登場人物紹介







 円形の柵に覆われた広場に砂埃が舞い上がる。もう冬もすぐそこに見えているというのにかなり暑くなったこの日、俺は副長の要請で訓練所に来ていた。たまには訓練を見てほしいということらしい。眼前、広場の隅に立てられた台の上から全体を見据える。六つの塊に分けられた男共が、視界をめまぐるしく駆け回っている。その淀みない動きは全て、横にいる銀髪の男の指示によるものであることを、俺は知っていた。

「ふん、第一から第六まで、どれもそこそこは規律を保っているようだな」

 評価を付ける。まあ合格点といっても良いだろう。もちろん凡人にしてはだが。

「しかし部隊編成の良し悪しぐらい自分で判断せんか馬鹿者。おかげで昼飯が遠のいてしまった」
「無茶苦茶言わないでくださいよ……実戦で指揮するのは隊長ですよ。演習の一度ぐらいは真面目にやっておくべきでしょう」
「俺は軍隊指揮の超天才でもあるから練習などいらん」
「……はあ……確かにその通りかもしれませんけどね……それにしたって、部下のことを把握しておくのは隊長の責務だと思うんですが」
「任せた」
「承れません」

 生暖かい秋風がびゅう、と俺達の間に吹いた(気がした)。即座の拒否の言葉。命令拒否かよ、上官の弱みに付け込んで実権を握ろうとするとは軍人の風上にも置けない奴だ。

「だから実権なんか握りたくないって言ってるんですよ!」
「ちっ、生意気な奴だ」

 どうやら何か妙な義務感を持っているらしく、帰してくれそうもない。仕方ない、一回だけだぞ、と宣言してから俺は懐から扇子を取り出し、頭上から真っ直ぐ縦に振った。まずは前進だ。振り下ろすと同時に回りをぶらついていた約十人の傭兵が散会し、それぞれ別々の小隊へと走り出した。どうやらこいつらは伝令隊らしい。この狭い訓練広場の中ではそんな物は必要ないのだが、戦場では不可欠の部隊とあって、例え目視で指示を確認できる状態である訓練時といえど実戦同様に動くよう徹底されているようだ。
 無論、それぞれの小隊は伝令が行く前にすぐさま前進を開始していた。二百と二十対を越える軍靴が砂の地面を踏みしめる度に重厚な振動音が鳴り、それに引きずられるようにして細かい砂埃が宙に舞い上がった。
 部隊が最初の位置から20歩ほど進んだところで、俺は扇子を振り上げ、前進を停止させた。

「んー、まあまあ。六十五点」
「……。あのですね、この前まで同じ階級だった連中をまともに統制するために、この三ヶ月間、俺がどれだけ苦労したと思ってるんですか」
「知るか」
「そうでしょうね……」

 ハァ、とまた小さく息を吐く。ため息の好きな奴だ。

「苦労は知らんが、まあ貴様にしてはよくやったと言ってやろう。三ヶ月も生き延びた辺り俺の予想を遥かに越えている」
「……はあ、ありがとうございます。でも後半部分に妙に気になる単語が散見されたんですけど」
「気のせいだ……む」

 視界に紫色の何かが通り過ぎた。俺は道路と訓練所の敷地を遮る木柵の隙間に、尋常ならざる色がちらついているのに気が付いた。超人的視力を誇る目を駆使して、それをよく確かめる。おお、あの派手極まりないきんきらきんの帽子は。ドルファン中探しても、あそこまで目立つ帽子を被って往来を歩く酔狂な奴は一人しか居ない。リンダ・ザクロイドがどういう経緯でかはわからんが、この訓練所の前に来ているらしい。
 チャンスだ。抜け出そう。腹が極限状態フィーバー感染中だし。

「よし、そういうわけだからあとは頼む」
「へっ」

 扇子を唖然としている副長に(無理矢理)預け、台から飛び降りる。着地と同時に地面を全力で蹴り、硬直している訓練中の傭兵隊の横を通り抜ける。訓練広場から入り口へと一気に駆け抜ける。なんだ、初めからこうすれば良かったのだ。

「なっ! た、隊長待ってくださ〜」

 遠ざかる情けない声は無視し、訓練所の敷地を出る。そこで口実もとい目標を発見した。入り口を出てすぐ、門前の木の下に悠然と立っている少女。馬車を傍らに侍らすその女は、予想通りリンダだった。無数の宝石があしらわれ無分別にきらめきを撒き散らす豪華なドレスを身に纏い、ゆるやかに流れる紫の髪の頂上には、先ほど台の上から見た紫と金が異常に調和した帽子が被せられている。その下、端正な顔には、かすかな憂いが含まれているように見えたが、恐らく気のせいだろう。リンダだし。と、リンダは俺が近づいていることに気づいたらしく、帽子ごとくるりとこちらに振り向く。そして俺を見とめるや否や、以前と同じように、露骨に不快感を表す……のかと思いきや、ぼーっとしたような顔になった。珍しいな。
 更に近くに寄り、声をかける。

