「勝ったの」
「ええ」
 信濃の国境。一週間前に進入し、村々への略奪を繰り返してきた織田軍はいまや壊滅状態にあった。
 数では互角。しかし透琳の戦術のもと徹底的にかく乱を繰り返すてばさき隊は、戦況を一気に決定付け、敵対象を討ち取るるだけの力を持っていた。
 今はてばさきを休め、足軽達が敗走する織田軍を追っているところである。
 本来であれば、この本体も追撃を行うべきであろうが、織田軍の略奪行為により兵站が危機状態にあり、それは不可能なことだった。
「ご報告申し上げます」
「うむ」
 側に寄った伝令から、昌景は現在の状況を伝え聞く。
 敗走する織田軍は、民家への略奪を散発的に繰り返している。あろうことか、協力を拒んだものの家には火をかけてしまい、女子供問わず殺戮を尽くしているらしい。
「……!」
 昌景は怒りをかみ殺し、血が出るほどに爪を手の肌に食い込ませた。
 JAPANの戦のやり方にそぐわぬ、残虐にして非道なやり口。
 しかし、確かに効果的だ。戦禍に巻き込まれた民達を、放っておくわけにはいかない。進軍を止めざるを得ない。
「……透琳」
「はい」
 二人は目線だけで会話する。
 思えば戦ぶりも奇妙なものだった。
 確かに織田軍は強かった。てばさき隊の威容にも怯むことなく、前進に前進を重ね、昌景隊に後一歩のところで痛撃を与えていたところだった。
 幸い透琳の救援が間に合い、挟み撃ちで逆襲することはできたが。
 妙といえば、指揮官も妙だった。
 織田信長自身が出撃していないのはまだいい。噂では天志教との戦で暴威を振るっているということだ。
 しかし、今回の戦にて生け捕った織田軍の指揮官格の人間は、とても人間とは思えぬほど、感情に起伏がなかった。黒ずくめの僧衣のようなものを身に纏い、質問に一切反応しない。
 業を煮やして拷問にかけようとしたその瞬間に、弾かれたように舌を噛み切る。
 一人や二人ならそう疑問には思わない。信長を神と慕い命を惜しまぬ人間がいてもおかしくない。
 しかし、全員だ。捕らえた十数人の小隊長クラスから部隊長クラスまでの人間の、全員が、人間的な反応を示さないのだ。
「織田家は今や、魔の巣窟ですな。そしてその源は」
「うむ……魔人、か」
 指揮官達の異常はまず間違いなく、当主たる信長の異常に起因している。
「……ここまで影響力があるとは」
 透琳は背筋に冷たいものを感じた。
 信長が戦場で見せた非人間的な武勇とカリスマは伝え聞いている。
 織田軍の最大の脅威は、いまだ眼前に姿を見せていない。
 恐らく、この戦は前哨戦に過ぎない。これから更に過酷な戦が待っているだろう。
 敗戦の報が伝われば、信長は武田家こそ織田の最大の敵であると認識する。
 次は間違いなく、信長自身が出撃してくる筈だ。
「――次が正念場だな」
「はい」
 勝つには勝った。しかし――
 兵達が勝利の喜びに沸く中、昌景と透琳だけは厳しい表情を保っていた。



 一方、ところ変わって貝の地、躑躅ヶ埼の城下町。
 ランスはその門の前で呑気に鼻歌を歌っていた。先行で到着した早馬によれば、リーザスからの援軍がうし車で来るらしい。
 そういうわけで、お迎えに来ているのだ。
「だ、れ、が、くーるかな、わくわく。シィル、誰だと思う」
「えー……すぐ来れる人というと、かなみさんとか?」
「げっ。今あいつが来ても、どーしょーもないぞ」
 ひどい言い草である。
 とはいえ良いフォローも思いつかなかったので、シィルは苦笑いを浮かべた。
「でも、軍隊指揮のできる人と書きましたから、軍人さんが来ると思うんですが」
「お、来た」
 そうしているうちに、うし車はランスとシィルの前で止まった。腕を組んで偉そうにしているランスの目の前で、御者が扉を開く。
 タラップを優雅な足取りで踏みしめ、カツカツとブーツの音を立てながら、一人の女性が降りてきた。
「な!」
「えっ!?」
 ランスとシィル、二人の驚きの声が共鳴した。

 うし車から下りてきたその女性に、二人は見覚えがあった。
 腰の下まで届こうかという長い緑髪。長旅であっただろうに充分に手入れされている。
 アクセサリーとして、額には金色のサークレット、首には赤いリボン。誰の目にも高級品だとわかる、ともすれば嫌味と受け取られがちな装飾品。
 しかしそれらは、彼女の艶やかな容姿に完璧に合致していた。
 青を貴重としたスーツを華麗に着こなす彼女の、美しくかつ堂々とした姿は、リーザスという国そのものの現在の体制を具現化するかのように、一分の隙もないものだった。

