目を覚ますと、奇妙な形の天井が視界を占めていた。円形の天井の中心を二本の柱が支え、そこから放射状に梁が渡されている。
 文献で見たことがあった。これは確か、サカ伝統のテントだ。
「……あ。気が付いた?」
 と、声が聞こえてきた。体を起こして振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。
 長い髪を絹の帯で束ねた軽装の少女。とても綺麗だ。けれどか弱い印象は受けない。
「あなたは、草原の入り口に倒れていたのよ」
 少女は言いながら近寄ってきて。水の入った奇妙な形のカップをぼくに差し出してきた。
 動作のひとつひとつがいちいち機敏でしなやかだ。スカートのような服の隙間から覗く足も、カモシカのようにすらりと伸びていて、鍛えられつつも美を維持している。
「喉が渇いたでしょう? お水、どうぞ」
 確かに喉は渇いていた。からからだった。
 今思い出したが、ぼくは確か、食料が無くなって行き倒れそうになっていたのだ。
 頷きだけを返事として、カップを受け取って中身をごくごくと飲む。冷えていてとても美味しかった。
「それだけ元気に飲めるなら、大丈夫そうね」
 少女はそう言って微笑んだ。

「私はリン。ロルカ族の娘。あなたは?」
「ぼくは」
 実際のところこの時点でのぼくは、彼女とこれほど長い付き合いになるとは、思いもよらなかった。
「マーク。マーク=クライン」



――


 それから三日の後。
 ぼくはリンと共に旅をしていた。背負い袋を背に、歩いて三日の距離にあるブルガリの街を目指しているのだ。草原がまだまだ続いているが、地平線の果てにはどうやら街らしき影が見え隠れしている。
 きっかけはリンの一言だった。
『ねえ、あなたの旅に、私もついていっていい?』
 たしかにぼくと共にいれば、戦いには不自由しないだろうが。一文無しの旅人でしかも愛想のない子供と二人で旅など、ふつうの人間が思いつくことではない。
 もちろん誉めている。
「それにしても」
 と、リンが足を止めずに言った。
「マークって本当に軍師なのね。すごいわ、その年で」
「まだ見習いだよ」
 そう、ぼくは軍師見習いだ。
 一人前になるには師匠に、人々に認められなければならない。それにはまだまだ力不足だ。
 またそれ以前の問題として、師匠が行方不明なので、認められるもなにもないのだが。
 でもそういうリンこそ、その年で既に立派な剣士だ。
「見かけと中身が一致してないことは自覚しているよ。リンはわかりやすくて羨ましいな」
「え? どういうこと?」
 ぼくは足を止めて、少し迷ってから言った。
「リンは草原にたなびく風のようだ。外見も、動きも、性格も、剣を振るうときも。最初に受けた印象どおりだよ」
 正直な印象を話した。剣を片手に草原を駆けるリンの動きは、まさしく風そのものだった。
「……誉められているのかしら」
「とてもほめているよ」
 ぼくが言い切ると、リンは困ったような微笑を返した。照れることはないと思う。
 リンは最初の印象どおり、とても綺麗だし、加えて真っ直ぐな心を持っている。一週間にも満たない付き合いだけど、ぼくはその第一印象に少しも疑いを持っていない。どころか、ますます確信は強まっている。
「でも、それを言うならマークだって、ある意味では見かけ通りと言えるわよ」
「ぼくが?」
「ええ。マークはとても落ち着いているわ。言い方が悪いかもしれないけど、おじいさんみたいね」
「そうかもしれない」
 けどこの性格も喋り方も、生まれ付いてのものではない。
 ぼくの幼い頃はもっと感情を表に出す子供だった。人並みに泣いて笑って、怒って悲しんでいた。ベルンの辺境、小さな村の広場で友達と気楽に遊んでいた。
 だからこの性格も喋り方も、単にぼくがぼく自身の感情を制御して作り出したものに過ぎないのだ。
 ただ始末が悪いのはぼく自身、この作り出した性格が嫌いなわけではないということなのだが。
「さあ、そろそろ行きましょう。ブルガリに着けば、十分な食料や寝具を買えるわ」
「そうだね。リン、そういえばお金はあるの?」
「蓄えがあったから。一人になってからは使ってないし、二人で二週間ぐらいは大丈夫よ」
「そうか……。でも、ぼくも少し出そうか」
「え? マーク、あなたお金持ってたの」
 心外だ。
「もちろん、持ってないよ」
 持っていたらだだっ広い草原で行き倒れになどなるわけがない。
 放浪の軍師といえば聞こえは良いが、主君を見つけない限り無職と同じなのだ。お金を稼ぐ方法といったら、ぼくには詐欺師に転職するぐらいしか思いつかない。
 路銀に困らぬ給金を支払ってくれるほどにぼくの才能を買ってくれる人が、この先見つかればいいのだけれど。
 できれば、その人はリンのような真っ直ぐな心を持つ人であって欲しいな。
 で、それはともかく。目の前でリンが呆けた顔をしているのだが。
「マーク……あなたも冗談を言うのね」
「ぼくも人間だから」
 どこまでいっても、人間は人間だ。それは普遍的な真理だった。
 リンはそうね、と言ってさわやかに笑うと、かろやかな足取りで歩き出した。ぼくもそれに続いた。




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