「ようリンダ」
「……こんにちは、そしてさようなら」
「はっはっは、まあ待て結論を急ぐな。」
「……何か私を引き止めておくほどの用事でもあるのかしら?」
「用があるのはそっちだろう」

 この辺りには学院も洒落た店も無いんだから、と付け加える。今俺が立っている場所、訓練所前の通りに建ち並ぶのは、色気の無い兵士用食堂と万年鉄錆の匂いが漂う鍛冶場、後は兵舎ぐらいのものだ。どれもこいつとは全く縁が無い……俺が知っている限りでは。

「そんなもの。たまたま立ち寄っただけよ」
「嘘つけ。もしそれが本当だというなら飯でも奢れ」

 我ながら脈絡がない。ぐーぐーやかましく鳴く腹の支配力に口が屈したらしい。
 リンダは口元に手を寄せ、考える仕草をした。数秒経ち、その唇から声が漏れる。

「……そうね、構わないわ」
「なにぃっ!」
「きゃっ!」

 俺は東洋に伝わる驚きのポーズをとった。予想外だ。外の裏の外だ。まさかこいつが一発で快諾するとは。如何に俺が常識を超越したカリスマ性を持っているとはいえ、このお嬢様が誘いに乗るなど……いやいや待てよ。俺のカリスマもそこまでの域に達したということか? 流石は俺様、自分でも気づかないほどの速度で日々成長していたのか。

「なによ、いきなり大声を出さないでちょうだい!」
「うむうむ、貴様もようやく俺の威光を知覚しはじめたようだな」
「相変わらず言動不明瞭な男ね。来るならさっさと馬車に乗りなさい。靴は脱ぐこと」
「ああ」


 店に入り、テーブルに着いてから十数分が過ぎた。いくつかの皿が下げられてオードブルが終わり、さらに待つこと数分。メインの料理が届き始めた。メニューによると、牛肉のハンガリア風海の香り仕立てカルパッチョという名前の料理……牛肉と海がどう関係するというのだ……が、丸い皿に載せられ俺とリンダの前に置かれる。視線をリンダの方へ移す。リンダは下を向いたまま、目を瞑って静止していた。馬車の中に居た時からずっとこうだ。ろくに会話も交わしていない。
 何を考え込んでいるんだ? 寝てるのか? ためしに疑問を投げかけてみる。

「牛肉がなんで海なんだ?」
「……自分で考えなさい」
「投げやりだなあ……む、酒が無くなった。そこの下僕」

 通りがかったウェイターに麦焼酎を注文する。畏まりました、と礼儀正しく言ってから、男はキッチンへと真っ直ぐ歩いていった。
 カパレットとやらをフォークで刺し、頬に詰め込む。その傍ら、テーブル向かいに座るリンダを見る。うーむ、やっぱり変という気がする。優雅な手つきでグラスを傾けているが、以前のこいつなら人前でこんな風に思索に耽るようなことはせず、内装の評価やらテーブルマナーやらを嬉々として、かつ偉そうに講釈し続けているはずだ。
 と、リンダは空になったグラスを真っ白なテーブルクロスの上に置き、一言呟いた。

「……何か、庶民の話でもしなさい」

 この高慢な女の口からこんなしおらしい音調の言葉が出てくること自体、有り得ないことなのだ。俺が言うんだから間違いない。
 さて、それはともかく庶民の話か。庶民と言われても俺には縁の無い概念だからどうにもならんな。

「ならば庶民ではないが俺の東洋における勝利と名誉に塗り潰された栄光の記録を話してやろう。まず最初に渡った中華皇国において」
「取り止め。耳が腐るわ」

 リンダの声が、俺の栄光の歴史を遮った。どうしろというのだ。会話を無理矢理中断されるとは。黙って目の前の飯を食ってろということか。


 ほぼ料理が出され尽くしたらしく、テーブルの上には皿が一枚も無い状態が続いていた。メニューを手繰り寄せ、頼んだコースを見る。どうやらこの後デザートがあるらしい。メニューをテーブルに伏せ、顔を上げる。目の前の少女は気だるそうな様子で手にグラスを持ち、中身に口を付けていた。水面が徐々に下がり、グラスが空になるところまで行く。するとリンダは唇を離し、グラスを音も立てずにテーブルに置いた。数秒の後、どこに控えていたのか、ラベルが貼られた瓶を持った壮年の従業員がリンダの傍らに寄ってくる。そして、グラスへ液体を注ぎ、また離れた。
 リンダの口が開く。

「……どんな手段を使ったのか知らないけれど、イリハでは活躍したそうね」
「うむ、確かに死地であったが俺の常人を遥かに越える能力と威厳とその他諸々の要因があの戦において」
「自慢話なら野良猫にでも話していなさい」
「ぬっ、聖騎士の称号授与は時間の問題となった俺のありがたいはなしを再び遮るとは。いずれ後悔するぞ」
「……聖騎士、ね。確かあなた、聖騎士になれば、私達と対等の身分ということになるとかおっしゃっていたわね」

