「とうちゃーく」
というわけで中庭に下りてきた俺達。ちなみに今は昼休み中である。
本当は学食で静かにB定食でも食べていたいのだが、まーりゃん先輩が穏やかな日常を許してくれるはずもない。
「お、いたいた」
「いますね」
視線の先には黄色い髪の女の子。石段の上にひとり座り込み、サンドイッチをほおばっている。
で、俺達はというと何故か茂みに隠れている。その方が雰囲気が出るから、だそうだ(わけがわからない)。
ときおり通りがかりの生徒が怪訝な目を向けてくるが、まーりゃん先輩を見ると納得したような様子で去っていく。この人もある意味では有名人なのだ。
まーりゃん先輩は通行人を気にする事もなく、笹森さんをじーっと見つめている。
そしてにやりと笑った。
「中庭で一人飯。なかなかいい感じだな、助手2号」
「いい感じって、何がです」
「なに? トイレランチの方が萌える? おみゃー少しマニアックすぎでないかい?」
そんなこと一言も言ってない。なんの話をしてるんだ、この人は。
などという俺の思いをよそに、まーりゃん先輩は顎に手を当て考え込む。
「む、むむ。だが意外といいな? 新機軸で打ち出すかー? 女子トイレで出会い。休み時間もトイレで落ち合う。ランチはトイレ、デートもトイレ、個室は二人の愛の巣。ウォシュレットは二人の絆。どうよこれ!?」
「果てしなく変態的ですね」
「だがそこがいい」
「よかないです」
どうでもいいがこの学校のトイレにウォシュレットは付いてない。
「とにかく、理解できるように喋ってください」
「じゃ、解説してやろう。友達もなく中庭で一人寂しくパン食うヒロイン! フラグ立ちまくりの王道中の王道だにゃーと思わないか? 涙の染み付くゴマぶんどれば、結婚後不幸にもロボに変身できそうだ」
「相変わらず過程が吹っ飛んでますね」
「だが状況は一点を指し示している」
先輩が腕を組み無駄にかっこつけて言った。要は笹森さんが寂しがっているので、声をかけるチャンスだと言いたいらしい。
「そういう子だったかなぁ?」
笹森さんとは、いちおう幾度かタマゴサンドを食べられた仲だ。いやどういう仲だと言われても困るが。
とても明るい子で、ひどい言い方かもしれないが、友達がいないからと落ち込む子という印象は受けていない。ある意味ではまーりゃん先輩に似ていたような気がする。
とはいえ、俺がささら先輩を手伝うようになってからほとんど会っていないので、確かなことだと断言はできない。彼女も女の子なんだし。
ここからでは彼女の表情は読み取れないが、ひょっとして寂しがっていたりするんだろうか。
「はいはい悩むな。いーからとりあえず声をかける」
「なぜに」
「美少女への好奇心は主人公の必要条件ぞ。それとも彼女に女としての魅力を感じぬか?」
なんで老師風口調なんだろう。などと疑問に思うのは、なんでこの人卒業生なのに学校にいるんだろう、と考えるのと同じぐらい愚かしいことだ。
「そんなことはないですが、理由がないですよ」
「根性ないにゃー。なんだっていいじゃん。君が可愛いから声をかけずにはいられなかった好きです結婚して、とか」
「いきなり告白してどうするんですか!」
「む、確かに。最近は相手に惚れさせるのがセオリーだもんな」
真剣に考え込むまーりゃん先輩。
言動からは俺で遊んでいるとしか取れないのだが。
「じゃ、こーゆーのはどうだ。あちし暴漢、たかりゃん王子」
「配役が激しく間違ってます」
先輩が暴漢てのはちょっと想像がつかないというかある意味つきすぎるというか。
