ストップザ青春!
 
 なぜか唐突に妙なフレーズが浮かんだ。なぜこんなイヤなフレーズが、俺の記憶に鮮明に残っているのだ? 誰だっけな、こんな果てしなく無粋で歪んだ情念に満ちた言葉を吐いたのは。
「あたしだー!!」
 目の前で縞々パンツ丸見えの人が、ふんぞり返ってそう断言した。なんでパンツ丸見えかというと、制服の短いスカートの癖して手すりの上にわざわざ立っているからだ。
 そのバランス感覚だけは素直に尊敬する。
 でもパンツ丸見えなところはまったく尊敬しない。
「お、今パンツを3回もちらちら見たな少年A!」
「まったく見てません」
「ほらなー。まったくいやになるよな、ここ数日の国会審議はもーだらだらし過ぎて」
「まーりゃん先輩、ちょっと話が飛びすぎです」
「まーあれだ、あれはあれでなかなか声優の勉強になるんよ?」
「だからって無理やり戻さないでください」
「どうしろというのだー!」
「喋らないでください」
 たぶんそれがたった一つの冴えた方法だ。

 昼休みを過ごす高校生としては、かなり一般的な部類に入ると思う、今の俺たちの状況は。
 まーりゃん先輩が手すりの上で無駄に騒ぐ、そして俺が突っ込む。他愛ない戯れだ。ただし話の内容はあまりにアレだが。どのぐらいアレかというと、この会話を3時間も続ければ5次元人になると確信できるぐらい。
 話を戻そう。
 屋上の手すりの上で騒ぐなど危険にも程があると思う奴は多いだろうが、まーりゃん先輩は命綱を装着済みでそのへんは抜かりない。ただし多分にバンジー的な要素が含まれている。
 いや、戻っていない。もう少しまともな展開にするとしよう。
 
 それにしてもいつからだろう。このちっこい先輩と、こうして昼休みを二人きりで過ごすようになったのは。
「先週からだ。ちなみにさーりゃんの家庭環境その他は頼りないこいつに代わりあたしが何とかしてあげたので三人のだらだらどうでもいい関係が延々と続いているという設定だ。詳細は省く、交互期待!」
 まーりゃん先輩は突如として安直かつ危険度マキシマムの爆弾宣言をした。
「む、なんだその目は。なんか文句あるか?」
「とりあえず、ナレーションと会話するのはやめてください」
 開始40行で既に宇宙の法則が乱れかねない飛びっぷりである。
 このへんでブレーキをかけておかないと、知らぬ間に異星人との惑星間戦争がシリアス調で展開され、戦闘機で敵母艦中枢部に突っ込む羽目になりかねない。もちろんパイロットは俺で、地球に残って最後になんかあくはほろびた的に締めくくるのはまーりゃん先輩だろう。
「うむ、そろそろでぃすぷれーの前のみんなも×ボタンに手が伸びる頃だな」
 まーりゃん先輩の言葉の八割がたは異次元の概念が混じり過ぎてまったく理解できない。
 が、俺の存在をあさっての方向から消し飛ばすほど逸脱したものだということだけは確信できた。
 つまり、これ以上余計なことは喋らないでください。
「じゃ、前置きはここまでだ。そろそろ本日の議題いくぞー」
「助かります」
「ところえさっきのは戻るボタンの方が適切だったかな? 最近はもう超世界の道具がいっぱいでわけわかんにゃいから、切り替えられるかも」
「あえて突っ込みません」
「のりわるーい。そんなんじゃ13億とんで数百万パワーの超科学スモッグに勝てないぞ?」
「俺はオリンピック選手じゃありませんから」
「OKそれ! その突っ込みのノリを忘れないまま、本日の議題、発表ーーー!」
 まーりゃん先輩が叫ぶと同時に、くす球が俺たちの頭上に下りてきた。
 ここは屋上だった気がするが、もうそのへんのことは考えないことにする。
 ま、さっきの一連の爆弾発言郡に比べればいくらか解釈というかタネを仕込む余地はあるだろう。なので、くす球を吊るロープの有無に関しては、あえて感知しないことにする。した。
 もちろんくす球を用意している理由など、テナガザルの平均就寝時刻よりどうでもいいことである。そうだよな、俺。
「とう!」
 俺がその辺の葛藤を繰り返していると、まーりゃん先輩は俺の肩に飛び乗ってきた。
 お、重い。思わず前後に揺れるが、まーりゃん先輩は特に臆した様子もない。なんて無駄にすさまじいバランス感覚だ。
「ちょっと肩借りるぞ。うわこれ萌える発言だな! どうよ!?」
「土足じゃなくて手で借りれば萌えるかもしれません」
「その辺はあたし流アレンジって奴よ。そんじゃ、本日の議題、いくぞー!」
 宣言すると、まーりゃん先輩は跳んだ。
 そしてひっくり返る。いや、違った。くす球にオーバーヘッドキックをかましたのだ。
「まーりゃんバイシクルきーーーーーーーっく!」
 まーりゃん先輩の必殺技により、くす球はぱかーんという間の抜けた効果音を残し、無残にも木っ端微塵に砕け散った。
 なぜオーバーヘッド、などとはもうどうでもいいので突っ込まない。なお当然のことながら先輩はパンツ丸見えだが、こちらはもっとどうでもいい。
「じゃん! これだー!」
 そして、木っ端微塵に砕けたくす球から、垂れ幕が落ちてくる。
 垂れ幕はそのまま屋上の床にへばりついた。
「読めません」
「やりすぎちった。たかりゃん、広げて」
「くす球の意味、まったくありませんね」
「そんなこたー最初からわかってただろチミ?」
 そのとおりですとも。

