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大増寺 光丘山 曹洞宗
田柄5の7の14
2002/09/18 掲示に「おすがりじぞう」とあるが
さて何のことか。
新しいほやほやの寺のようで、地図には見当らず
通りがかりに見つけた。
交通:光が丘駅から東へ200m、光が丘表大通
りにでたら南へ200m。東へ曲がって直ぐ
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田柄不動尊
田柄5の13
2002/09/18 本堂の裏に墓所がある。入り口には
何も標識・表札らしいものはない。でも無住では
なく、管理者は居そうで、僧侶ではないのかもし
れない。境内には立派な大木もあって、田舎の墓
所が発展した寺なのであろうが、それなりに歴史
を積んでいるようすがわかる。
交通:光が丘駅から東へ600mで豊島園通りへ
出る。これから東へ入ったところ。
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南松寺 臥龍山 真宗高田派
春日町4の25
2002/09/18 掲示「生きていればこそ 今日は亡
き愛する人も自分の中で生き続ける」境内にはい
ろんな石碑があり、古い寺のようである。参道は
右に湾曲しており、左側を見ると客殿、そして本
堂と並ぶ。その奥は墓所で本堂の前から右から奥
まで。開かれた寺のような雰囲気は無いがまとま
っている。墓文字も南無阿弥陀仏と書いてある墓
が多く、信心の深さがうかがえる。
交通:練馬春日町駅から北へ300m。
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愛染院 練月山(れんげつ) 真言宗豊山派
春日町4の11
2002/09/18 豊島88ヵ所の26番。本尊は愛染
明王。1437能円坊尊岳の開創で、昭和55年に本堂
大師堂、表書院、鐘楼、稲荷社、山門を完成した
とあるが、古いものもあるので、改修してものも
ありそう。広い境内で、本堂の周囲はすべて墓所
である。墓地の真中に大師堂があり、歴史を思わ
せるようなお堂であった。入り口には大きな石柱
があり、表示板によると、寺の前の道路は「ふじ
大山道」といって、富士山から川越街道で登って
くるとここ北町1丁目で分岐して石神井田無を経
て伊勢原に向かう大山道へとつながる歴史的は道
だったようだ。
交通:練馬春日町駅の北側。100m。
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寿福寺 大林山景勝院 真言宗豊山派
春日町3の2
2002/09/05 本尊:薬師如来 豊島88ヵ所の
19番。創建は1659以前。明治25年焼失
明治43年再建、現在の本堂は昭和4年に改造
名木クスノキが有名。本堂の左は墓所、右は寿
福寺幼稚園、鉄筋コンクリート4階建ての立派
なもので、賑やかだ。
交通:練馬春日町駅から南へ200mで春日本
通りとなる、これを東へ50mの南側。 |
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南蔵院 瑠璃光山医王寺 真言宗豊山派
中村2の15
2002/08/21 入り口は立派な石柱、入って行く
と、右に慈母観音、左は雑木林のように広広と
した庭、参道は右に曲がって本堂、縁起に、1
357良弁僧都が中興したとある。薬師堂、閻
魔堂、鐘楼門、長屋門すべて1753の建築と
か。古い歴史を感じる。鐘楼門は朱塗り、その
割りには傷んでいない。間違いなく練馬の古刹
である。
交通:練馬駅から西へ600m、南北に走る道
あり、これを南蔵院通りという。この道を南へ
700m。 |
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福泉寺 向竜山唯心堂 曹洞宗
中村南2の19
2005/07/03 掲示板「坐禅会」。看板に東松山
墓地分譲中とあるので、墓所は東松山にあるら
しい。
交通:西武鷺の宮駅からバス中村橋方面行きで
1つ目に鷺の宮4バス停がある、これか
ら北東へ200m。 |
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妙安寺 長久山 日蓮宗
旭町3の10
2002/10/02 入り口の左に「ねりまの銘木クロ
マツ」とあり、はっとする。なんのことはない
珍しいから練馬区で指定したらしい。開山は日
雄上人(1615没)、開基は板倉伊賀守勝重
(1624没)とある。参道50mで山門、境
内も広い。1900に本堂再建、山門は193
8竣工。古刹である。左に墓所、右は催場であ
る。
交通:成増駅から南西700m。
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本覚寺 法光山 日蓮宗
旭町1の15
2002/10/02 掲示「我等が心の内に、父をあな
ずり、母を愚かにする人は、地獄その人の心の
内に候」と。いきなり山門で境内は広くない。
左は道沿いに庫裏、右と奥は墓所。ごく自然は
お寺。
交通:成増駅から石神井公園駅行きバスで土支
田下車、南東200m。 |
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仲台寺 称念山 浄土宗
旭町1の20
2002/10/02 掲示に「毎月第一土曜日午後2時
から「お念仏の会」誰でもご自由に参加できま
す」と。1532に称念上人により江戸田端(
北区)に創建。昭和20年戦災で焼失、昭和3
6年にここへ移転。本尊は阿弥陀如来。なかな
か広広とした境内である。最近の移転の所為か
木がない。本堂の左は庫裏、奥は墓所。本堂は
鉄筋コンクリート。なかなかの近代的な造り。
交通:本覚寺の隣である。 |
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円光院 南池山貫井寺 真言宗豊山派
貫井5の7
2002/09/25 幅広い立派な参道が50mで、
朱塗りの山門。境内に入ると右は鐘楼、左は
墓所。正面が本堂で左には観音堂、右は庫裏
豊島88ヵ所の11番札所。静かな整理され
た寺である。お彼岸だが5日目となると人の
出入りも無い。静かそのもの。開山は円長法
師(1585没)だから古刹だ。本尊は不動明王
観音堂には子聖権現を奉安し馬の守り本尊だ
と。本堂は昭和20年に戦災で焼失、昭和3
8年再建、鉄筋コンクリート。観音堂は昭和
55年に修復とのことで綺麗だ。
交通:中村橋から北へ商店街を600mで目
白通りで、左折すぐ右側歩道橋の手前。 |