戦場の北方に、野原を見下ろす山。その麓には、数キロメートルに渡って茂る深い森があった。
その森の中で、うごめく者達がいた。緑を基調とした武者鎧を着込む男達。軍隊だ。
数はおよそ2000余り。一人残らずが息を潜め、ただ指揮官の指示を待っている。
その軍隊を率いる者の名は、ランスといった。
ランスは森の中央近くの空き地に、簡素なテントを構え、そこで時を待っていた。
テントの中には、三人の人間がいた。中央の椅子にランス。
その傍らには、二人の美女が侍っている。
ランスの副官、マリス・アマリリスと、助手のシィル・プラインである。
「そろそろですね」
腕時計を見て、マリスが言った。
「ふわ……ん?」
ランスがあくびをしながら振り返る。
「おーマリス。ようやく俺様とセックスする気になったか」
シィルが苦笑いをした。たぶんこれでニ十五度目ぐらいの誘いだ。
「馬場将軍が、徳川軍に攻撃を仕掛けて、三十分が経ちます。準備すべきかと」
そ知らぬ顔でマリスが言った。ランスの誘いのすべてを、マリスは完璧に拒絶、もしくは無視し続けているのだ。
「こら、なぜ無視する」
あえて無視しているのですが、と心の中で呟いてから、マリスは言った。
「何度も申し上げましたとおり、私はリア様のものですので」
「俺様はランス様だぞ」
「はい。それが?」
「リアより俺様の方がえらい。だからリアではなく俺様に従え」
「申し訳ございません。それはできかねます」
当然の返答を、マリスは繰り返した。ランスの言い分には理がないのだから、当たり前だ。
「だー! なんでだ!」
「いかにリア様の想い人といえど、リア様に優越されるのは、その夫以外にございません」
「なに。リアと結婚したらやらせてくれるのか?」
「王の命令は絶対です」
そのとおりらしい。
「ぐむむむむ」
リアと結婚してリーザス王になれば、マリスのこの熟した果実のような肢体を自由にできる。
それはランスにとってたまらなく魅力的な誘惑だった。
ランスは悩む。罠だ。わかりやすすぎる罠だ。
マリスの誘いに乗ったが最後、ランスは後戻りできない地位へと瞬時に上り詰めてしまうだろう。
「(なんとかリアを誤魔化せば……いや、だめか)」
アイデアが浮んではすぐに没になる。
リア女王だけならなんとでもなるが、このマリスに下手な小細工が通用するわけがないだろう。
苦悩するランスを見て、マリスは内心思った。
――相変わらずですね、と。
良い意味でも悪い意味でも、ランスはあらゆる意味で只者ではない。出会った時の印象どおりだ。
だからこそ、リア女王もランスにぞっこんなのだろうが。
「(凄いなあ……)」
そんなマリスの様子を、シィルは尊敬の表情で見つめていた。
幾度となく繰り返されるランスのセクハラにも、マリスが精神をすり減らした様子はない。
彼女はおそらくこの軍隊にあってもっとも冷静を保っていた。
そもそも、この伏兵策もマリスの発案なのである。
昨日の陣中会議にて、徳川軍が城から出撃したとの報告を聞き、マリスは進言した。
『徳川家康は、慎重に慎重を極める性格の国主とのこと。何の勝算も無く野戦に討って出るとは思えません』
『細かいことはいい。結局どうしろというのだ』
『私見ではありますが。戦局の変化に対応するため、遊軍としてこの地に留まるべきかと』
『わかった』
マリスの進言を受けて、ランスが即座に答え、立ち上がった。
マリスは驚いた。なんの確認もせず、このような重要事項を即断するとは。
『よろしいので?』
『なんだ、お前は失敗すると思うのか』
『いいえ』
少なくとも八分、いや九分の理はあると考えている。