「第一話! 『たかりゃんに彼女を作ろう』の巻!」
 ズドーン
 まーりゃん先輩が宣言すると同時に、ブロックが砕け散る効果音がした。
 この人はいつも自分用アイペド(注:携帯プレーヤーの先輩風の呼び方)に、使える効果音やBGMを満載しているのだ。そういうことになっている。
 ってそれより、なんですかその議題。
「余計なお世話ですよっ」
「あっまあああああああい!」
 まーりゃん先輩は俺を指差し、煮詰めたバニラエッセンス風口調で俺を非難した。
「なに考えてんだたかりゃんはまったく。せっかくさーりゃんのオナペッツ的有望株になれるかなー? と思ったら途中撤退しちゃってEXPだけ貯めて!」
「途中のイヤな単語は聞き逃しますが、いいじゃないですか。ささら先輩は元気になったんですし」
「よくない! チミはさーりゃん恋心を抱いていた。間違いない!」
「……」
 そういわれると、自分でもよくわからない。
 そりゃ、ささら先輩は可愛かった。そしてとても綺麗で、優しい人だった。
 でも、だから恋人にしようかというと、どうだろう? それすら俺にはわからない。なにしろそれを考える前に、ささら先輩は、俺の前からいなくなってしまったのだから……。
「そこ、てんてん禁止! あたしの目の色が黒いうちは、そんな甘えは認めんよー!」
「できれば超次元の言葉も禁止してください」
「なんのことだかにゃー。まあいい」
 まーりゃん先輩はこほんと咳払いをすると、話を戻した。
 ありがたいがありがたくない。微妙な心の揺れ動きだ。
「さーりゃんを失ったたかりゃんは、性欲をもてあまして暴走するだろ」
「しません」
「する。そうなった時、悲しむのは誰だ? 親御さんか? 完璧超人とへっぽこ妹か? いや違う! 一番悲しむのはあたしだ!」
「それ絶対違う」
 むしろ先輩は嬉々として俺の裁判を傍聴するだろう。
 むしろ検察側証言台に進んで立つだろう。
 俺の証言にとりあえず異議を唱えて精神力を著しく消耗させることに専念するだろう。
 その後どっからか保釈金を出して、俺に生き恥を晒すことを強制するだろう。
「だからあたしは考えた」
「人の話まったく聞いてませんね」
「たかりゃんはこのままじゃいかんのだ。誰か、肉欲を発散させる相手を作らねばならん!」
 まーりゃん先輩は高らかに身もふたもないことを宣言した。
「だからいいか、たかりゃん! 彼女を作れ、それも一ヶ月以内にだ!
 それが成るまではこのまーりゃん、肉親といえど容赦せん!」
 この人が肉親とか言うと卑猥な響きに聞こえるから不思議だ。
「具体的にどう容赦しないんですか」
「パンツ大増量」
「頼みますからやめてください」
 意味はわからないがいやらしいことに違いない。
「無差別」
「自分の体を人質に取るのはやめてください!」
「じゃ、やるんだな?」
「う」
 だって、どうしろというのだ?
 タマ姉にも一ヶ月だか二ヶ月前だかに言われた。本気を出せ、と。
 それから俺もそれなりにがんばったとは思う。女の子に声をかけ、できるだけ優しくしたと思う。でもこのざまだ。屋上でちっこい先輩とだべる日々。俺に彼女なんかできるわけがないと、今では確信すらしている。
 いや、そもそも俺は彼女が欲しいんだろうか?
「はいはいモノローグはもういいの。これ隠しルートだから正ルートみたいに感情の揺れ動きとかないの」
「異次元突っ込MIKINSI!」
「おまえもな。いいから行くぞ、最初のターゲットはあいつだあのミス研の黄色」
「異次元キーワードも禁止!」
「却下。あたしの見立てでは結構望みがあるっぽいぞ? では行くぞー」
 そしてまーりゃん先輩は俺の腕を引っ張り、屋上のドアノブに手をかけた。
 はあ。俺はいったいどこに向かっているんだろう? 教えてくださいささら先輩。
「――」
 なんか先輩の声が聞こえてきた。
 曰く、どこにも行けないと。俺もそう思った。
 俺の青春はいつのまにか静止していたのだ。
「なんてことはあたしがやらせんよ! やらせはせんよ! 次回を乞うご期待!」
「いきなり超越的にまとめないでください!」
「次回予告!」
「却下です!」




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