「さて」
ごとん、と椅子を引き立ち上がる雄二。椅子である。なぜ椅子なのかといえば、『今日は学食で食おうぜ。
どんなメニューでも奢ってやるぞ』という、雄二にしてはひどく珍しい提案に乗って、いつもの四人で学食で昼飯を食っているからなのだが。
「どうしたの? まだ残ってるよ?」
きょとんとするこのみを無視して雄二はこほんと咳払いをした。
「諸君。君達にとっては無念なお知らせがある」
と、唇の端にご飯粒を付けたままの雄二が言った。
やけにもったいぶっている。しかしその言葉からは浮かれ具合が滲み出ていた。なんだ?
「なによ雄二。まさか『実は財布忘れちまったんだアハハー』とか言うんじゃないでしょうね」
だったらコレよ、とジェスチャーで怪しい動作を示すタマ姉。実は俺もそれが一番心配だったんだが……
「それはないだろう」
だいたい食券はもう買ってるし。
「ま、そうね。で何よ?」
「ふっふっふ……」
雄二は目を閉じてさあっとキザったらしく髪を掻き揚げた。
「フケが飛ぶでしょう、やめなさい」
うわ相変わらず弟には容赦がないなタマ姉。一瞬でもこの人が礼儀正しい大和撫子だと騙されていたのが信じられないぜ。
「はっはっは、そんな暴言を吐けるのも今のうちだ姉貴!」
そして雄二は目を見開くと、学食中の注目を集めているのも気にせず、ポーズを取って声を上げた。
「聞いて驚け! 俺こと向坂雄二に、ついに、ついについについーーーーに! 彼女、英語で言うマイラバー
ができたことを、ここに宣言する!」
「え、ええっ!? 本当!?」
「……」
「……」
「はっはっは、本当に本当だこのみ! ほら姉貴に貴明! 何か言うことはないのかこの宇宙一輝いている俺に!」
言うことっつったって。
「……あー、タマ姉。そこの醤油取って」
「塩分の取りすぎは体に良くないわよ」
「ってナチュラルに無視かよ!」
だって、なあ? とタマ姉と顔を見合わせる。
いや断っておくが、俺は雄二に彼女が出来たって別に不思議に思わない。俺と違って女の子には積極的に
アプローチしているし、容姿も性格もそんなに悪くない。女の子の好みは知らないが、俺から見ればどちらも
結構いい方だと思う。
だけど、俺と
『どこかに可愛くて優しい女の子が落ちてねえかなあ……拾うのに。フゥ』
『財布やハンカチじゃないんだぞ。落ちてるわけないだろ』
『いやわからないぞ、世の中乱れてるからな。最近は落ちてることもあるかもしれない。そしたら十分の一を請求できるぞふふふ』
『(十分の一ってなんのだよ……)』
などというアホな会話を繰り広げたのが、昨日の帰り道のことなのだ。
いくらなんでも昨日の今日だ。まさか本当に彼女が落ちているわけもあるまい。
「はいはい、良かったわね。それでいくらの彼女?」
その言動はほとんどセクハラだよタマ姉。というか女子○生の発言としてはあまりにアレではないのか。
最近のこの人はどんどん素の人格というかアレが見え隠れしている。雄二に対してだけだが。
「え、え、どういうこと? タカくん、いくらってどういう?」
一人わからず混乱するこのみ。って待てなぜそこで俺に振る!?
純心なこのみに真実を話すわけにはいかない。かといって嘘をつくのも……
「ううむ……つまり、雄二は一人身が余りに寂しくてついパッションが暴走」
「暴走しない! いい加減現実を認めろ二人とも。正真正銘! 人間の恋人が! できたんだ!」
「誰によ?」
「俺にだ!」
ぜーはーと息を切らせつつ力説する雄二。
その力説度合い。もしかして、本当の本当に彼女ができたのだろうか?