そうでなければ、最初からこんな意見は出していない。
『ならいいのだ。おい、森に入るぞー!』
すぐに立ち上がったランス。その勇ましい様子を見て、マリスは考えていた。
少なくとも決断力に関して言えば、王足る器量を持つ男のようだ、と。
と、上方から怒声が聞こえてきた。数百メートルの距離だ。
「わ、ランス様!」
「来たようです」
二人の美女が、ランスに向かって言った。マリスの予測が正しければ、この音は、山上に姿を現した徳川軍に違いない。
それを証明するかのように、山の斜面を下る足音が、どどどどど、と響いてくる。
「ふん」
ランスは立ち上がった。とりあえず、マリスのことは後で考えよう。
今は、とにかく香姫を落とすために、とにかく戦に勝つ。それだけだ。
「よーし。行くぞマリス、シィル! 全員ぶっつぶーす!」
「はい」
「はいっ」
2000の精鋭兵と、二人の頼もしい側近を従えて、ランスは突撃を開始した。
本多忠勝は、徳川軍随一の武勇を誇る、巨体の妖怪狸だ。
その忠勝率いる軍隊が、三千の精兵を率い馬場軍の横腹を抉っていた。
武田軍は混乱の極みにあった。先ほどまでの劣勢が嘘のように、徳川軍が盛り返しつつあった。
反対方向の山からも、同じように井伊直正の軍が、馬場軍に奇襲を仕掛けているはずだ。
「……(む)」
が、突撃してから十分後。
戦場の雰囲気に、なぜか疑問を感じ、忠勝はふと自軍を振り返った。
後方の部隊の動きが鈍いのだ。本来は忠勝の後をついてくるはずが、数百メートル後方で立ち往生している。
忠勝はよく目を凝らした。
すると後方の軍は、僅か百人余りの敵を前に、その動きを止めていた。
不審に思い、忠勝は走った。
先鋒の指揮を信頼のおける副官に任せて、後方支援に向かう。
「……(どうした)」
「あ、忠勝ちゃまー!」
小さな妖怪子狸が、隊長に向かって敬礼をする。
「……(なぜ、こんなところに)」
忠勝は問いかける。なぜ止まるのかと。
臆病を責めるといった風ではなく、あくまで理由を問いただしている。
忠勝はただ武勇を誇る武人ではない。将としても、家康に次ぐ人望を持っている。
その寡黙さと、武勇に見合わぬ他者への思いやりが、忠勝を慕うものを増やしているのだ。
「ぶ、ぶるぶる……あ、あ、あれ、あれ」
忠勝の言に、小狸は震えながら目をそらしつつ何かを指差した。
「……(?)」
その指の方角には、敵の一群があった。長い槍を持つ足軽隊。
おそらく民兵だ。武装はばらばらなうえ、中には老人も混じっている。
どう見ても、精鋭狸軍団を押し止められるほどの軍ではない。
「……(!)」
が、その一群の中央に立つものに目を留めて、忠勝は驚愕した。
一人の女性。長く美しい髪。戦場にあっても一際目立つ、艶やかで整った容姿をしている。
忠勝は彼女の名を知っていた。千姫。だが、徳川の地で彼女をそう呼ぶものはいない。
みな戦の姫、戦姫と呼ぶ。徳川の地において、戦姫はある意味では武田信玄以上に怖れられている。
なぜなら彼女は正真正銘の戦好き、というより戦マニアであるからだ。
旧徳川家の狸の乱において、戦姫は狸軍をゲリラ的に襲撃し続けた。おそらく二百を超える妖怪狸が、その穂先の犠牲となっているだろう。
しかもただ強いだけではない。端正な顔に笑いを浮かべつつ、常に最前線で槍を振り回すのだ。まるで戦を楽しんでいるかのようだった。
というわけで、戦姫の名は狸達にとって恐怖そのものだった。
「う、う、ぶるぶる……」
子狸が震えるのも無理は無かった。
だが、忠勝までが震えているわけにはいかない。