 女性は固まっているランスの側まで近寄ると、ためらいなく頭を下げた。
「お久しぶりです、ランス殿」
 ここに至って、ランスはようやく声を出すことができた。
「マリス!?」
「はい。相変わらずお元気そうで何よりです。シィルさんも」
「あ、は、はいっ」
 彼女の名前は、マリス・アマリリス。
 リア女王付き筆頭侍女にして、リーザスの実質的な宰相である。
「まじか。リアがお前を手放すとは」
「貴方の手紙のせいですよ」
 マリスは額に手を当ててふう、とため息をついた。
 ランスの手紙を届いた時の、玉座の間の騒乱を思い出したのだ。


『ばか、マリスのばか、バレスのばかーーー! リアが行くんだからーーっ!』
 手紙を受け取ってからのリア女王の決断は早かった。そしてとんでもなかった。
 黒、赤、青、白の全騎士団を率い、リア自らJAPANに向かうと言い出したのだ。
『どうかもう一度、お考え直しください!』
『そうですぞ! 今全軍を動かしては、リーザスは崩壊します!』
 マリスとバレス以下、側近達が必死で説得(半ば物理的なものも含まれる)してはみたものの、リアは聞き入れなかった。シィルの書いた手紙が、あまりに危機感を煽り過ぎるものだったからだ。
 しかしリア女王を愛するマリスとしては、いや愛するからこそ、リアの案には絶対に賛成できない。
 折しもヘルマンが侵攻の構えを見せようかという時期である。
 ここで軍を動かせば、リーザスそのものが危うい。
 そしてリーザスの存亡はリアの安全に直結するのだ。
『せめて、親衛隊を送るというのは……』
『やだ! リアが行くのーーーーー!』
 マリスの提案すらもリアは聞き入れない。病状は相当に深刻だ。
 どうしようもなくなって、マリスはサークレットに手を当て、心の中でため息を付いた。
 と、マリスの様子を見て出番と見たか、バレスが進み出て進言する。
『ですがリア様。いくらリア様の想い人とはいえ、いえ儂も気に入っておりますが、一介の冒険者の救援に全軍を傾けるなど……兵、将軍はもちろん、国民も承知せぬでしょう』
 リアと全軍が国を去れば、最悪の場合クーデターが発生する。
 バレスは言外にそう説いた。
『(理で説得しても……)』
 その説得は無駄になるだろうとマリスは思い、リアの方を見やって、そして驚いた。
 今までの我侭を泣き散らしていた顔はどこへやら、いつのまにか表情に理性の色を浮かべている。
 泣き顔をどこかにやって、リアは満面の笑顔で玉座を立った。
『そっかっ! バレスえらい! ダーリンが『冒険者』じゃなければいいんだ』
『は?』
 バレスは理解が追いつかぬ様子で、間抜けに口を開けている。
『マリス、あれ持ってきて!』
『あれとは』
『あれといえば、あれしかないでしょ!』


