織田香は追われていた。罪状ははっきりしている。尾張国主、織田信長への反抗。
香姫は配下の柴田勝家及び3Gと共に、信長の暗殺を企むが失敗し、逃亡中。世間ではそういうことになっている。
もちろんそれは現実とは180度正反対の嘘っぱちだ。信長の配下である三笠集の流した、悪意の塊の風説だ。
が、そんな有り得ない話がまかりとおってしまうほどに、織田家は変わってしまっていた。そして信長も。
数週間前のことだ。3Gと香姫、それに勝家は信長の部屋を訪ねた。
天志教を弾圧し、僧達を虐殺してしまった信長の凶行を止め、理由を問いただすためだった。勝家の協力を得て、見張りの目はなんとかすり抜けることができた。
そうして、扉を開けたその時。
『な、なんとっ!? ×3』
『兄う……っ!?』
吐き気をもよおすにおいの中、香達は見た。
部屋の中央には、巨大な爪に血をしたたらせ、足元に数人分の人間の肉を転がした女性の姿があった。その異様な様相は、明らかに人間ならざるものだ。
そしてもう一人。血の海の中に座り込み、目を赤く光らせ邪悪に笑う男がいた。
織田信長である。
状況を理解できないままの香と3G。そんな彼女らを見て、信長は口元をゆっくりとゆがめた。
『ふ……来るなと言ったのだが……なぁ?』
『ニ、ニ、ニンゲン』
『下がれ、式部。可愛い妹だ、我自らの手で……仕置きを与えてやろう』
信長は立ち上がり、ごう、と黒の炎をその腕から発した。
それからは記憶が定かではない。
気が付けば尾張の僻地、打ち捨てられた村の廃屋にいた。
後で話を聞くところによれば、信長が香に向かって炎を投げつけたが、なんとか3Gがかばい勝家の協力を得てその場を逃げ出した、ということらしい。
「……」
うつむいたままの香を見て、3Gは三対の目を深く瞑った。
実際のところ、逃げられたのは僥倖だった。
勝家がいなければ香はその場で信長の手に堕ちていただろう。
「香様……おいたわしや」
この世で最も信頼する兄の乱心。香にとって、それはどれほど衝撃的なことだろう。
3Gも心が引き裂かれる思いだったが、香のそれとは比べるべくもない。
だが、今の3Gには香を慰める余裕すらない。さしあたって、重大な問題に直面していた。
まず、これからどうすればよいのか。
香達は信長から逃げている。それしか選択肢がないからだ。
だがどこに逃げればよいのか。行く宛はまったく無い。
信長があのようになってしまっては、香は尾張の地のどこにも居場所が無いのだ。かといって他国に頼るつてもない。
この隠れ家も、いずれは見つかってしまうだろう。
「3G」
思い悩む3Gの前で、家の扉が開き、男の声がした。3Gは顔を上げた。
「国境は固められているぞ。厳しいな」
巨体に、大きな槍を背負う中年の男。偵察に出ていた勝家だった。
勝家の報告を聞くと、3Gは深いため息をついた。
「そうか」
「やはり」
「手が回っておるか」
「だがここでじっとしていては、すぐに見つかってしまう。移動すべきだが」
「うむ。……香様、また場所を変えますぞ。よろしいですか」
3Gの答えに香はうなずき、立ち上がった。隠れ家となっていた廃屋の扉を開けて、香は久しぶりに外気に身を晒した。たったそれだけのことにさえ、力を懸命に振り絞る必要があった。
「香様! やはり、もう少し休まれた方がっ」
「い、いいえ。ありがとうございます。私は、だいじょうぶです。今は少しでも、遠くに……逃げ、ないと……」
香の明らかな強がりの言葉に、3Gは心の中で涙を流した。
と、そのとき。ゆらり、と、廃屋の前に黒い影が差した。
照っていた太陽がいつの間にか雲に隠れていた。にも拘らず、周囲の温度が上がっている。まだ春にも関わらず、熱気を感じる。
「……う」
「な、これはっ……」