忠勝はぽんと震える子狸の肩をたたくと、のっしのっしと地を力強く踏みしめ、戦姫に近寄っていった。
意図を察した子狸達が、忠勝の頼もしい背中に声援を送る。
「忠勝ちゃま、がんばってー!」
「負けるなー!」
「……(ぐっ)」
忠勝はこぶしを強く握り締めて、小狸に応えた。
戦姫と相対し、槍を彼女に向ける。
「ほう」
戦姫はぶん、と槍を振って血を薙ぎ捨てると、忠勝を見た。
「忠勝か」
「……(こくり)」
「脱走してみるものだ。そなたとは、もはや戦場で見えること適わぬと思っていた」
戦姫は浜松城陥落の際、散々に抵抗した後、家康により捕らえられた。が、忠勝とはまだ決着がついていない。
「よかろう。相手にとって不足なし」
戦姫は薄く笑った。両手で槍を強く握り締める。
体中の血がふつふつと、煮えたぎってくるのを感じる。
忠勝は戦姫がこれまで戦ってきた者の中でも、間違いなく三本の指に入る強者だ。紛れもない強敵だ。
この狸であれば、未知の戦の快感を自分に教えてくれるはずだ。
「どちらが勝つかな。ふふっ――行くぞっ!」
叫ぶと同時に、戦姫は跳んだ。
自分の身長以上に飛び上がって、忠勝の頭上を舞った。見惚れるほどの美しい舞だった。
忠勝がその舞を見上げた瞬間。戦姫の槍が、うなりを上げて忠勝に襲い掛かった。
しかも、予想外の方向からだ。
「はあぁっ!」
忠勝は、視界の外から何かが迫ってくるのを感じた。
「……(後!)」
閃きに従い、忠勝は右腕を持ち上げた。がぁん、とものすごい激突音がした。
忠勝の後頭部のあたりで、金属が打ち合わされた音だ。
空中から曲芸のように繰り出された戦姫の槍を、忠勝がすんでのところで受け止めたのだ。
戦姫の攻撃は、上空からの逆上段。常識外のものだ。
が、それを阻んだ忠勝もまた、常識を越えた域の武人である。
戦姫は笑った。それでこそ、楽しみがいがある。
「ふっ!」
戦姫は激突の反動を軽くいなすと、ふわりと地に降り立った。
そして素早く振り返った。必殺の一撃を受け止められたにも関わらず、歓喜の笑みを顔に浮かべていた。
戦姫は、今度は地を這うように駆け、低い体勢から忠勝の足を払った。
地を蹴り宙を跳び、変幻自在に槍を振り回し急所を狙う戦姫。
それに対し、忠勝はほとんど足を動かしていなかった。最小限の動作で、戦姫の攻撃をさばき続けた。
忠勝は待っている。戦姫の体力が尽きるのを、ではいない。
そも戦姫の体力が尽きるということは期待できない。
先の戦いにおいて、戦姫の隊は三週間ものあいだ、昼といわず夜といわず、狸軍をゲリラ的に襲撃し続けた。
戦姫は常にその先頭にあり、常に最も多くの狸を狩り続けたという。
忠勝が戦姫と直接相対したことはなかったが、噂ではそのように伝わってくる。
本当だとすれば、その体力はほとんど無尽蔵だろう。
忠勝に十三度目の太刀を受け止められると、戦姫は後方に跳んだ。
それだけの連続攻撃を繰り出してきたにも関わらず、戦姫に呼吸の乱れは見受けられなかった。噂は確かの様だった。
「どうした? なぜ抵抗せぬ。待てば、私が疲れるとでも思うたか?」
「……」
忠勝は答えない。
「違うらしいな。では……なるほど、そうか。単にタイミングを合わせているのか」
忠勝は槍をぴくりと震わせた。
「面白い。やれるものなら、やってみるがよい」
戦姫は再び跳んだ。今度は真正面から、忠勝の脳天を目掛けて槍を振り下ろす。もし受け止められたなら、その反動で同じ太刀を繰り出すつもりだ。ただし、背後から逆向きに。
が、忠勝はその刃を紙一重でかわした。
と同時に、忠勝の槍も、戦姫と同じように跳ねた。
