や幌つきの馬車で賑わっていた。俺もその中の一人だ。理由は家に来た一通の招待状。金縁の、やたらと豪華で趣味の悪い出した奴の人格を疑いたくなる手紙だ。

『 招待状

 今宵、ドルファン城にて私の誕生パーティーが開かれます
 できれば来ないでね
                       プリシラより


 これのどこが招待状だと。ビリビリに破いて海に捨てたいところだが、そんなことをしてはまともに入城できなくなるので、ポケットにしまっておいた。   城へと続く街路樹の並ぶ道路を歩いている途中、駅前を通り過ぎようかというところで、一人、なんとなく見覚えのある格好をした少女を見つけた。駅前広場を華やかに彩る花壇の縁にちょこんと座り、遠く南の空を眺めている。水色の髪、ブラウンの外套。俺はそいつの名前を知っていた。
 
「よお、アン」
「あ、こんにちはっ」
「うむ」
「…………あの……今、お暇ですか?」

 手をぐっと握り締め、恐ろしく真剣にこちらを見つめて、質問してくる。
 
「今日は重大な用事がある。王女誕生日だからな」

 招待状をぴらぴらと見せながら言う。こんな日は1年に3回もないだろうから、誘いに乗ることは不可能だな。

「……あ……ご、ごめんなさい……!」
「んー。暇なら付いて来るか? 一人までなら同伴可らしいが」
「え……」

 口をまぬけに開けるアン。背後を二度三度、振り返って確かめ(何をだ?)、ピンクの唇から消え入るような声を出した。
 
「わ……わたしなんかで……いいんですか……?」
「おまえ以外誰がいるんだ。嫌ならいいが」
「い、いえ! 喜んでっ!」

 間髪入れず叫ぶ。こういうところ意外と図々しいんだよなこいつは。まあいいか。


「みなさん、今日は私の為に遠路はるばるご足労いただき、真に感謝しております」

 壇上でどーでもいいことを喋っている女を無視し、純白のテーブルクロスに並べられた各種のエキゾチックな料理を皿に盛る。貴族のつまらん話なんか聞いても一銭の得にもならんしな。俺は隣で意味無く拍手している金髪男を押しのけてワインの瓶を取り、それをグラスに注いで一気に飲んだ。むっ、不味い。酒は焼酎に限る。金髪男はぎょっとして嫌そうに眉をひそめたが、演説の最中に抗議の言葉を出して顰蹙を買うのが嫌なのか、単にこっちを睨みつけてくるだけだった。
 
「わ、わたしたち、なんだか浮いているような……」
「他人の視線など気にするな。死ぬぞ」
「(……どういう意味なんでしょう……)」
 
 鶏肉に茶色のソースをかけた料理を、フォークで一口に食べる。まずいな。35点。ドルファンの宮廷料理人ははっきり言って無能らしい。

「……では、どうぞご存分にお楽しみください」

 演説が終ったか。といっても俺達がやることは変わりないが。こんなところに知り合いが居る訳もないし、また知り合いを作る気も起こらない。プリシラ一人いれば十分だろう。
 
「アン、それを持って来い、ああそれじゃない、そっちの黄色いスープだ」
「は、はいっ。どうぞ」
「うむ。(ずずー)こっちはまあまあだな。六十点」
「は、はい。ありがとうございます」

 いやお前には言ってないぞ。


 宴もたけなわ――といっても俺のやる事に変化はないが――になった頃、後ろから静かな声が聞こえてきた。

「失礼します。シュバイザー様ですか?」
「……え?」
「うむ、そう呼ばれたこともあるような気がしないでもないが」

 答えながら振り向くと、そこには手に薄い便箋を持つ少女が佇んでいた。見た目から推測される年の頃は十六か十七、プリシラと同じくらいか。赤を基調としたメイド服に身を包み、ブラウンの髪を短く切り揃えリボン型のカチューシャを付けている。

「さる高貴な御方が、あなた様にこれをお渡しするようにとのことです。では……」

 潜むような声で、用件だけを率直に言う。差し出された茶色いびんせんを受け取ると、少女は頭を深く下げてから滑るように遠ざかっていった。さる高貴な、ってプリシラからか……どうせロクなもんじゃないだろうな、どうでもいい用件だったら見なかったことにして帰ろう……などと考えながら便箋を開く。そこには、一国の王女が書き綴ったとは思えないほど汚い字でこう書かれていた。
 
