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2002/07/05 栗尾行きバスで尾田蒔バス停下車、南へ 徒歩400m。道路西側に21番となる。 21番 要光山観音寺(ようこうざんかんのんじ) 通称:矢の堂 本尊:聖観世音菩薩 真言宗豊山派 秩父市大字寺尾2352 |
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交通 栗尾行きバス「尾田蒔学校」下車徒歩8分 道路に面した飾り気のないお堂だが、大正12年、近 くの小学校の火災のとき類焼し、現在の堂が作られた |
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2002/06/23 23番から表の道にでて、そのまま道を 横切り、歩き専用の道に出る。これは遍路道らしい。 500mほど下ってゆくと、そこの地図あり、22番 を確認した。平地に近い住宅と畑の点在する場所に童 子堂がある。立派な山門、童子のような暖かい仁王さ ん、右に曲がって本堂。 22番 西陽山栄福寺(さいようざんえいふくじ) 通称:華台山童子堂(かだいさんどうじどう) 本尊:聖観世音菩薩 真言宗豊山派 秩父市大字寺尾3595 |
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2002/06/23 10時12分音楽寺バス停着、ここは道標も しっかりあったので、楽に100mほどで23番に着 く。30段ほどの石段があったので、避けて、左の丘 陵を登り墓所から境内に入る。 23番 松風山音楽寺(しょうふうざんおんがくじ) 本尊:聖観世音菩薩 臨済宗南禅寺派 秩父市大字寺尾3773 堂前には高さ1.2メートル、明和5年の銘がある梵鐘が ある。明治17年11月2日、農民約3千人が武装蜂起し、 この鐘を乱打して大宮郷(現秩父市内)に乱入した。 世にいう秩父事件である。境内には困民党決起百年を 記念した「秩父困民党無名戦士の墓」がある。 |
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音楽寺は、本堂の周囲は朱塗りで、本堂の柱壁などは 不明だった。軒下は朱である。なかなか立派な本堂で あった。 帰りは石段を下った。 |
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2002/06/23 8時36分に巴川バス停に着く。ここか ら徒歩。バス停から戻り、橋の袂で北へ、300mで 24番法泉寺の入り口になる。50mほど参道があっ て、107段の石段がつづく。これを登ると境内にな る。 24番 光智山法泉寺(こうちざんほうせんじ) 本尊:聖観世音菩薩 臨済宗南禅寺派 秩父市大字別所1586 本尊 聖観世音菩薩 |
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本堂は均整のとれた三間四面の小さな堂がある。堂の 中に仁王門がある珍しいもの。 帰りは今来た通りを戻り、表の道からバス停まで歩く 1時間で往復できたので、15分ほど休憩できた。 |
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2002/07/02 梅雨の真っ只中の曇、朝方は霧雨がふっ たような、道は濡れていた。8時30分、浦山口駅で 降り、歩き始める。おおかた地図通りに荒川を荒川橋 で渡り、そのまま500mで丁字路にぶつかり、標識 にしたがい左折。さらに右折で寺に着く。駅から1, 5kmはあろう。由緒ありそうな門をくぐって、参道 を50m行くと寺域となり、観音堂がある。白木のま まの古い崩れそうなお堂である。 25番 岩谷山久昌寺(いわやさんきゅうしょうじ) 本尊:聖観世音菩薩 曹洞宗 秩父市大字久那2215 通称:御手判寺 この由緒は、性空上人が閻魔大王か ら贈られた石の手判を寺に収めたことからである。 |
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観音堂は3間四面表流れの向拝を付した方形造り、屋 根流れがきれいな建物。 納経所は右の道(これは池の淵の道である)を行くと 50m。そこにしっかりした本堂があって、その脇に 納経所がある。早く観音堂を修復しないと崩れ落ちて しまう。 帰りは元来た道を戻り、浦山口着。駅の側で近道を発 見して通る。近いかもしれないけど、最後は駅へ直に 階段を上るような道だった。 |
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