貝の天守閣の一室。香が憮然とした表情をしていた。
 兄の前であるため流石に声は荒げないが、不満を隠す様子もなく眉をゆがめている。
「なぜわたしがそんなことを……もっと適任の方がいらっしゃるのでは?」
「ああ、暇だし僕が説明しようとしたんだけど、ランスは美少女じゃないと嫌なんだってさ」
「は?」
「だから、美少女以外の話は聞く気にならないんだって」
「おう、香ちゃんなら合格だ。大歓迎だぞ。がははははは」
 香は思わず頭を抱えたくなる。兄が自分を指して美少女と言ってくれたことは、破顔するほど嬉しいが、それとこれとは話が別だ。武田家として、本当にこれでいいのか。こんな男を影武者にするなんて、狂気の沙汰のように思える。
 が、兄の決定には逆らえない。
「うう。やらなきゃだめですか?」
「頼んだよ。僕もついてるからさ」
「さっさとはじめろー(ばんばん)」
 御飯を待つ子供のように、座って机を叩くランス。それを見た香は、諦めたようにゆっくりとため息を吐くと、仕方無しになぜか用意されていた木製の教鞭を取り、JAPAN地図の前に立った。



〜〜 香の周辺国講座(初級編) 〜〜



「ではまず、北条家です」
「うむ」
 貝の南東に栄えるは関東の雄、陰陽機関北条家。陰陽を国の機関部とし、JAPAN随一の国力を誇っている。佐渡、MAZOを支配する上杉家とは盟を結んでおり、武田家と交戦中である。
「現在は昌景さま、義風さまが攻略の任にあたっておられます」
「あんなおっさんどもはどうでもいい。で、その北条とやらに美人はいるのか」
 とてもランスらしい質問を受けて、香はこの役を引き受けたことを早くも後悔し始めた。
「知りませんっ。国主の名は北条早雲、とても優秀な陰陽師だと聞いています」
「女か」
「男性です」
「ならどうでもいいや。次、次」
「はあ……」
 香は思う。疲れだけが溜まっていくことになりそうだ。信玄は相変わらず、後方で見ているだけだし。

 次に香が紹介したのは、上杉家。先の通り北条家と盟を結んでおり、現在武田家と交戦中である。
 武田家だけではなく侵略を行う全ての国に対する抑止力として、毘沙門天の教えに従い、JAPANの西から東まで、戦場という戦場に出没しているというからとんでもない。佐渡に豊富な金脈を有しており、その神出鬼没な軍事行動を支えているらしい。
「なかでも国主の上杉謙信は、JAPAN一の剣士であり、軍神として称えられております」
「ふん、俺様の方が強い。でどうせ男なんだろその謙信とやらも」
「……はい、そうです」
 香は眉をひそめて少し悩んだ後、その答えを返した。
 すぐに後ろから信玄のにこやかな突込みが入る。
「香、嘘をついちゃいけないよ。あとで誰が怒られるかもわからないんだし」
「う……わ、わかりました」
「なんだ?」
「当代上杉謙信は女性だそうです。それもたいへんに美しい」
「おお!」
「それに憧れる女性が集まって、上杉軍は多数の女性で構成されています。上杉全軍の軍師を務める直江愛、それに陰陽部隊、足軽部隊のそれぞれの隊長もみな女性です」
「おおおおーー!」
「なんですその反応は……」
 答えがわかっておりながらも、聞かずにはいられない。根が真面目なのはとてつもなく損である。特にランスの相手をする人間にとっては。
「ぐふふふ、よし、謙信ちゃんに愛ちゃんだな! 覚えたぞー」
「(はあああ)」

「さて、つぎは邪馬台の巫女機関です。巫女さんと、巫女さんを守るファンクラブがこの地に拠点を築いています」
「巫女さん! えっちぃ響きだ!」
「……。土地が痩せているうえ山間の領地しか持たないため国力はないに等しいのですが、各国から巫女さんを慕って優秀な人が集まっているため、軍事力はばかになりません。天下統一を目指す当家ですが、巫女機関に対しては事を構えるつもりは全くありません」
「がはははは、後で攻め落として巫女さん達とエッチだー」
「うほほーい! 酒池肉林だー!」
 と、それまで黙っていたカオスが突如として下品な叫び声を上げる。
「貴様にはやらん!」
「聞いているのですかー! って刀がしゃべったー!?」
「お、美少女。ちょっとわしの趣味じゃないか?」
「この子も俺様が予約済みだ。やらんぞ」
「そんな約束をした覚えはありません!」
「ん? どうなんだ、信玄」
「あっはっは。若い二人に任せるよ」
「あにうえー!?」

「はあ、はあ……こほん。次は、信濃に隣接する足利家です。昔はJAPANを支配する将軍家として栄えていましたが、今では見る影もありません。財力だけはありますが、外征、内政ともに見るべき点はありません」
「で」
「男性です」
「……ちっ」
「それも、この世のものとは思えぬほど醜いそうです」
「却下だ! 次!」

「貝の南に位置するのは、今川家と徳川家です。この両家を支配しているのは人間ではありません」
「じゃあ何だ」
「今川家はハニーが、徳川家は妖怪の狸が国の支配権を握っているそうです。当家は徳川家とは同盟関係にありますが、今川家との国交はありません」
「どっちも興味ないな。次」

「最後に、北東に位置する蝦夷。妖怪の本拠地です。独眼流と名乗る彼ら妖怪達については、ほとんど情報がありません。人間には不干渉の政策を取っているからです」
「妖怪……海苔子さんと同じかー」
「海苔子さん?」
「うむ。ちょっと怖いが、まあ心の準備さえしていれば大丈夫だ。候補には入れとこう」
「?」

「兄上、これでよいですか?」
 足早に周辺国の説明を終えて、香は兄を見て言った。
 とにかく疲れた。汗をかいてしまったかもしれない。
「ああ、こんな感じかな。どうだいランス」
「んー、織田ってのはどこだ?」
「ああ、織田か……香。説明お願い」
「はい」
 香は再び教鞭を取ると、JAPANの中部を指した。
「織田家はかつて京を中心に五カ国を支配していた大大名でしたが、現在では尾張のみを統治するにとどまっています。その最たる原因は、先の妖怪大戦争です」
「ようかいだいせんそう?」
「八年前に妖怪が人間の国家全体に対して起こした戦争です。多くの人が亡くなり、家族をなくしました」
「ふーん。ま、いいか昔の話はどうでも。それより今の織田だ」
「はい。妖怪大戦争で名君の誉れ高い先代を亡くすなどして、その国力は衰え続けています。現在の当主・織田信長は、噂では病気でお寺に療養中だとか。衰退はそのせいもあるでしょう」
「男はどうでもいい。織田には、香ちゃんと同じ名前の姫がいるらしいではないか」
「は? はあ、そうですね、お会いしたことはありませんが、JAPAN一の美人と伺っております」
「グッドだ! よし、攻め落としてやりにいこう」
「……」
 何を、とは聞かなくなった香であった。何となく自分が汚れた気がした。



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