「ははーん、さては嫉妬か? 男日照りの姉貴にはうおうギブギブ!」
割り込んだアイアンクローにたまらず机を叩く雄二。
「ぐっ。く、あ、姉貴のことはともかくとして、彼女ができたのは本当だぞ!」
実姉の暴力を受けても、あくまでそう言い張る。さすがのタマ姉もその態度に疑問を覚えてきたらしい。
首を傾げながら雄二に問いかける。
「うーん……本当にできたっていうんなら、いつ出会っていつ彼女になったっていうのよ?
どんな娘? 名前は? 年は? 性別は?」
最後の質問はあんまりだと思いますが。しかし雄二は動ぜず答える。
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれた我が姉よ。彼女に出会ったのは昨日の放課後、貴明と別れた後!
座り込んで困っているあの子を助けたのがきっかけだった……」
あ、やっぱり俺と別れた後なのか?
「で?」
「そして彼女になってくれ、と告白したらはい、と言ってくれたのだ!」
えらくシンプルな出会いと告白だ。
起承転結なら起と結が融合して間の二つが時空の彼方にかっ飛んでいる。
「はあ、えらく嘘っぽいわねえ」
「ふっふーん、勝手に思ってろよ。それ以上のことは本人に語って貰うからな」
「え?」
「ふぇ?」
「なに?」
揃って驚きの声を上げる俺達三人。本人って、まさか。
「なぜ俺が学食を指定したのかわかるか? 実は今日の昼、ここで約束をしているのだ! 今に来るから」
「……あ……雄二様。ここでしたか」
雄二さまぁ!? と、流石に目を見張る俺とタマ姉とこのみ。
そこに現れたのは――
「あの……こんにちは。雄二様の……その……ご友人様方ですよね?」
その女の子は、確かに可愛かった。
さらさらとした肩までかかる髪に大きく澄んだ目、カナリアのような声、服は学園の制服に近いが微妙にスカートが長くエプロンをかけている。見た目からしてまさに『可愛くて優しい』という形容詞に相応しい人間に見える。
「ああ、よく来たねマイ……ハ……」
「……」
そう、人間に見える。
ただし、その耳カバーが無ければの話だが。
「メイドロボだ」
「ロボね」
「わー、メイドロボだー」
「は、はい。初めまして……その、シルファと申します」
「うん、よろしくね。わたしは柚原このみだよ」
「ええ、こちらこそ。私は向坂環、これの姉よ」
仲良く挨拶交換をするシルファさんとこのみ&タマ姉。それを黙ってみている俺と雄二。
名前から察するにイルファさんやミルファの妹だろう。
それがどうしてこの学校に来ているのか、は多分試験のためなんだろうな。
「うーん、確かに可愛いけど、人間ではないよな雄二。……雄二?」
「……」
「おわ」
振り向くと雄二は既に石化していた。本気で知らなかったらしい。
けどまあ最近の、いや珊瑚ちゃん達の作ったメイドロボには心がある。イルファさんを見ればそれはよく分かる。
彼女達は本当に人間と遜色ないし、例えば誰かの彼女になったって何らおかしくは無いと思う。
イルファさんと瑠璃ちゃんだって似たようなものだし。ってのは暴論か?
「と、思うんだけどさあ……」
石化しながらぷしゅーと顔中の穴という穴から煙を吹くという器用なことをしている雄二には、慰めにならないようだ。
いくらメイドロボ好きを公言している雄二といえど、流石に人間だと思っていた彼女が『実はメイドロボでした』となるとショックを受けるのだろうか?