勝家は本能的に恐怖を覚えた。この熱気には経験があった。
これは前兆だ――そう認識した瞬間。上空から、低い声が聞こえてきた。
「どこへ……逃げようというのだ……?」
「!」
いつの間に近寄ってきていたのか。
黒い鎧の男が、すうっと空から下ってきた。
「こんなところにいたか」
「あ、あ、兄……う……」
「なんだ、香? くく、くくく……この兄から、なぜ逃げる?」
「うあ……あ……あっ……」
家の前で、香姫は幼い身体をかたかたと震わせていた。
逃亡生活でもともと血行の悪かった顔から、完全に血の気が引いていた。
その動揺は、男の発する不気味な波動によるものだけではなかった。
と、3Gが香の側に近寄り、目を覆い隠した。
「香様、見てはなりませぬっ!」
「あれはもはや」
「以前の信長様ではありません!」
「3G、頼むぞ!」
勝家が二人の前に立ちふさがる。
信長は香姫に話しかけるのをやめ、腰に差す大刀に手をかけた。
「ふ……邪魔者が二匹もいては、会話すらできぬか」
勝家は無言で信長に槍を向けた。
「ほう? 主君に刃を向けるか」
「はっ、抜かせい! 拙者の主君は、真の殿と、香様だけじゃ!」
「くっくっ……我は、確かに信長なのだがな……」
勝家は信長の耳に言葉を貸さず突撃した。もはや迷いは無い。
香姫に危害を加えようとした時点で、この信長は勝家の主君とはなり得ないのだ。
「雑虫よ。身の程を知るがよい」
「ぬおおおおおおおお!」
猛烈な勢いで、勝家の槍が突き出された。
二人の戦闘を、3Gは歯痒い思いで見つめていた。
本来なら加勢に加わるべきであろうが、3Gは怪我を負っているのだ。この傷では戦闘などとても覚束ない。
信長が異変を示し、こともあろうに香姫に危害を加えようとした際に、香姫をかばって負った傷だった。 3Gが妖怪でなければ、その場で即死していただろう大怪我だ。
なんとか命は取りとめ、逃亡は果せたものの、妖怪としての能力の殆どを失った3Gはいまやお荷物でしかない。
そのことを自覚している3Gは、断腸の思いで言った。
「香様っ! 逃げますぞ! ×3」
「さ……3G……」
「はやく! 勝家殿といえど、あまり長くは持ちませぬ! ×3」
「『あまり』……? くはははははは」
勝家との打ち合いを繰り広げていた信長は、3Gの言葉を聞くと高い声で嘲った。
その冷酷さに満ちた声は、香の脳をダイレクトに揺さぶった。
もはや耳を塞ぐ気力もなかった。
「虫けらの妄想は痛ましいな、正してやろう。貴様は即座に死刑に処する」
「おおおっ!?」
ごう、と信長の持つ剣からどす黒い波動がにじみ出たかと思うと、勝家を押し込む刃に常識外の圧力が加わった。
「ふっ」
明らかな嘲笑の声と共に、勝家の槍は弾き飛ばされた。
残ったのは鎧のみ。それも、信長の非人間的な剣圧の前では、多少厚い紙程度のものでしかなかった。
勝家は、とっさに後方に飛んだ。が、信長の方が速かった。
信長は刀を真っ直ぐに突いた。刀はあっさりと勝家の胴体に達し、貫通した。
「ぐおおぉぉぉっ!」
「勝家さんっ!?」
香の悲鳴が周囲に木霊した。
勝家は串刺しにされていた。巨体が血のしたたる刀にぶらさげられていた。
信長は勝家をいたぶるようにして、数秒間の間ゆらゆらと刀を揺らしていたが、やがて飽きたらしく勝家を足元に打ち捨てた。
そして香と3Gに顔を向ける。
「……む?」
その足首を掴むものがいた。勝家だ。
口から血を吐きつつだが、自らの使命を全うすべく、信長の足を止めていた。
「香……さま……に……指……一本……」
「まだ息があるか。不愉快だ、死ね……む」
信長は声を止めた。天を見上げる。空で、星がきらりと輝いていた。
それを信長が認識した瞬間。
地を揺るがす轟音が、どうん、と鳴り響いた。