『広間を出てすぐの階段を上がり、右へ曲がる。その廊下の突き当たりの部屋で待つこと

                            プリシラ

 なんだこれは。恐ろしく自分勝手な要求だな。
 
「プリシラ……さ……ま?」

 横から覗き込んでいたアンが声を漏らす。
 
「うむ、今日が誕生日のな」

 それを聞くと、アンは目をまんまるくして、彼女にしては比較的大きな驚きの声をあげた。
 
「おっ、王女様とお知り合いだったんですか!?」
「わはははは、無論。俺のコネは世界中を覆い尽くしているのだ!」
「す、凄いです……」 

 さーて、これは丸めてゴミ箱に捨てるか……と、まだ続きがあった。一応、読んでみる。

追伸 来ないと国際指名手配』

 ……考えたなー。それはちょっと厳しい。小国一つの刑法や罪状ならどうにかなっても、国際的に存在を消すのは骨が折れる。
 行かないわけにはいかないか。


 パーティーの喧騒が響く青の広間を抜け出し、燐光石で僅かに照らされる暗い廊下をアンと並んで歩く。指定された廊下の天井は低く、壁にも彫刻や絵画は配置されていないため謁見の間に続く廊下ほどには荘厳な印象は受けない。それでも窓に無駄に華美な七色の装飾が施されたガラスが嵌められ、足元には汚れ一つ見当らない赤絨毯が敷かれているあたりさすがに王城と言ったところだ。広間にVIPが集まっているせいか、警備の兵士はまばらにしか見受けられなかった。
 しかし、外部から簡単に潜入した上潜伏できてしまうな……この警備体制では。好都合でいいことだが。

「わ、わたしなんかが、こんなところを歩いていていいんでしょうか……」
「いいに決まってるだろーが。呼びつけたのはあっちだ」

 アンはきょろきょろと落ち着きなく回りを見ながら、おっかなびっくり歩いている。足下の絨毯すら汚さないように気を使っているようだ。この程度の意匠が施された廊下で気後れするようでは、玉座の圧迫感を受けたら即死するのではないだろうか?

 大仰な取っ手の付いた扉を開けて、中に入る。燐光石の光で薄く照らされている室内で、目に入ったのは、長く使われていなさそうなほこりの積もったソファー、木箱に雑然と放り込まれた絵画、割れたランプ……物置か。こんなところに招待して、つまらん用事だったらどうしてやろうか。
 興味津々であたりのガラクタを見て回るアンは放っておいて、ソファーのほこりを手で軽く払い、膝を組んで座る。待つこと数分。がちゃり、と取っ手が回り、ようやく扉が開いた。入ってきたのはパーティーで見たときと同じ、派手極まりないドレスを着こなす金髪まきまきお姫様だ。後ろ手にカチャ、と鍵をかけ、しずしずとこちらに一歩一歩近づいてくる。内緒話の届く距離まで近づいて、何かを確認するかのように部屋を見渡す。そして開口一発。
 
「あ〜〜〜〜、肩凝ったわぁ」

 見るも無残に表情を崩して、ため息をつく。プリシラ・ドルファンのこんな姿を見たら、下で能天気に騒いでいる連中は卒倒してしまいそうだな。
 
「…………え」

 横を見る。がちがちに緊張してコマ送りになっていたアンの動作が、完全に止まった。そういえばこいつが居たんだった。まあ無理もないか。時間が経てば直るだろうから放っとこう。俺はプリシラの方に振り向いた。
 
「俺様は忙しいぞ。さっさと要件を言うが良い」
「……相変わらずね。こんな祝宴に来てる時点で忙しいわけないでしょうが」
「それはそれ、これはこれだ」
「何よその理屈は……」

 ふむ、意味が通じなかったか。わかりやすく説明すれば『暇だが貴様のつまらん話に付き合ってる時間はない』となるのだが、こいつの貧弱な思考回路ではそこまでは推測が及ばなかったらしい。

「いまものすごい失礼なことを思ってなかった?」
「大丈夫だ、言うまでも無いことだからな」
「なによそれは――ところでこの人は? どこからさらってきたのよ?」
「人聞きの悪い。こいつは――」

 そこで言葉に詰まり、横でぼーっとプリシラを見つめているアンの顔を見る。……そういえば、こいつはなんなんだろう。なんかいつも隣にいるような気がする。うーむ。恋人……ではないな。友人……は隣で控えてたりはしないな。えーと、一番近い言葉は――ああ、あれだあれだ。
 
「……あの、違うんです、プリシラ様……、その……わたしが、勝手についてきたんです……」
「へ、そうなの? あ、邪魔がいない時には、様付けはいらないわよ、わたしも呼び捨てにするから」
「え……は、はい……恐縮です……」
「だから敬語もいいってば」