 そんなこと言ったかなぁ。記憶に無いが、まあいいか。リンダはこちらの目をじっと見つめ、いや睨み付け、意見を更に述べ続けている。

「でもね、生まれた時に付いていた差は、そう簡単には埋まらないわ。あなたがいくら努力を重ねようと、いち庶民と貴族の世界は、全く異なるものなのよ」

 そう言ってからリンダは、私はあなたとは違うのよ、と、確認するかのように、言葉を付け加えた。  ……ふん。貴族か。宇宙に俺様以外の優良種などいないしいる必要もない。旧式のくだらん階級体制に捕われるとは所詮貴様もその程度か。
 ――などとそのまま口に出したら飯代が危険でピンチなので何枚かオブラートに包んでみた。

「俺は生まれた時から史上最強の大天才で不世出の超英雄だが、愚民共と意思を交錯させるのは有意義だと確信している」
「……会話がつながってないのだけれど」
「いつものことだ」
「そうね」

 俺の言動はあまりに高度過ぎて一般人には理解できない領域に踏み入ってしまうことが多々あるからな。リンダはそれに納得したようで、再びグラスを手に取った。ところで右斜め後ろから突き刺さるバカにしたような視線が気になる。
 何となくそうしなければいけないような気がしたので、グラスを手で弄びながら、解説を加える。

「要するにだ、身分制度の解釈なんてどーでもいいことに頭を使うのは無駄だから帰って寝てろとゆーことだ」
「非常に重要なことよ……あなた方、背負う責任も果たすべき義務も微小な者達にとっては、関係のないことなのでしょうけれど」
「無論俺はそんな義務だの責任だのは欠片も背負っていないが……つまらんことにこだわるなあ。だからそんなすぐに落ち込むことになるんだ」
「落ち込む? 私が? この私が?」
「お前が」

 俺の返事を聞くと、リンダは呆けた様に動きを止め、両の瞳でこちらを見据えた。……なんだ、自分では気づいてなかったのか。妙な態度はそのせいだったと。つまらん。俺は真面目度を下げ真剣に考えるのをやめることにした。俺様のマーブルの脳細胞は常に聡明であるが、一定期間の休息を必要とするのだ。

「なんだお前、そんなことにすら気付いていなかったのか。まあどうせ俺様のように世界一決定済みの人間ではないんだから、落ち込みつつ適当に生きてりゃいいだろ」
「落ち込む……ありえないわ。私は名門ザクロイド家の一女、リンダ・ザクロイドよ。例え青の広間を牛耳るあの愚鈍な貴族達全てがザクロイドを認めなくとも、私の身分と才覚だけは揺るがない」
「ふーん(ぐびぐび)」
「そうよ、私は、リンダ・ザクロイドは、あんな時代遅れな観念に凝り固まった人間の評価ごときに左右されるようなことはない筈よ。フフ、ふふふ、オーホホホ! 無駄な時間を使ったものね!」
「あーそーか(ごくごく)」

 リンダの言葉の後半は、俺に向けたものではなく、ほとんど独り言のようだという印象を受けた。なんか事情がわからんが、とにかく立ち直ったらしい。表情に内の自信が滲み出ているのがわかるし、動作が機敏になっている。
 その時、若年のウェイターが二つのカップを持ってこちらへ歩いてきた。手に持つそれをテーブルに置き、一礼してキッチンへと去って行く。カップの中身は、りんごを何かの皮で包んだような妙なぐちゃぐちゃ物体だった。

「なんか知らんがよかったな」

 本当はどうでもいいが。俺は椅子を後ろへやり肘をサッシにかけた。グラスを取り、中の麦焼酎を飲む。うむ、美味だ。飲みながら前を見る。リンダが運ばれてきたカップに一目もくれず機嫌よさそうな口調で喋り続けていた。

「そうそう忘れていたわ。一応、負け戦にあって生き延び戦功を立てたことは褒めてさしあげます。ザクロイドの賛辞よ、光栄にお思いなさい。オーホホホホ!」

 いらねぇ。当然のことだから。
 と言ったんだが、リンダには聞こえなかったようだ。むしろ聞く気すらなかったようだ。
 まあいい。デザートを食おう。カップをたぐりよせ、スプーンでかたまりの一部をすくう。実際に(スプーンを通してだが)触ってみた感じでは、それは見た目より更に柔らかで、割と美味そうだった。
 ……あー、そういえば。

「……なんだ。訓練所にいたのは結局そんな事を言いに来る為だったのか(ぱく)」
「そんなわけないでしょう。あれは本当に――」
「ほんふふぃ?」
「口に物を含んだまま喋らない!」

 厳しく人の仕草を非難する。うるさい奴だ。まさしくリンダだった。
 
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