「そーかな? ベタだが効果的だぞ。ものは試しだ。準備してくる」
そしてまーりゃん先輩は飛ぶように去っていった。
ものは試し、か。確かにその通りかもしれない。彼女ができない俺に欠けていたのは、その心意気だったのかもしれない。
でも限度ってものがある。と直後に思い知った。
2分後、バットとヘルメットで武装しマスクで顔を隠す謎の少女がそこにいた。
こんな格好をする女の子は、いくら学校広しといえど一人しかいない。
つーか二人もいてほしくない(主に俺の精神衛生上)。
「まーりゃん先輩」
「にゃんだ」
「無理ありすぎです」
超短いスカートの制服女子高生が、いわゆる革命的な格好をしている。はっきり言ってギャグにしか見えない。でなきゃただのコスプレだ。
しかもなぜ高校の昼休みに暴漢が出現せねばならんのか。怪しさ振り切れすぎです。
「うむ、実はあたしも準備中にそのように考えない事もなかった」
いちおう、人間的な判断力は備わっていたらしい。
「じゃ、方向転換してみては」
「だがこのまーりゃんたるもの、一度口に出したことを撤回するわけにはいかぬ。それになんか面白そうじゃないか?」
「難儀な性格ですね」
「つーわけで行くぞ。作戦B、GO!」
なんでこんなことになってるんだろ。俺達。
始まる前から既に終わってる雰囲気が漂っているぞ。
「そこの黄色!」
「はえ?」
振り向く笹森さん。するとそこには革命的先輩がいる。別に百合的な意味ではない。
笹森さんは目を白黒させて革命的まーりゃん先輩を見つめている。たぶん、びっくりしているんだろう。当然だ。
「訳あっておんしに死んでもらわにゃならぬ」
時代劇風に言いながら、バットを背中からすらりと引き抜くまーりゃん先輩。その仕草はさながら今日から不良になった金髪男のごとしだ。
ていうかあのちっこい背中のどこに隠してたんだ。
「はいっ?」
「ふっふっふ、悪く思うな。あちしは人の恋路を舗装すべく、血と血でアスファルト固めるロリ侍。自在にコンクリぶちまくぜ」
わけのわからん台詞とともに、先輩は舌なめずりをした。
言っておくがここは昼休み中の中庭である。通行人が引きまくっている。
「なべて世のため趣味のため、沸きあがる呼び声にこそ応え、ロリの化身がADで自動的に浮かび上がる!」
それにしてもこの先輩、ノリノリである。
もう何言ってるのか俺にすらさっぱりだ。いわんや完全に巻き込まれた形の笹森さんは。
「くくくく」
そして一歩、笹森さんに近づく。真に迫りすぎだ。なにが真かというのは先輩にしかわからんだろうが。
さて。さっさと止めないと通報されかねないな。まーりゃん先輩のことだから、逮捕されるようなヘマはすまいが。
「そこまでですよ」
ざ、と踏み込む。
「あ、たかちゃん!」
笹森さんがぴょんと飛び跳ねて、俺のそばに駆け寄ってきた。
「助けに来てくれたの!?」
むむ。これはひょっとして成功の部類に入るのか?
「止めるのか! 同志貴明!」
どうしよう。一応演技とかした方がいいかな。
とりあえず、笹森さんと先輩の間に割り込み、手で笹森さんをかばう。
「やめてください、人を呼びますよ」
ピピー!
と、ホイッスルが鳴った。いきなり。
まーりゃん先輩が吹いたのだ。どっから出したんだろ。
「NG! それはガイシャの台詞だっ! 王子様でやり直し!」
「え」
「え」
「テイク2! すたーと! へっへっへ、あたしは血で血を洗う血侍」
え。ちょっと、ええー?