「……ん……待て」
しかし煙を吸い込み正気を取り戻す雄二。
「これは……そう! 貴明! メイドロボって女の子だよな!?」
「あ、え? ああ、そうだが」
いきなりの問いかけに、反射的に言葉を返す。
「ということはやはり……彼女! 君は俺の彼女だ」
「そ……そうですか……ありがとうございます」
勢いに押されつつも礼を言うシルファさん。
さすがだ雄二。これで人間じゃないからやっぱ別れてくれ、なんて言い出すようじゃ俺は雄二に失望してしまうところであった。シルファさんのように心を持つメイドロボは、人権があってしかるべきだし、徒に心を踏みにじられてはならないと思う。
だから後に残る問題は、たった一つなわけで。
「あの……ところで……その、お聞きしたいことがあるのですが……」
「うんうん、何だいマイラヴァー!」
すなわち心を持つ可愛くて優しい女性が、会って一日と経たず誰かの彼女になったりするのだろーか、という。
「その、昨日から雄二様が口にされている、彼女とは……ど、どういった意味なのでしょう?」
本日二度目の雄二が石化した瞬間だった。
ベタだなあ。
流石に注目を浴びすぎていたので、場所を学食から屋上に変え俺達はシルファさんと話をしていた。
「雄二と会った時、耳カバーはしてなかったの?」
「はい、特に必要ではありませんので……それと、何かのテストを兼ねていたそうです」
「へー」
話してみてわかったんだが、シルファさんはなんというか、義理堅い人だ。
そしてメイドロボにはみんなそういう傾向があるのかないのか、良くも悪くも素直に過ぎる。
「うーん、シルファさん? 知らない人の言うことにむやみに頷いてはいけないわよ」
「そ、そうなのですか? で、ですけどお母様は
『人に助けてもらったら、自分もその人を助けてあげないかんよー? これ助け合いの精神やー』と」
「それにしたって限度があるのよ。自分にできないことを約束したら、逆に迷惑をかけてしまうでしょう?
少なくとも約束事については入念に確認しないと」
「……は。そうですね……」
なんかいい教育をしているタマ姉と、素直に頷き学習するシルファ。
ちなみに雄二はまだ石化している。引っ張ってくるのが大変だった。
「まあ雄二には悪いけど、この話は無かったことに」
「い、いえ、できないことだとは限らないのでは……と思います」
「おおっ! そうだよねシルファちゃん!」
といきなり復活した雄二。シルファさんの言葉に目を輝かせている。
「いやーこれから俺がちゃんと教えてあげるよ。手取り足取ギブギブ!」
「黙ってなさい」
そして再びダウンする。不憫な奴。助けない俺も俺だが。
シルファさんはしばらく雄二を見てあわあわしていたが、やがて気を取り直した風で、タマ姉に一つの質問をした。
「それで、その『彼女』とは、ど、どういったものなのでしょうか?」
「彼女って? ……うーん」
シルファさんの問いに考え込むタマ姉。うーむ考え方によっては深い問いだ。
少なくともいまだに女の子が苦手な俺に答えられるような問題じゃない。
「うーん。相手の人の事を他の誰よりも一番に想い、一生を共にするという覚悟を持った存在、かしら?」
なるほど。ちょっと古風かもしれないけど、シルファさんにはそれぐらい言っておいた方がいいかもしれない。
「そ、そうなのですか? ……それでは……あの……その……」
シルファさんが言い淀む。またむくむくと起き上がってきて、シルファさんの言葉に一縷の望みを託すかのような雄二に顔を向け、申し訳なさそうに頭を下げると、
「そ、その……申し訳ございません……! 雄二様の御申し出、私では受けることが適いません!」
これ以上ないくらいきっぱりさっぱりと、振ってくださった。
「まあ、気を落とすなよ雄……おわ!」
そこにいたのは雄二であって雄二ではなかった。石化を通り越して砂になってる。
「ああこりゃ駄目だ」
「雄二様……申し訳ございません……」
「いいのよ別に。会って一時間も経たないうちに告白するこいつがおかしいんだから」
ううむ。やっぱりそうかなあ。
シルファさんの様子からして、単に雄二が冗談気味に彼女になってくれ、と言うのを真に受けてしまったようにも思えるけど。