 手を胸のあたりで重ね、苦笑しながら諭す。さすがに王族の教育を受けてきただけあって、プリシラの仕草には淀みがなく見る者に自然と敬意を抱かせる何かを持っているようだ。無論俺には及ばないが。

「だーっ、早く要件を言わんか」
「……マスコミが、アルビアのアム皇太子と私が恋人だと言わんばかりに報道してることは知ってるわね」
「知らんな」
「え、あの、その……すいません……」
「……。してるのよ、覚えたわね。あれ、まずいことに真実が混じってるの……前にアルビアの使節と会談した時に、皇太子がわたしに一目惚れしちゃったみたいでね。それ以来凄い勢いで手紙が送られてくるの。ここ一ヶ月なんて特に酷くて、船便で手紙が三十通も来たわ。わかる? 三十よ? 一日一通の計算よ!? しかも中身は吐き気すら込み上げてくる程ド下手なポエムよ!?」

 息を荒げ、主張する。腕を激しく動かしてジェスチャーをしているにも関わらず衣服が乱れないのは流石といったところか。しかしこいつその三十通を一通一通読んだのか。手紙なんざ受け取ると同時にゴミ箱に投げ捨ててもいいと思うがなあ。

「それはめでたいな婚約おめでとう。頑張って父親似の子をたくさん生んでやれ」
「生むかっ! 国の為とはいえこれだけは譲れないわ。幸いなぜかアルビア王は乗り気じゃないみたい。マリエルが何とか成立させようと頑張ってるけどピクシス家は口出ししてこないし、わたしとアルビア王に加えて皇太子まで難色を示したらいくらあの老獪な女といえどどうにもならないはずだわ」
「だが一目惚れなんだろう」
「だからそれをこれから何とかしようっていうのよ」
「……なるほど、俺にそれを依頼したいと」
「そうなのよ。無理も常識も片っ端から吹っ飛ばしていったあなたなら、何とかできる方法を思いつかないかなーって」
「そうだな。要するにそいつが結婚を諦めてくれればいいわけだな」
「うん、まあそうね。できれば隠密裏に」

 うむ。それなら簡単だ。

「……ざっと二十四通りの策を思い付いたぞ」
「すごい数ですね……」
「さっすが、傭兵とはいえ各国を渡り歩いてきただけのことはあるわね。それでどんな方法?」
「うむ、二十四の作戦のうち二十二は死者が二ケタ出る」
「帰れこの腐れ外道」
「はっはっは、まあ待て落ち着けその手を下ろせ」
「あんたなんかに一瞬でも期待をかけたわたしが馬鹿だったわ……」
「何を言う。馬鹿なのは否定せんが、最後の二つのうち一つはおそらくおまえの自分勝手な要望に沿うものだぞ。アン、新品の封書を出せ」
「えっ……す、すいません……今、持ってないです……」
「なに、必需品だぞ封書と濡れタオルは。今日は許すが今度から用意しておけ」
「(何様よあんたは……)」
「は、はい! 買っておきます!」
「というわけですぐには無理だが、そのアレな皇太子とやらはドルファンに来るのか?」
「ダナン問題が一段落したら、すぐにでも訪問したいとか書かれてたわよ……婚約を内々に成立させるために、ともね。」
「ふはははは、その時が楽しみだ。早速準備にとりかかってやろう。ああ、報酬はいらんからな」
「……そんな話は成功してからにしなさい。じゃ、わたしもパーティーに戻るわね。期待しないで忘れておくわ。それじゃ、アンさん。機会があったら、また会いましょう。できればコレ抜きで」

 コレとはなんだコレとは。

「はははい、そ、それでは、プリシラ様」
「様じゃなーい」
「す、すいません、プリシラさ…………ん」
「うん、さよなら」

 アンにウインクをして、軽く手を振る。それからプリシラは来た時と同じようにしずしずと出口まで歩いて行き、ドアノブをそーっと下げ、扉の鍵穴から誰も居ないことを確認するように覗き込んだ。それが終ると、最後にそれじゃね、と一言小さな声を出してから、金髪まきまきのお姫様は扉を開け暗い通路へと消えていった。

 開いたままの扉を通して、プリシラのシルエットが完全に見えなくなってから、まばたきもせず彼女を見つめていたアンが口を開く。

「……プリシラ様って、ああいうお人だったんですね……」
「うむ。幻滅しただろ」
「いえ……とっても素敵です。すごく格調高い人なのに、わたしなんかにも、対等に接してくれて……」
「そーか?」
「はい」
「ふーん。ま、いいか。十分食ったし、パーティーももう終わりだ。帰るぞ」
「はい!」
 
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