「なんだ? ……これは?」
信長の目の前に砂煙が上がっている。その中心に奇妙な人が、いや物体が静止していた。
その物体は、人でいう上半身が巨大な目玉となっていた。身体は普通だったが、その小ささには不釣合いに立派な武者鎧を着込み、そして手には妖しく輝く銀色の刃を携えていた。
この者の名は、独眼流政宗。妖怪王の称号を持つ、エゾの地の支配者である。
「……まあいい。邪魔だ。去ね」
突如現れたその者に対し、信長は上段から刀を振り下ろした。
常識外の速度で迫る刃を、しかし政宗は妖刀で軽く受け流した。
「ずいぶん乱暴だな」
「……なに」
「人間相手に戦はしない。とはいえ、お前はどう見ても人間ではないが」
政宗が持つ刀から巨大な紫色のオーラが吹き上がった。
周囲の空気を塗り替えるほどの存在感を、オーラがかもし出していた。
政宗の恐ろしくも勇ましい姿に、香姫はなぜか懐かしさを覚えていた。
「妖怪と人間に仇なすものよ。今すぐに立ち去れ。そうすれば見逃してやる」
「……くく……くはははっ……。この我に、去れ、だと? ……嫌だと言ったら、どうするつもりだ?」
「こうだ!」
政宗は刀を頭上に振り上げて跳躍する。
その直後、吹き上がったオーラは見えなくなった。
消滅したのではない。その大地を震わさんばかりの力の全てが、一気に凝縮して美しい銀色の刃に注ぎ込まれていたのだ。
その証拠として、超常的に鍛えられた刃はいまや自ら光を発し、その刃紋を妖しくうねうねと脈動させていた。
切っ先から静かに立ち上るオーラの残滓が、まるで刀自身が力のやり場を欲すかのように、細かくゆらめいていた。
「はあっ!」
振り上げた刀が真っ直ぐに下ろされる。気合の言葉と同時に、力の全てが解放された。
オーラは解放されると同時に垂直に切り立つ平面状の薄い刃へとその形を変化させ、空間そのものに巨大な縦の断層を刻みつつ、耳をつんざく轟音と加速度を伴って信長に襲い掛かった。
「……!」
政宗の放ったまきれもなぎな刃を、信長は正面から受け止めた。
信長は地を踏みしめたまま、斬撃の衝波に押され後退した。足場が激突の衝撃に耐え切れなかったらしい。
一瞬のうちに数十メートルに渡って削られていく地面からは、凄まじい勢いで砂煙が立ち上り、すぐに信長の姿は覆い隠された。
香姫達は、その様子を驚嘆の視線で見つめていた。
と、数秒とせぬうちに、香姫達の前に人影がすたりと降り立った。
政宗と、そして政宗が左手にぶら下げる、ぐったりとした勝家の姿だった。
「なんとっ? ×3」
突如として目の前に現れ、信長を退けた政宗。
その姿を見て、3Gは仰け反るようにして驚いた。
「久しいな、3G。だが話し込む時間はないようだ」
政宗は香姫と3Gに背中を向けたまま声を発した。
その独眼は油断なく信長を凝視したままだ。砂煙の向こうでは、信長が眼を赤く光らせ、不気味な笑みを浮かべていた。
政宗はおけらカー・小十郎から降り立つと、一声発した。
「小十郎。広がれ」
すると小十郎は折りたたみ式のアタッチメントを取り出し(どこからどう取り出したのか、香姫からは見えなかった)、座席の上に乗せて広げた。
恐ろしく不恰好ではあるが、座席は三人が寝転んで乗れるほどの広さになった。
政宗はその上に勝家をひょいと乗せ、続いて香と3Gに向かって言った。
「さあ。お乗りください。3Gも」
「……え……ですが」
「気になさることはありません、香姫様――ですね。あなたのお父上には、これ以上の恩がございます故に」
「おお、政宗様っ」
「なんと」
「お優しい」
「父上? 政宗? では、あなたが」
「申し訳ない、今はお話しする時間すらないようです、いつかまた。行け、小十郎!」