『声が小さい!』
『もっと情熱的に!』
『いまだ! さりげなくおっぱいもめ!』
『犯罪です!』
『おおたかあき しんでしまうとはなにごとだ』
『本気で死にたいです』
『くおら、またお前らかー!』
『たかりゃん! 民主主義の犬だ! 潰せー!』
『無茶です! 逃げますよっ!』
『ザムディン!』
『ユニバァァァァァァァス!』
『月光蝶である!』
『明日はきっといい日だ!』
『トンファーキック!』
『あててんのよ』
『エターナルフォースブリザード!』
『死にます』
その後テイク18までやってから、ようやく監督のお許しが出た。なんか途中から別なものが大量に混じっていた気がするが、気のせいということにした。
いつの間にか集まった見物客達から、ぱちぱちと拍手が鳴る。なんかおひねりまで飛んできてる。
「よーし! 今日はここまで!」
先輩が偉そうに言うのと同時に、チャイムが鳴った。
昼休み終了のチャイムだった。
「ほれ、礼はどうした!」
「ありがとうございましたー」
棒読みで無気力に礼を返す俺。ちなみに笹森さんは芝居を繰り返す俺たちを最初から最後まで白黒した目で見続けていた。たぶん呆れている。
「うむ!」
返事に満足したらしく、革命的先輩は立ち去っていった。その向こうの空では、なぜか夕日が輝いていた。
だから昼休みのはずなんだが。
で、取り残されたのは俺と笹森さん。
「ね、たかちゃん」
「できれば何も聞かないでほしい」
何か聞かれたとしても、俺には答える気力が残っていない。
最初の目的がどうとかそんなレベルではない。甘受していた秩序ががらがらと崩落していくのを黙って見ているしかない。一般人の俺が嘆いても、誰が責められようか。
が、笹森さんは俺の返答に目を輝かせて言った。
「すごいね。この学校、ミステリーがいっぱいだねっ!」
確かにあの人は存在そのものがミステリーだ。
笹森さんに適当に別れを告げてから、俺も教室に向かう。
ぐう、とおなかが鳴った。ああ、腹減ったなあ。
「はあ」
現実逃避をしてみても、気分はむなしいままだった。
で、放課後の屋上。俺とまーりゃん先輩は向き合って座り込んでいた。
まだ役を引きずっているのか、先輩はヤクザ座りだ。つまりパンツ丸見えだ。
「おかしいにゃー、進展してないぞ。庭ステージでワニ夫婦が残弾補充してからグレードアップするはずだったのに。どこでどう間違ったのか」
「つーか、先輩は遊んでただけじゃないですか」
さっきの一連の行動に正解を探すほうがむしろ難しい。
「あたしはずっと真剣だったぞ」
真剣にやってあれなのか。なんて人だ。むしろ真剣だからこそあれなのか?
「とにかく、作戦は失敗だ」
「ですね」
「だがたった一人で諦めてはならん。七転び八起きだ」
嫌な冷や汗が背中をぞわりと駆け上った。
「まだ続けるんですか!?」
「当ー然。次は誰にする? ロリと年増、どっちがいい?」
「どーゆー二択ですか」
「同級生は後回しにしたいからにゃ。だったら上か下かしかないじゃん」
にしては言い方が悪すぎる。
それにどっちを選んでも大惨事の予感しかしないのはどういうわけだ。
かといって黙っていれば惨事がタッグ組んで襲い掛かってくるに違いない。つまりどちらも選ばない場合、両方ということになる。間違いなく。だって先輩だから。
俺は苦渋の思いで言った。はやまったかもしれない、と言う前から思う。
「じゃ、ロリで」
人として間違った一歩を踏み出した気がした。
まーりゃん先輩は俺の選択に満足したらしく、ウインクをした。
「ふふ、成長したなたかりゃん。このご時世にGODなYOUの心意気、確かに受け取った」
まーりゃん先輩はにやにやと笑いながら、ばっと立ち上がった。どうでもいいけど、先輩が言えた義理じゃないと思う。
「じゃ、たかりゃん! 明日10時、あそこに集合だ」
び、とまーりゃん先輩が指差した場所は、学校を飛び越え、広がる町並みの更に向こう側。街の外れに建つ病院だった。
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