「おおリン様! おはようございます!」
「マーク、おはよう。今日もいい天気ね」
「おはよう」
宿屋の一室で、リンと朝の挨拶を交わす。
リンの横では緑のシャツを着たどこぞの騎士が、気味悪いほどさわやかな笑みを浮かべて挨拶をしているのだが、リンはあえて無視しているようだ。
でもそれは無駄というかむしろ逆効果というか。
「おおっ、氷のように冷たいリンディス様もまたお美しい……くっ! 不肖私め、あまりの美しさに胸が打ち震えております」
そう言って騎士……というかセインは胸に手を当て眼を瞑った。本当に感動に打ち震えているようだ。
それを見てリンは額に手を当て、諦めた風に言った。
「マーク。なんとかしてくれない? 昨日からずっとこの調子なのよ」
「むりだよ」
「ああっ!」
いきなりセインが大声を上げた。
「なに?」
「リンディス様、窓を見てください! まるでリンディス様の美貌を祝福するかのように、柔らかな太陽の光がさんさんと降り注いでおります! というわけでどうです、今日は街に散策へぶしっ」
と、セインの後ろから手がにゅっと伸びてきて、シャツを掴み後ろにぐいっと引っ張った。
「朝から何をバカなことを言っている。……おはようございます、リンディス様、マーク殿。本日もご迷惑をおかけしたようで、申し訳ございません」
後ろからぬっと現れたのはケントだ。セインとは対照的に、この騎士は朝からいつもと変わりなく礼儀正しい。
「もう慣れたわ」
「真に申し訳ございません。こいつは柱に縛り付けておきますので、どうぞごゆっくりご朝食を」
ものすごい言い草である。
まあなんだかんだで、ぼくもリンと同じように慣れてしまっているのだが。
「はなせ、こらっ」
「聞く耳持たん! まったく何を考えてるんだお前は」
そういうわけで、セインには遅れて朝食をとってもらうことにしよう。健康な大人なんだから一食遅れるぐらい、なんでもないだろう。
いろいろあってぼくたちと一緒に旅をすることになった、この二人の騎士。名前はセインとケント。年は騎士としては若い方だけど、二人ともキアラン公爵家の正騎士なだけあって、腕はかなりのものだ。
単純な剣の腕だけで言えばリンが優るかもしれないが、なにしろ場数と体格が違う。本気で戦えば、リンは二人に敵わないだろう。将来、もっとリンが戦いを経験すればその差は逆転するだろうけれど。
礼儀のほうも、ケントはしっかり教育されているようであらゆることにソツがない。
セインは……まあ、普段はだらしなくとも、いざとなったら頼れる人だ。
いずれにせよ、二人がぼくたちの頼れる仲間であることに変わりはなかった。
「ところでマーク殿」
と、宿屋の1階でご飯を食べていたところ、ケントが話を切り出した。
どうでもいいけど殿付けで呼ばれるなんて初めてだな。
「先日の指揮は実に見事でしたよ。私も見習いたいものです」
先日……ああ、あの山賊との戦いのことだろうか。
実のところ、あの戦いでぼくが指示したのはそう大したことじゃない。
『数の優位を作れ』『不利な地形では戦うな』
この二点を指示しただけだ。もちろん、この二点を実行するために必要な情報である敵軍の配置については、逐次情報を収集・予測し、各自に伝えてはいたが。
戦場を全体から見る意識を保てば、誰にでも指示できることだ。
「それが凄いのです」
ぼくがそのように解説すると、ケントが反論する。
「自ら危険地にあって、常に冷静な視点を保ち的確な指示を与え続けられる者はなかなかおりませぬ。我がキアラン公爵家、いやリキア同盟において、マーク殿ほどの眼を持つ者がいるかどうか。ましてその年でそれほどの戦略眼を持つものなど、未だかつていないかもしれません」
ケントが一気に言い切った。
誉めすぎだ。ぼくを買い被りすぎだろう。
ぼくは軍師としての比較対象をいまだ一人しか見たことがないが、軍師としての自分に未熟な点が多々あることは自覚している。
リキア全体を探せば、ぼくより優れた軍師はきっとどこかに見つかるはずだ。
まてよ。これは自慢になるのだろうか。
「べつに、大したことはないよ」
「ご謙遜ですね、マーク殿。しかし、いったいどこでそのような用兵学を学ばれたのですか?」
「そうね、私も聞きたいわ」
リンが身を乗り出して言った。
この話題は苦手だ。どこで、となると言えるが、人様に自慢できるような手段で学習してきたわけじゃないから。あまり楽しい話でもない。
そして、それ以上に軍師は自分を語るものではない、とぼくは思っている。
自らを語るのは、人の前に立ち道を示す主君だけでいいのだ。人の背中を押す軍師は、あくまで影でならなければならない。
結局ぼくは、適当に話を濁してその場の流れを打ち切った。今後もこの話を自ら進んですることはないだろう。
ぼくが何者であるかなど、どうでもいいことだ。
なぜならぼくは、ただリンをはじめとする仲間たちを、ほんの少しだけ手助けする存在に過ぎないのだから。
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