彼の真っ白な毛並みは、明らかにこの粗末な馬舎と不釣合いだった。
 白毛の馬の風体に付け加えて、背中に一対の折りたたまれた翼を持つもの。ペガサスだ。
「きみはたしか、ヒューイだったかな」
 名前を呼ぶと、ヒューイはこちらに振り向いていなないた。返事をしたようだ。
 噂には聞いていたけれど、実際に見ると驚く。
 ぶちの一つすらない純白の馬体と、コンドルのような翼。
 今は畳まれているが、ぼくは昨日、この翼が広がっているところを見た。大空を優雅に翔るその姿は、まさしく幻想的というほかない。知能も普通の馬とは比べ物にならないほど高く、個体によっては人語を解す者もいるらしい。
「あ……あの……」
 と、ヒューイを眺めていたところ、後ろから声をかけられた。
 振り向くとそこには、紫のほわほわした髪に、白の上衣、短いスカートを着た女の人が立っていた。その肌は服と同じように、雪のように白い。
 ぼくはこの女性――女の子というべきだが、ぼくが言うわけにはいかない――を知っていた。
「おはよう、フロリーナ」
 フロリーナ。イリアの天馬騎士見習いであり、リンの友人だ。
 修行のためということで、ぼくらの軍の一員に加わった。
 つまりは、新しい仲間だ。
「あ……え……え……ぇ……」
 フロリーナは視線をせわしなく周囲に踊らせた。所在なさげに手を動かしている。ぼくの呼び捨てが、刺激的だったのだろう。
 とはいえ、ぼくが年上の人を呼び捨てにするのは、ある種のポリシーであるため、変えようが無い。
「ぼくはいない方がいいかな」
 フロリーナもヒューイに会いに来たのだろう。
 だとしたら、ぼくはたぶん邪魔ものになってしまう。
「い、いいえ……ヒューイ、よ、喜んで……よろこんでますから……」
 フロリーナは懸命にといった感じで微笑むと、そう言った。
 喜んでいる? このペガサスが?
 ぼくはヒューイの方に振り向いた。両側面の黒い瞳がぼくとフロリーナを同時に見つめていたが、そこから感情は読み取れない。
「わかるの?」
「……ヒューイは……ひ、人見知りするんです……」
 乗り手に似てるなあ、とは口には出さなかった。
「でも……マークさんは、こ、怖がってないみたいで……ほら、ふつうに……見てます……」
 言われてみれば、ヒューイに緊張した様子はない。汗もかいていないし、表情はなんとなく弛緩している……と思えなくもない。
 でも馬面は無表情なので本当のところはわからない。
「……っ」
 ふと振り返ると、ヒューイの代わりにフロリーナが情緒不安定になっていた。怖がっているようだ。
 まあ、この人がおどおどしているのはいつものことだけど。
 特にセインを前にした時のおびえっぷりといったら、見ていて可哀想になるほどだ。
「あ、フロリーナ……それにマークも」
 などと失礼なことを考えていると、馬房の入り口からリンが声をかけてきた。
「ああリン。こんにちは」
「こんにちは。どうしたの、マークが馬房に来るなんて珍しいわね」
「ヒューイに挨拶していたんだ」
 ぼくがそう言うと、フロリーナが付け加えるように発言した。
「ヒューイ、マークさんのことが気に入ったみたいなの……」
「へえ!」
 リンが口を大きく開けて驚く。
「珍しいわね。わたしも最初は何度も蹴られそうになったのに」
 フロリーナは手をそっと口にやってくすくすと笑うと、砕けた口調で問いかけた。
「リン……最初っていつだった?」
「さあ、10年前ぐらいだったかな?」
「うん。あの頃は、ヒューイの人見知りはもっとひどかったし」
「ああ、確かにそうかも。前はもっとフロリーナみたいだったし」
「う、そ、そうかなあ……?」
 フロリーナがすねたのを見て、リンはごめんね、と笑って言った。  フロリーナは、リンと話すときだけは、こうして弛緩した表情を見せる。
 その偽りなき友情が、ぼくはとても好きだった。




return to index
感想・連絡・苦情その他ありましたら掲示板または下記フォームにお寄せください。
執筆意欲になります。あと作者が泣いて喜びます。返信不要の場合、末尾に『/返信不要』とお付けください。