地に垂れ下がっていた穂先を、一気にぶうんと振り上げたのだ。
「くっ!」
戦姫は身体を捻って刃をかわす。忠勝の槍が、戦姫の鼻先を掠めて空振りした。
しかし、忠勝の攻撃はこれで終わりではない。
「……(行くぞ!)」
忠勝が叫んだ。刃の届かぬ距離だったが、忠勝からすれば距離はなんの障害にもならない。
片手持ちを両手持ちに変え、いまだ空中にある戦姫目掛けて、今度は槍を振り下ろす。
どうん、という音を発しつつ、衝撃波が槍の先端から放出された。
槍を振り上げて振り下ろすという単純な動作も、忠勝の剛力にかかっては必殺の攻撃となった。
衝撃波を避けられぬことを悟ると、戦姫は威力を殺すことに専念した。
槍を身体の前で己の盾とし、受身の体勢を取る。
「く……くっ……!」
身を切り裂く暴風のような衝撃の中、戦姫は楽しそうに笑った。数秒、持ちこたえる。
いま、戦姫は生死の際にある。それがたまらなく嬉しかった。
衝撃を凌ぎきって着地すると、戦姫はふたたび忠勝と向き合った。
身体のあちこちが痛む。衝撃で切り傷が無数にできている。
捻挫なり脱臼なりしているかもしれない。が、気にならなかった。
「ふふ……」
さきほど選択を誤っていれば、戦姫は死の淵に一歩踏み出していただろう。
それが、楽しい。ついぞ得られなかった快感が、いま戦姫の全身を駆け巡っていた。
戦姫は再び、身を深く沈め、攻撃態勢をとった。
「さあ……もう一度だ!」
叫ぶと、戦姫は再び忠勝の懐に飛び込んだ。
忠勝の大きな腹目掛けて、横薙ぎに刃を振るう。
瞬間。かぁん、という鈍い音がして、棒状のものが空に跳んだ。
「っ!」
忠勝の鎧に当たり、戦姫の槍が、折れて砕けていた。
「……!」
忠勝は隙を見逃さない。槍の横腹で戦姫を払った。
鎖帷子の上からだが、どごん、という手ごたえがあった。
戦姫は忠勝の一撃により、鋭く地面に叩きつけられた。
受身を取る暇も無く、背中を強く打ち付けた。地面で体が数度跳ねた。それほどの勢いが、忠勝の一撃にあった。
忠勝は戦姫に近寄ると、静かな瞳で戦姫を見下ろした。
戦姫は、手元の槍の柄が十数センチしか残っていないのを見て、薄く笑った。
「負け……か」
武器を失ったというだけではない。したたかに打ちつけたらしく、足が動かない。
手は動くが、忠勝の剛力に対し歯向かえる余力は残っていないようだ。
「……(武器が)」
忠勝が言った。戦姫の槍は、戦姫の華麗かつ苛烈な武に耐えられなかった。どうやら粗悪品だったようだ。脱走者の身では、高級なものは用意できなかったに違いない。
対して忠勝の槍は、徳川家の至宝とも称えられる名槍である。
もし武器を取り替えれば、結果は異なっていたかもしれない。
戦姫は忠勝の意図に気付くと、首を横に振った。
「違うな。今の私は貴様に劣っている、それだけだ。さあ、止めを刺すがよい」
忠勝は返事の代わりに、ゆっくりと槍を振り上げた。戦場にあって、敗者にかける情けは無い。
戦姫は目も瞑らず、真っ直ぐに忠勝の方を見上げていた。
「……戦は、良いな」
戦姫は忠勝ではなく、空を見ていた。
久方ぶりの戦場は、変わらぬ血の匂いがしていた。戦姫の帰還を待っていたかのように、JAPANには乱の気風が今正に荒れ狂わんとしていた。
戦姫は戦場を駆けた。一介の義勇兵として、僅かの間ではあったが。紛れもなく幸福だった。
願わくばあと少しの間、乱を駆けていたかったが。
忠勝は黙って槍を振り下ろす。
戦姫は抵抗しなかった――が、それは適わなかった。
戦姫の首に達する直前で、がぁん、と、忠勝の槍が弾かれた。
「とーーーーーーー!」