「そういうわけでして」
 マリスは話を締めくくると、厳重に封のなされた一枚の書類を懐から取り出した。
「ランス殿。JAPANへの援軍要請に対する、リーザス女王リア・パラパラ・リーザス陛下よりの正式回答をお伝え申し上げます」
「げ……」
 話の流れとマリスの格式ばった様子から内容の想像がついたので、ランスは嫌そうに顔をゆがめた。
 きっとマリスは援軍ではなく、リアの意思を最も正確に伝える使者としてJAPANに来たのだ。
 そんなランスの様子をあえて無視し、マリスは書類を広げた。
「ぐお、やっぱり」
 ランスの予想通り、その書類の上部にはでかでかと『婚姻届』と書かれていた。右下にはリア・パラパラ・リーザスの署名が既に書き込まれている。
「全ての公的手続きは済んでおります。あとはサインをするだけで貴方は公式に『ランス王』となられ、リーザス全軍の指揮権を――」
「やだ」
 マリスの言葉を、ランスは簡潔に打ち切った。
 冗談ではなかった。いかに絶大な権力が手に入るとはいえ、リーザスに束縛されるのは御免だ。それならこの武田家を出奔した方がましだろう。
 ランスはおそらく来るであろう、マリスの反論に身構えた。
「わかりました」
 しかし、マリスはすぐに引き下がってしまった。
 書状をくるくると丸め、元通りに懐にしまいなおした。
 あまりにあっさりとした動作なので、ランスは目を丸くする。
「へ? いいのか!?」
「貴方が承諾するとは、こちらも考えておりませんので」
 数度に渡る女王からの求婚にも応じなかった男だ。マリスは理解していた。ランスは王の地位などに魅力を感じる男ではないのだ。
「でも、リアはきっと怒るぞ……いや待て。そーすると、援軍の話はなしか?」
「軍隊は動かせません」
 マリスは断言した。ヘルマンとの戦を間近に控えた今、直接戦力を減らすわけにはいかないのだ。
 正規軍を動かすことはできない。連れて行くとしたら親衛隊ぐらいしかないだろうが、そうなれば今度はリア女王の近辺を守る者がいなくなる。
 マリスが不在の間、女王を守る重大任務を引き受けられるのは、レイラ率いる親衛隊だけだ。
「ただし」
「ただし?」
「貴方が結婚の意思を固められるまでは、私が補佐を行います」
 リア女王からもランスが承諾しない場合、マリスがしばらくの間説得にあたり『ついでに』軍務を補佐せよ、という命令が下っている。
 もともとこれが狙いだったのだ。通常戦力を割かずに人材によってランスを可能なかぎりサポートする。ただ人材がマリス自身となったのは予想外のことだったが。
「……とはいえ、あまり長くは居られないでしょうが」
 一応、リーザスの政務は、可能な限り引き継いできた。
 政務上、マリス不在の影響は途方も無く大きいが、ランスとの結婚のためということでリア女王がやる気になってくれたのだ。
 一定期間は現状維持が可能だろう。
 が、それもリア女王が飽きるまでの話。マリスの推察では、もって三ヶ月、といったところだろう。
「んー、まあマリスなら強いし、何より美人でよいが」
「ありがとうございます」
 リーザス解放戦争のとき、ランスはマリスと共に戦ったことがあった。
 マリスは一流の神官戦士であり、その実力は申し分ない。特にリアのペットである、ライトニングドラゴンとの連携は強烈な殲滅力を有していた。
 おそらくリーザスにおいて、魔法戦士としてマリスの右に出る者はいないだろう。
「でもマリス、お前軍隊を率いたことはあるのか?」
 ランスはかつて透琳から受けたのと同じ質問をした。
 マリスは腕を胸の前で組んで、ランスを真っ直ぐに見つめると、冷静な声で発言した。
「軍務の現場に携わるのは、久しぶりのことですが……。なんとかなると思います」


 ――なんとかなる、どころではなかった。
 一日目。
 ランスの副官としての任務についてから、たったの二時間後。
 マリスは八名の参謀を選抜して幕僚隊を結成し、参謀達の協力のもと武士隊を再編成した。機動力と殲滅力を何よりも重視した、ランスの好む戦を遂行可能な陣営を整えた。
 その間、ランスは黙って見ているだけだった。

 二日目。
 関係各所の協力を得て、マリスは煉獄が焼き払ってしまった部隊の運営資料の再構成を行った。また、食料・武具の調達を初めとする兵站の全てについて、補給部隊との調整を行い、十分な量の継続的な調達を担保させた。
 同時並行で、再編成した部隊の命令系統に関する訓練を行い、他の武田家臣の背筋を冷えさせるほどの機敏な動きを見せた。

 三日目。
 いつの間にか作成していた資料をもとに、今後の戦略案をランスに提示し説明を行った。
 マリスが用意した一枚の地図上には、JAPANに存在する全ての国家の概要と特徴、対抗戦略が簡潔にまとめ上げられていた。
 JAPANの統一に向けてランスがどう動いていくべきかが、ランスにもわかりやすいように図示化してある。
 興味本位でその場に同席していた一人の軍師は、マリスの尋常ならざる情報収集力と分析力に驚嘆し、異人恐るべしの念を更に強くした。
 同時並行で、再編成した部隊の実戦訓練を行い、ランスとマリスの指揮のもと、全ての模擬戦で勝利を収めた。もともと個々の実力においては精強な軍隊を、マリスはたったの三日で完璧に統率してしまったのだ。
 真田透琳は後にその様子を聞くと、大陸への関心をより強くし、交流を本格的に検討し始めたという。

 四日目の早朝。
 マリスは三日間の成果を簡潔にまとめ、全ての準備が整ったことをランスに報告した。
 ランスはとりあえずよくやったと言ってから、素直な感想を漏らした。
「マリス。おまえ、超凄いのな」
 ランスの背後ではシィルがぽかんと口を開けていた。つい四日前までは規律もなにもなかった兵達が、いまや窓の外で綺麗に整列しているのだ。驚かないほうがおかしかった。
「ありがとうございます」
 シィルとは対照的に、マリスは平然としていた。
 ランスを補佐すること。これはリア女王の絶対命令である。そしてリア女王の命令を完璧に成し遂げるのは、彼女にとって当然のことなのだった。
 
return to index
感想・連絡・苦情その他ありましたら掲示板または下記フォームにお寄せください。
執筆意欲になります。あと作者が泣いて喜びます。返信不要の場合、末尾に『/返信不要』とお付けください。