そう考えると不憫な奴だ。
「シルファー。あ、それに貴明、ここにおったんやー」
と、その時、ドアの方から珊瑚ちゃんの声が聞こえてきた。やっぱり珊瑚ちゃんが関わっていたのか。
「お母様!」
珊瑚ちゃんはシルファさんの傍まで走っていくと、耳カバーを撫でながらシルファさんに笑いかけた。
「どや、新しいカバーの調子ー?」
「はい、問題ありません」
「そか、よかったー。それで学食に用事ってなんやったのー?」
その珊瑚ちゃんの問いに、シルファさんは一瞬砂になった雄二に目をやると、申し訳なさそうな顔をして珊瑚
ちゃんに事情を話し始めた。
「ふんふん」
「……ですから……私はお母様のメイドロボですから、大変申し訳ないながらお断りを……」
「うーん、そやなー……けどその、雄二様ー、も助けてくれたんやろー?」
「はい、エネルギー不足で座り込み救助を待っていた私に食事を」
「そんならお礼はせんとなー」
「その通り!」
三度復活、向坂雄二。
「拾得者には報労金を受ける権利がある! 珊瑚ちゃん、一割でいいですからシルファちゃんをください!」
がばっと起き上がった雄二が、珊瑚ちゃんに懇願する。一割って物じゃないんだから無理だろう。
いや物なのかもしれないけど、メイドロボは物であって物ではないというか……。
ところが珊瑚ちゃんは俺の予想に反した言葉を返した。
「一割でええん?」
「もちろん! 十分です!」
「うーん、そんでも……あ、そや。丁度ええわ」
おお!? 何か思いついたんだろうか。珊瑚ちゃんは頭上に電球を閃かせている。
その瞬間、背筋がぞくりと冷える。これはなんだ。予感か。虫の知らせか。
「うん、シルファの一割な。ええよな、シルファ?」
「はい、お母様の仰ることでしたら」
「それじゃ明日までに用意しとくわ。楽しみにしててなー」
「うおっしゃあああああああ!」
えー、その、本当にいいんですか? などとは狂喜する雄二の前ではとても言えない俺であった。
次の朝の登校路は、にやつく雄二の相手で大変だった。
「ふふふふ。二十四時間かけるの十分の一、つまり一日に二時間四十分! 二時間四十分もあったらなんでもできるぞ、ふっふっふ」
なんでもってなんだよ。だいたい二時間四十分じゃなくて二時間二十四分だ。浮かれすぎである。
それに猛烈に嫌な予感がするんだ。雄二の幸せは信じたいんだが……。
「別に一日の十分の一貸し出すって決まった訳じゃあ……」
「何言ってんだ、シルファちゃんはバラ肉やお金じゃないんだぞ。それしか方法は無いだろう」
「でもなあ」
「あ、珊瑚ちゃんだ」
見ると雄二の視線の先には、両手に何かを重そうに抱えた珊瑚ちゃんがいた。シルファさんはいない。
「るー」
「るー! で、シルファさんは?」
怪しい挨拶を一片の躊躇もなく返す雄二。お前そこまで……。
雄二の言葉に珊瑚ちゃんはあーそやったー、と笑うと、雄二に手に持つ何かを差し出した。
よく見るとそれはメイドロボの耳カバーのようだ。
「お、耳カバーかあ。うちに来たときのためかな……うわ意外と重いね?」
受け取りながら雄二が言う。それに対して珊瑚ちゃんはきょとんとすると、
「ちゃうで、約束の一割やー」
と言った。それはもう天上の天使のような残酷な笑みを浮かべて。
「質量のぴったし十分の一や。そういう設計やからな。あ、心配せんでも大丈夫やで、ちゃんと新しいのはあるからなー」
と、聞いてもいないことまであっけらかんと言う珊瑚ちゃん。
「それじゃ、またなー」
そして珊瑚ちゃんは手を振って去って行った。一方的に。残されたのは俺と、耳カバーを両手に抱え呆然としている雄二。
しばらく経つと雄二の肩が震えだした。まあ、その、なんだ。
「ま、いいじゃん。望みどおり十分の一の彼女だ。大事にしろよ」
「彼女じゃねええええ!!」
無機質な耳カバーを抱いて雄二はむせび泣く。その姿を見て俺は一つ学んだ。
彼女は拾うもんじゃない。一割しか手に入らないんだから。
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