妙に呑気なかけ声。同時に、大剣が戦姫の頭上を掠めて忠勝に襲い掛かる。
ぶうん、という風を切る音がした。危険を感じ、忠勝は引いた。
「がはははは! かわいこちゃん確保ー!」
馬鹿笑いと共に、戦姫の前に一人の男が飛び込んできた。
重武装の戦士だ。白い鎧に緑色の服。茶色の髪。左手にはさきほど忠勝の槍を弾いた剣。
戦姫は知らなかったが、この男、名前はランスといった。
武田家の将軍にして、史上類を見ない好色漢である。
「おおー! 前から見ると尚更美人だ! 俺様のだ!」
ランスは戦姫を間近で見ると、嬉しそうに叫んだ。
「誰だ、あなたは?」
「うむ、俺様はランス様である。君の名前を教えてくれ。あとセックスしよう」
「……なに?」
文脈に繋がりのない誘いに、戦姫は一瞬耳を疑う。口をぽかんと開ける。
そんな戦姫の様子を見て、ランスは面白そうに戦姫に問いかけた。
「なんだ。セックスを知らんのか」
「もちろん知っているが、いや知っているというのは言葉の意味としてであって、具体的な詳細までは知らぬが……ふつう、戦場で口走ることではない気がする」
戦姫は目を逸らしつつ、自信なさげに言った。
さきほど命の攻防を繰り広ていた時とはかけ離れて、女々しい仕草だった。色事には慣れていないのだ。
「命の恩人様に身体を捧げるのは、これ世界の常識だ」
「本気なのか冗談なのか、判断しかねるな」
「もちろん本気だ」
「ふむ……ああ、どちらにせよそのような話をしている場合ではないな。ほら、上」
「ん? ごわっ!?」
戦姫の視線の方向から、忠勝の槍が振り下ろされた。
ランスは慌ててカオスを掲げ、それを受け止める。奇襲を防がれた忠勝は、ランスをぎろりと睨んだ。
「……(やるな)」
「私に構っている暇など、あるまいよ」
「ぐ、ぬぬぬぬぬ!」
戦姫の言葉に、ランスは返事ができない。忠勝の槍に圧倒されそうなのだ。確かに戦姫の言う通りだった。
忠勝は巨体だ。そしてその力は、巨体に見合うもののようだ。
「だーーー! 負けるかー!」
美女の手前、力比べでも負けるわけにはいかない。無茶な理屈だが、ランスはなんとか忠勝を押し返した。
人の身で忠勝と力比べできるものがいるとは、と、忠勝は驚く。
「とおっ」
隙を突き、ランスは後ろに跳んだ。逃げるためではない。更なる反撃を繰り出すためだ。
ランスは凶悪な目つきで忠勝を睨むと、叫び声を上げつつ忠勝に襲い掛かった。
「どおりゃー!」
一太刀。
二太刀。
三太刀。
地を打ち砕かんばかりの踏み込みと共に、荒れ狂う嵐のごとく剣を振るう。
忠勝は再び驚きを感じていた。とんでもなく力強い太刀だ。戦姫のように優雅ではないが、速く、そして重い。受け止めるごとに、腕に痺れが来る。
直撃すれば致命傷は免れないだろう。忠勝は直感的に理解した。この男は、自分と同等以上の戦士であると。
だが、だからといって負けてやるわけにはいかない。忠勝にも負けられない理由はある。
五の太刀を受け止めたところで、忠勝は反撃に転じることにした。力を込めて、ランスの刃を弾き飛ばす。
「おお!?」
ランスがぐらつく。そこを狙い、忠勝は一気に足を進め、踏みこんで槍を振るおうとした。
「えい、火爆破!」
が、直前に横槍が入る。詠唱の音と共に、忠勝の右腕のあたりで、ぼん、と音がした。
小規模な爆発だ。忠勝の腕から炎が立ち上っている。
ランスの後方に控える二人の女のうち、一人が唱えた魔法のようだ。
「……(なんのっ!)」
突然の攻撃にも、忠勝は動じない。刃速は落としても、攻撃動作そのものは止めない。