勝家と香、それに3Gを背に乗せたまま、小十郎は走り出した。ばびゅーん、という妙に間の抜けた効果音を立てながら、凄まじい速度で転がっていく。
すぐに三人の姿は見えなくなった。
「く……くく」
小十郎が見えなくなるほど小さくなってから、政宗は振り返った。
そこには顔を落としたまま不気味に笑う、信長の姿があった。
「聞こう。お前は何者だ。なぜ上総介様の姿を取る」
政宗は違和感を覚えていた。
その男には、かつて見た上総介の面影がある。にもかかわらず、明らかに雰囲気が違う。しかも政宗をしてすら、その正体を推し量ることができない。
しかしとてつもなく禍々しい存在であることは確かだ。少なくとも人間ではない。
そして強い。政宗が全力を持って放った斬撃を受け止め無傷だった者は、これまで一人として存在しなかった。
「我か……? 答える必要があるか?」
「なに?」
「はははは……明日無き弱者に、答える必要などないと言っておるのだ……っ!」
マントを翻し、信長は政宗の前に飛び込む。
信長は刀を振り上げ、薙いだ。政宗の胴体を斬る軌道だ。
「思い上がるなっ」
信長の初撃を、政宗は先ほどと同じく受け流した。
そのまま鍔同士が接触し、力比べの体勢になる。
「はああっ!」
政宗は刃を巧妙にずらし、信長の胴体を払おうとした。
「ほう」
信長は後退し、政宗の刃をかわす。
再び距離を取った信長は、先ほどの攻防に感心した風に声を漏らした。
事実、驚いていた。一撃で決着を付けるつもりだったのだ。
「ただ人外のもの、というだけではないようだな。黒部の同類か」
「なにっ!?」
信長が何気なく発した言葉に、政宗は衝撃を覚えた。
黒部。それは初代妖怪王の名前だ。JAPANと大陸の半分の統一を成し遂げた、歴史上でも屈指の英雄である藤原石丸の片腕と称される。
正真正銘、伝説の妖怪である。
その力量は、政宗を含め歴代で未だ並ぶ者はないという。
人間に関わらないという当代妖怪王である政宗の意向があって、黒部の名は現在ではあまり知れ渡っていない。妖怪ならともかく、普通の人間が知る名詞ではないだろう。
その黒部を、まるで見識があるかのごとく話す。
「妖怪だとしたら、かなり高位の者だろうが……くくっ、いずれにせよ無駄なことよ」
数千年前、伝説上の存在である黒部を知る。
妖怪王の実力を目の当たりにしての、この余裕。
そして何より、政宗の渾身の一刀を受けてすら傷一つ負わぬ異常性。
全てが信長の正体に関する一つの事実を指し示していた。
「貴様、まさかっ!?」
「気付いたか? であれば諦めて、死ね」
再び信長が地を蹴った。ごう、と刀から黒の炎を吹き出しつつ、政宗の懐に飛び込む。先ほどとは段違いの速さだ。
「くっ!」
政宗は考える。防ぐことは難しい、ならば。
飛び込んだ信長の先手を取るべく、政宗は渾身の一撃を信長の脳天にめがけて叩き込んだ。
政宗の刀は信長の肌に達すると、しかし硬質の何かにぶち当たってしまった。衝撃の全てが吸収されているかのようだった。
「無駄なことよ……の!」
政宗の胴体に黒き刃が飛来する。
攻撃を放ったばかりの政宗がそれを避ける術は無かった。
「!」
刃が政宗の身体を捉えた。先代信長自らが誂えた特性の武者鎧が、狂おしい音を発して鳴き、肩当が弾き飛ばされ、政宗の体は深く深く切裂かれた。
煙が上がる。熱が刀身から体に伝わり、体内の水分が蒸発しているのだ。
「くうっ!」
政宗は激痛の中、それでも意識を失わなかった。
とっさに後に跳んで信長との距離を取る。
「ほう? まだ戦うか。しかも再生できるようだな」
信長の言ったとおり、政宗の傷口はしゅうしゅうと音を立てて再生を始めていた。
政宗は妖怪だ。それも妖怪の王である。魔物が即死するほどの傷にも耐えられるし、時間さえあれば簡単に回復できる。