戦場で多少の横槍を気にしてしまうようでは、まともな戦働きはできないのだ。
が、その攻撃も、かぁんという小気味よい音と共に弾かれてしまう。
「……(な)」
忠勝の槍を弾いたのは、いつの間にかランスの前方に展開していた青く薄い膜だ。
それは断層だ。空間そのものが、その内側と外側で断裂しているようだ。
忠勝が知る由も無いが、マリスの作り出した防護障壁であった。
障壁に弾かれ、忠勝の体勢が崩れていた。二人の援護は、忠勝に致命的な隙を作り出していた。
「すきありー! らんすアタタターーック!」
それを見逃すランスではない。カオスを大きく振りかぶり、最大の攻撃を加える。
「……!」
ランスの一撃を受け止めるべく、忠勝はとっさに槍を頭上にかかげた。が、間に合わない。
崩れた体勢のままの忠勝に、純粋なエネルギーの塊を纏うカオスが襲い掛かった。
どうん、という轟音が周囲に響いた。
もうもうと上がる砂煙の中で崩れ落ちた忠勝に、ランスは背を向けた。
「よーし。シィル、マリス、よくやった」
「はいっ」
「三人がかりは、多少卑怯だった気もしますが」
「がはははは。勝てばいいのだ」
馬鹿笑いをすると、なぜか体育座りの戦姫に、声をかける。
「よし君。でかい邪魔者は去ったぞ。続きを」
「まだ早いと思うが」
「なんだと?」
戦姫の指摘を受けて、ランスは首を曲げて背後の忠勝を見やった。
見ると忠勝は、致命傷と思しき傷を受け、膝を地に付きつつも、立ち上がろうとしていた。
槍を杖代わりにして、懸命に上体を起こそうとしている。
「……(まだ)」
忠勝はがくがくと震える膝を地からぐいと引き離した。その眼は戦意に滾っていた。
「……(俺、まだ、負けてない)」
「そんな体でやる気か」
「……(俺、まだ、戦える)」
忠勝は言葉を証明するかのように、両足を広げて仁王立ちした。
ランスはその威容を目の当たりにし、ふん、と一声発した。
今度は体全体で振り返り、忠勝と相対する。
「JAPAN人は、どいつもこいつも妖怪までしつこいな。いいだろう」
ランスは地を蹴った。マントをはためかせ、忠勝に突撃する。
「俺様のため、徹底的に死ね! ひっさーつ!」
それを見て取ると、忠勝はかっと眼を見開き、丸まっていた背筋を伸ばした。胸を張る。
と、ランスの必殺技で受けた傷が開いた。全身に鋭い痛みが走る。
それでも忠勝は構えを取る。右手で槍を掴み、左手で間合いを計る。
忠勝は武の人だ。悲しいことに、いまのところそれ以外に能が無い。なれば主君のためには、自らが持てる武のすべてを発揮しなければならない。
「ラーンスアターーーック!」
「……(おおお!)」
ランスと忠勝はほぼ同時に動いた。両者の刃が空中で斜めに交錯する。ランスアタックと忠勝の一撃が、激突の火花を散らした。両者の刃の周囲には、超常的と言える衝撃が渦巻いた。
戦姫の目からは、二人の戦士の必殺技は、完全に互角のように見えた。
が、それも束の間のこと。ランスの刃から発せられるエネルギーが莫大に膨れ上がった。
同時に、がきぃん、という、重い炸裂音。忠勝の槍の先からだ。
忠勝の槍の穂先は、粉々に砕け散っていた。カオスとランスアタックの威力に、武器が耐え切れなかったのだ。紛れもなく、武器の差だった。
「どおおりゃあーっ!」
「……!」
槍の柄も、めきめきと音を立てて裂けていく。
先ほど以上の威力のランスアタックが、防ぐ術を失った忠勝に直撃する。
地が裂け、雷鳴のような爆発音が戦場に響いた。
「(……すまん)」
意識が途切れる最後の一瞬に、忠勝は敗北を主君に詫びた。
武に敗れたことに後悔は無い。ただ、己が武をこれ以上主君の為に役立てられぬことが、心残りだった。
本多忠勝を失った徳川軍は、勢いを盛り返した馬場軍の反撃を受け、撤退することになる。
この戦場における勝敗は、それで決した。
すなわち、武田軍の大勝利である。
所変わって、なにわの地。ごつごつとした丘に、座り込む男がいた。織田信長である。
信長が椅子代わりにしている丘は、骨だ。天志信徒達の、成れの果てである。
天志の信徒達の骨が山となっているのだ。
骨の丘の後方では、夕暮れの赤を更に増幅させるかのように、天志教の総本山がごうごうと燃えていた。
あの炎は、信長自身が放った黒の炎だ。
この一ヶ月というもの、信長は天志の信徒達を殺戮し続けてきた。城に上がる炎は、殺戮の総仕上げである。
――その筈だった。
「なに……?」
一人の兵士の前で、信長は怒りをあらわにしていた。
「……大僧正を取り逃がした、と」
信長はゆっくりと言った。報告に来た伝令兵は、信長の異様な雰囲気に怯えつつも報告を続けた。
「はい、そ、その……か、隠し通路より、脱出したらしく」
報告を聞くと、信長はいまいましげに舌打ちをした。
「わ、我が軍内にも、あの……天志教のスパイが潜んでいたらしく……どうにも、行方が……」
「黙れ」
伝令兵を見る信長の目が、禍々しく赤く光った。
「ひっ!?」
その瞬間。伝令の服に、ぼつ、と火が点いた。
火は赤くちらちらとした炎へとその姿を変えると一気に膨れ上がり、瞬時に伝令の身体全体を覆いつくした。
「わああ!?」
「無能は死して詫びよ」
「の、のぶなが、ざ、……ああああ゛あ゛っ!」
それが彼の最後の言葉となった。肉までが瞬時に焼け、骨を残すのみとなった。
「人間め……我が、せっかく使ってやったというに」
「あーあ、またですか」
信長が声に振り返ると、そこには白い巨体の男がいた。
着流した風の古い着物のほうぼうに、血がこびりついている。
「煉獄。戻ったか」
信長が言った。その男の名は、煉獄だ。信長の第二の使徒であり、最も信頼のおける部下である。
「しばらく。にしても、肝心の大僧正を取り逃がすとは。俺がいれば、こんなことは無かったんですが」
「やはり人間は使えぬ」
「ま、そうですが。とりあえず、性眼は追い続けるしかありませんね」
煉獄が言った。先ほどの伝令兵をかばうつもりは無いが、過ぎたことは仕方がない。
「ふん……」
信長はそれ以上不満を漏らすことは無かった。煉獄の言い分に納得したわけではないようだが。
「煉獄。あれの準備は、どうか」
「いちおう整いました。魔導の奴がいれば、もっと早く用意できたんですがね。どこをほっつき歩いてるのか」
「構わぬ。我が完全とならば、あれもすぐに来よう。瓢箪は」
「東は時間の問題です。西は、猿に任せてきました」
「うむ」
信長はゆっくりと頷いた。余人には理解不能な煉獄の報告だが、信長を満足させるものだったようだ。
「では、ゆくぞ」
信長は立ち上がった。ぐしゃり、ぐしゃりと足元のしゃれこうべを踏み潰し、骨の山を下る。
JAPANにおいて信長が唯一、野望の障害と認めた組織は、ここに潰えた。
大僧正を取り逃がしたとはいえ、組織的抵抗力は失ったと言えるだろう。
つまり、今や信長の行く手を阻む者はなにもなかった。
「心せ。これよりJAPANの全てを、血と死と絶望に沈める」
「はっ」
深く、重い声。
信長の言には、果てしなく深い憎しみと、狂おしいほどの殺戮の衝動が、形となって現れていた。
《 》
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