が、信長がそんな余裕を与えるわけがなかった。
信長はゆらりと刀を上げて、表情を凶悪なものに変えた。
「では回復が追いつかぬほどに、殺し尽してやろう」
政宗は覚悟を迫られた。先の攻防で既に理解していた。自分はこの者に勝てない。
単純な剣の技だけなら拮抗しているかもしれないが、攻撃が通じないのでは勝つ見込みがない。
政宗の知る限り、この存在にダメージを与える方法は伝説上にしか存在しなかった。
だが逃げることもできない。既に小十郎は託したのだ。
「(……お町!)」
名を心の中で叫び、政宗が決意を固めた瞬間。
二人の間に、ころころと小さな玉が転がってきた。
「ぬ?」
玉はぴかりと光ると、爆発的に白い煙が上がった。
「煙幕……小癪な」
魔人といえど、物を目で見ることには変わらない。
信長の視界から政宗が消える。おそらく、この隙に逃げようという算段だろう。
そうはさせじと、信長は政宗のいたあたりを狙って刀を振るった。力も入れずやみくもに振るった横薙ぎの刃。
刃には、多少の手ごたえがあった。
「……む」
しかし、手ごたえは人間や妖怪の肉の感触ではなかった。
数秒と経たぬうちに霧は晴れる。
信長の予想通り、政宗の姿は既に忽然と消えていた。
「逃がしたか……」
舌打ちをしつつ、刀を鞘に収める。
「ふん……まあ、良いわ」
信長は哂った。
魔人に対して、地を生きる者共はみっともなく逃げ回るほかない。それは単なる決め付けや驕りではなく、厳然たる事実であり真理であり、また歴史なのだ。
惨めなものどもの逃げ場は、信長が魔人として完全な力を取り戻せば、すぐに消滅することだろう。
嘲笑を浮かべたまま、信長はゆっくりとその場を後にした。
一方、五十メートル程向こうで、そんな信長を観察しているものがいた。鈴女である。
もちろん先ほどの煙幕弾も彼女のしわざだった。
「ひゅー」
鈴女は信長の刀を受けたくないに視線を向けた。
合金製でどんな刀にも打ち負けぬ筈の特製くない。それが横に真っ二つにされている。
信長にちょっかいをかけようなどと色気を出せば、鈴女の身体はこれと同様、ちょんぱにされていただろう。
適当に振ったように見えて、この威力だ。織田信長は噂どおりとんでもない化物らしい。
「評判以上でござる。あんた、強いけど相手が悪かったでござるな」
「おまえは」
「ん? 鈴女は鈴女でござるよ」
鈴女はどこからか取り出したリュックサックに、政宗の眼球以外の部分を(つまりごく一部を)入れ、てるてるぼうずにした。
鈴女がリュックサックを背負うと、政宗は傷ついた眼から声を発し、鈴女に問いかけた。
「なぜだ?」
なぜ危険を冒して自分を助けたのか。
政宗がそう問うと、鈴女は無邪気に首をかしげた。
「さー?」
特に理由はなかった。
信長を一目見てやろうと思い偵察していたのだが、なんだか強い目玉が負けそうだったので、よくわからないが気の赴くままに行動を起こした。
打倒織田家という目標はあっても、その手段は未だ定かではなかったので、鈴女はとりあえずその場その場でやりたいようにやることにしたのだ。
運がよければそのうち解決法が見つかるだろう。
人、それを行き当たりばったりと言う。
「すまん、無為な詮索だった。助けに感謝する」
政宗は鈴女の言葉を勘違いしたらしく、そんな言葉を漏らす。
「ういうい。では、揺れるから喋ると舌……ん、ないでござるか?」
「さあな」
「ま、いいや。ではしゅっぱつしんこー、ににん!」
背中に大荷物を背負い、軽口を叩きながら、鈴女は木の枝々をぴょんぴょんと飛び移っていった。
あてもなき逃亡だったが、不思議と不安にはならなかった。
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